『幻想王国 〜ルン王国復興記〜』





  第2章 『復興!@』












  共催者(リョウジ・マナミ・レナ)たちの想像がどのレベルまで至っていたのか、まあ幼児の頭脳では致し方ないが、せいぜいおままごとの延長線、『リアルおままごと』ぐらいに考えていたであろう。
  むろん王国の経済力復活を狙うハルミにとって、「お茶にごし」程度の商いでは済まされない。その後の大いなる成功の第一歩とせねばならなかった。


  「天下取ったる!」


  ぐらいの気持ちで望むことが肝要。
  商売とは、剣ではなくカネと証文で殴りあうシビアな戦いの場なのだ。






  四月一二日。午後三時。
  《諏訪マート》を電撃訪問したハルミは、呼ばれて出てきたリョウジの背中を小突くようにしてバックヤード(要は店の裏の倉庫みたいなとこ)に侵入すると、そこに居合わせたリョウジの父親に、


  「お店に出すモノを探してるんです。いらないものとか、ありませんか?」


  いたいけな幼児の礼儀正しい上目遣いに、同い年の子供を持つ諏訪ライゾウ(32)はとろとろにほだされた!
  「お店に出す」というだけで、はなはだ説明不足なのだが、本来五歳にしか過ぎない幼児に完璧な説明能力などあるわけがなく、このぐらいの言葉足らずがちょうどよいという確信犯の見切り。足らない部分は、大人たちが勝手に補足してくれる。


  「おう、好きなだけ持ってけ!」


  きっぷよくそう言い放ったリョウジ父に、ハルミはすがり付いて最大限の感謝を贈った。むろん最大限いただきますとも!
  いたるところに積まれた『余りモノ』に、手当たり次第に用意した付箋を付けていくハルミ。最初はにこやかに成り行きを見守っていたリョウジ父であったが、そのうちに笑いが固まり、ついで顔色が青くなった。


  「…いったい、どんな大きさの店をやるんだよ」
  「ふりーまーけっと」息子も半ば呆れ顔で父の横に立ち尽くした。


  すべての『余りモノ』に付箋を付け終わり、それらをまわりの大人をたくみに巻き込みながら、バックヤード隅に固め終わる。全部集めれば、軽トラック一杯分くらいはあるかもしれない。


  「にちようの朝に、取りにうかがいます」


  心地よい労働の汗をぬぐいながら、ハルミが一礼。


  「うかがいます、だってよ。近頃の子供はムツカシイ言葉使うんだな」
  「やっぱあいつ、スゲエな」


  諏訪一家を後に残し、ハルミは風のように次の現場に移動した。






  八神レナの家は、商店街の入り口にある割と大きなビルにあった。
  八神ビル。なりは古いが、どうして、鉄筋コンクリートの贅沢なつくりの五階建てである。一階は不動産屋の店舗で、大きなガラス窓に紙がいっぱい貼ってある。
  ハルミの来訪をいまかいまかと外で待ち構えていたレナが、待ち人の姿に飛びついた。


  「ハルくん、いらっしゃい!」


  世間は不況の折であるから、不動産屋の中にお客の姿はない。もっとも、この店の中にお客がいたのをあまり見たことないハルミには、家業が成り立っているのかどうかやや心配になる。しかし、


  「ここの商店街って、ほとんどうちのタナゴなんだよ」


  というレナの発言に、ああ、と納得する。八神家はもともとこの土地の大地主で、昔から金持ちなのだという大人たちの話と符合した。


  「きみがレナの彼氏なのかね」


  ぶっすりと不機嫌そうにソファに座っていたレナ父、八神ダイサク(33)は、娘がしがみついて放さないハルミをじろじろと眺めやって、眉間に皺を寄せた。
  うわ?っ、めんどくさそう。


  「ふりーまーけっとでお店を出すの。だから、押入れの中の箱とかみんなあげていい?」
  「おうおう、それはいいよ、みんなもってきなさいレナ」しがみつかれて相好を崩すレナ父。しかしハルミを値踏みする目から厳しさは消えない。
  「きみはうちのレナをもてあそんでいるんじゃないかね?」


  もてあそぶって、なんだよ! って、そこ、なんで赤くってるのかな! 父娘を交互に見やって、ひとつ深呼吸。
  反論を飲み込みつつ、ハルミは特上の笑みを浮かべた。


  「レナちゃんとはとってもいいオトモダチです」


  レナ父がもっとも欲しがっているだろう言葉をしれっと添えると、場の空気が一気に警戒レベルを下げるのが分かった。「まあこれでも食べなさい」と初めてテーブルの上の菓子を薦められて、これもお約束とばかりに「あ、チョコ」と、一番甘そうなお菓子にやや無作法な感じで手を伸ばす。


  「ええっ?! オトモダチじゃないもん」


  不満を表明するレナの声をそよ風のように微笑みながらスルーして、


  「いただけるモノ、見せていただけますか」


  本来の目的に全員の意識を軌道修正する。


  「ここの中のもの、全部持ってってかまわないよ」


  レナが開け放った応接間の押入れの中には、お中元やお歳暮といった箱物贈答品が所狭しとぎっしり並んでいた。これ全部、商店街の店から贈られたものなのだろうか。


  「レナ、ただのオトモダチじゃないヨ」


  そっと耳打ちするレナに、「あたりまえじゃん」と小さくつぶやく。とたんに顔を真っ赤にしたレナをよそに、ハルミはレナ父に一礼した。


  「にちようの朝に、取りにうかがいます」


  ハルミとレナ父の目がぶつかった。
  にこやかにしつつも、目をそらさない。何か試されているような感じがしたのはけっして気のせいではないだろう。


  「レナや、お前は見る目があるのかも知れんな」ぽんと娘の頭をなでる父。
  「でしょでしょ」うれしそうに身もだえする娘。


  目的は達したし、長居は無用。
  八神一家を後に残し、ハルミはまたまた風のように次の現場に移動した。






  最後は、藤倉マナミの家である。
  ハルミの暮らすアパートの大家であるから、その場所はアパートの一階、一番入り口に近い101号室である。


  「はいるよ」


  勝手知ったる家である。あんまり鍵がかかっていたためしのない藤倉家は、中に入ると開け放したドアの向こうに台所が見えた。部屋のつくりは基本的に同じである。靴を脱いで台所に入ると、そこには小麦粉と格闘するマナミの姿があった。


  「そのへんに座ってて」


  母親のエプロンを首からかけているマナミは、まるでてるてる坊主のようだった。ま、思いはしても口に出さないぐらいの分別はある。顔から手から小麦粉まみれだが、抱え込んだボールの中身はそれらしいタネになっている。


  「マナミのクッキー、ほんとに売れるのかな?」
  「売れるよ、きっと」


  マナミには、手作りクッキーをたくさん作ってくれと依頼した。
  ハルミのポケットから、《諏訪マート》から抜け目なくちょうだいしてきた小型のビニール袋の束が現われる。これに詰めてからラッピングするのだ。


  「ホントに、そう思う?」
  「だって、マナミの焼いたクッキー、おいしいよ?」
  「……」


  顔を真っ赤にして、必要以上にボールの中身をかき回しだすマナミ。
  いつか悪魔にその身を八つ裂きにされるかもしれない罪作りな所業を、ハルミはいたって無邪気に繰り返した。ニコニコと笑って。


  「余ったら、それぼくんだからネ」


  日曜日までまだ二日猶予がある。マナミの生産能力から逆算すれば、今日を入れて三日間で五十袋。売り上げの数字を想像するだけで、ハルミは必要以上にニコニコしてしまうのだった。






  準備するのは商品だけではない。
  そのあたりに抜かりはなかった。
  四月一三日、ハルミは再び八神家を訪れていた。レナが外出するのを見計らって、そっと中に入る。


  「なんだ、ハルくんじゃないか」


  ソファで新聞紙を広げていたレナ父が、二段になったあごをしごく。


  「ちょうどレナは出てったばっかりだな……すぐには帰ってこないと思うが」
  「あ、今日は《町内会長》さんにお願いがあったんです」


  もう知った仲とばかりに、向かいのソファにすとんと腰を下ろし、背中を伸ばすようにレナ父を上目遣いする。
  町内会長、という切り口に、さすがは商売人であるレナ父もピンと来たようだった。


  「なにか町内会の《備品》を借りたいのかい?」
  「お話がはやくて助かります」
  「うーーん、これは天才児というやつなのかな…」小声でぼやいてから、「…借りたいのは机かテントだろう?」
  「机だけでいいです! ありますか!」
  「盆踊りのときとかに使う折りたたみのがあるがな……子供には重過ぎるし、運べんだろう」
  「あ、それは大丈夫です」


  ハルミは菓子入れから揚げせんを取り出してほおばると、当たり前でしょうというように、種明かしをしてみせた。


  「…ほう、《諏訪マート》さんの車出してもらえるのか。それなら当日は大人手もあるし大丈夫か」
  「貸していただけますか」
  「ちゃんときれいにして返してくれれば、かまわないよ」


  備品倉庫の地図と鍵使用権をゲット!
  当日、ハルミが何脚の机を持ち出すつもりかレナ父が知っていれば、そんな軽率な許可など出しはしなかっただろう。
  ハルミは休む間もなく、藤倉家へと向かう。






  「ハルくん、もう小麦粉とバターがないよ」
  「持ってきたよ、ちゃんと」


  家から持ち出してきた材料をどんとばかりにテーブルの上に載せると、マナミの表情がやや翳った。


  「まだまだ作れるね」にっこりスマイル。
  「……」


  テーブルには、すでに完成したクッキーが十数袋並べられている。幼児の作とはいえ、ここまで数をこなせば最後のほうのクッキーは玄人はだしの出来栄えになっている。


  「まなみ、ハルくんのためにがんばるよ!」
  「足りないものがあったらいってね。持ってくるから」
  「うん、わかった!」


  藤倉マナミは非常に努力家だった。
  将来はきっといいお嫁さんになるだろうけれど、そのまえにきっといい学級委員長さんになるだろう。それは請け合えるかも。






  四月一四日。
  幼稚園が終わるのをもどかしく待ち続けたハルミは、「さあ帰ろう!」とばかりに鬱をかこっているマナミの腕をとって帰宅の途についた。
  さあさあ、一分一秒無駄にはできないよ〜!
  マナミ宅で棒立ちの彼女にエプロンをかいがいしく掛けてやるハルミ。
  「少し遊ぼうよ」マナミのおねだりを笑顔でスルー。
  マナミの肩に手を沿えて、息がかかるほどに顔を近づける。表情に乏しかったマナミの顔に血の気がのぼる。何で目を閉じてタコ口になるのかな〜。


  「ハルくん…?」
  「がんばって! もう少しじゃん!」


  期待した展開をはずされてジト目になるマナミを、くるりと方向転換させてテーブルに向かわせる。
  目の前には連日の菓子作りで理解を深めたマナミ母により、すでにクッキー作り用具がセッティング済みである。どうやら娘が将来カリスマパティシエになるかもなどと期待しているようであるが。
  そんな遠い夢の前に、王国国庫にこ協力ヨロシク! である。


  「もう疲れちゃったよ…」
  「マナミならできるよ、ぜったい」
  「…そうかな」


  力なく、ぐりぐりとボールを回す。


  「フリマは明日だから、作るのは今日で最後だよ」
  「…あ、うん」


  西日が似合いそうな黄昏っぷりのマナミ。目を離したらそのまま灰になったボクサーのように座り込んでしまいそうな気配である。


  「一緒に混ぜよう!」


  ハルミは動かなくなったマナミの手をとって、一緒にボールをかき混ぜだした。手を握られた瞬間に、マナミの顔に生気がよみがえる。


  「うん。マナミがんばる」


  目標五十袋。
  ゴールテープはすぐそこだよ、マナミちゃん。
  ハルミの口元に、黒い笑みが浮かんで消えた。






  翌日は計画の実行日である。
  時を惜しまねばならない。マナミを受験前の高校生のように追い込みモードに突入させると、ハルミは段取りの最終チェックに駆け回った!
  《諏訪マート》で確保した商品の点検に、貸してもらえる人とトラックの再確認。レナ父から公民館の鍵を預かり、当日持ち出す予定の備品をチェック。
  忙しく駆け回るうちに、とっぷりと日は暮れた。
  ああ、ほんとに。
  こんなにもがんばったんだから、明日はガッツリ稼がないと。
  暮れなずむ空を渡っていくカラスの鳴き声が、ようやくの帰途につくハルミの足を早くさせた。






  人事を尽くして天命を待つ!
  エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは、その夜、ルン王国経済復興プログラムの第一プロセス達成を日記に書き記した。
  目標売り上げ。三万円くらいあるといいな〜。









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