『幻想王国 〜ルン王国復興記〜』





  第4章 『 復興B!』











  残金、七六、〇五七円。
  ルン王国国庫金の急減に、エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは慄然とせずにはいられなかった!




  諏訪リョウジ、シュリケンジャー合体ロボお買い上げ、五、九八〇円。
  八神レナ、うさ吉ポシェットお買い上げ。二、四八〇円。
  藤倉マナミ、アイス一〇〇円と、週末デート(!)のお約束。プライスレス…。
  八、五六〇円+消費税四二八円で、出費はしめて八、九八八円。




  いやいや、まだ支出先を忘れていた!
  リツコ用ミハシ屋のスペシャルショートケーキ二個、二九八円(税込み)×二で、五九六円。
  ルン王国の国庫はさらに軽くなった!
  残金、七五、四六一円。






  「どうしてもっとおいしそうな顔ができないのかな〜?」


  律儀にも約束どおりにミハシ屋のケーキを持って帰ったハルミであったが、クリームの上に鎮座したおイチゴさまが、なかなかのどを通らなかったのであった。ああ、すごくすっぱいや。


  「すんごい評判だったらしいじゃない! やるわね、うちのお子様は!」
  「いや、まあ、…そうみたいだね」


  ふう、と大人びたため息をつく息子に、自分の分をぺろりと平らげたリツコは、


  「で、お願いって何なの?」


  食欲のなさそうな息子のケーキにそっと手を伸ばして、ぺちっと叩かれる。
  とにもかくにも、ようやく手にしたこの元手で、ルン王国の経済を立て直さねばならないのだ。むろんそう簡単には成し遂げられはしまい。


  「貯金通帳? そんなの作ってどうするのよ」
  「将来設計のため、かな…」
  「うちのハルくんが、社会に出て厳しい現実に打ちのめされたうらぶれた新入社員みたくなっちゃったわ! どーしましょ!」おろおろするリツコ。
  「……ふう」
  「こどもはもっと夢を持たないとダメダメよ!」
  「じゃあ、とりあえず通帳ほしいな…」
  「なんだかよくわかんないけど、それでハルくんの夢がおっきくなるんなら、十でも二十でも作ったげるわよ」
  「あと、ぼく用の印鑑も…」
  「わかったわ! うんうん、作ったげるから!」


  かくして自分専用の通帳と印鑑を手に入れたハルミは、リツコが満腹してうたた寝をしている間に、電話を一本。
  大日本経済新聞なる経済紙の定期購読を申し込んだ。






  「ねえ! みてみて」


  休み明けの月曜日、八神レナが地元コミュニティ誌を片手に、もも組教室の窓際に駆けてきた。力いっぱい握り締められたコミュニティ誌はしわくちゃになってしまっていたが、幼児にそんなこと頓着するような繊細さはない。


  「レナたちがのってるよ! ここよ、ここ!」


  たしかにあの日取材を受けたのだから、載っているのはまあ当たり前といえば当たり前なのかもしれない。だが大人社会に対して影響を及ぼしえない非力な幼児たちにとって、それは革命的なインパクトを与えたようだった。


  「うわっ、すんげえ」
  「ねえねえ、ハルくんも写ってるよ!」


  ずいっと押しつけられても、ちらりとそちらのほうを見ただけで、ハルミは熟読するおのれのメディアのほうへ目を戻してしまう。


  「さっきから、なに読んでるの?」
  「大経」
  「ダイケイ? おもしろいの?」
  「うん」
  「ふうん」


  三人がハルミの広げた新聞に顔を近づけるが、ひらがなさえも満足に読めない幼児たちに、その紙面は難解な暗号文にしか見えなかった。
  女子二人はすぐに関心を失い、自分の写った写真を飽きずに眺め始めた。リョウジはまるで大人のように漢字をすらすら読み解いているハルミを見て、「やっぱこいつ、すんげえ」と感心したようにつぶやいている。


  「また今度、やろうね」
  「ぜったいやろうぜ、なあ!」
  「あ、…そうだね」


  肩を叩かれて、ハルミは気のなさそうな生返事をした。
  すでにハルミの脳内では、第二回フリーマーケット出店の計画は『順延』の決定が下されていた。昨日のようなことを繰り返せばそのうち必ず反感を買うようになるし、親の介入も確実に入るだろう。ルンの国庫を秘密裏に充実させるという趣旨からはやや遠ざかっていく。それに店に出す品物だって、四人の家からあらかた持ち出してしまっているので、そちらの『充電期間』も持たねばならないだろう。
  そのとき、紙面の記事がハルミの目に留まった。




  『ひまわりテレビ、捏造報道で看板番組を終了』




  その記事は視聴率低下による経営上の損失を内容としているのだが、ハルミが注目したのは記事の末尾にあった『新番組は《クイズ王・あなたも一夜でミリオネア》』という記述だった。
  放送終了となった看板番組の後釜である。捏造騒動の責任を問われている経営者は背水の陣の思いであろうから、この番組に過剰な期待を抱かずにはいられないだろう。
  番組の内容まではわからないが、《一夜でミリオネア》とまでうたうのだから、相当な賞金をぶら下げたクイズ番組なのだろう。
  直感の稲妻に打たれたハルミは、即座に行動を開始した!






  調べると、番組への一般参加者募集はひそかに始まっていて、都内某所にてすでにオーディションが行われているという。
  新番組の参加者というものは、得てして番組関係者の知り合いという場合が多い。番組に対する認知度がないこともあるが、テレビ局側としても、第一回目は波乱なく乗り切りたいと望んでいるためである。知り合いなら、番組が出来レースであっても騒いだりはしない。
  だがハルミの読みはその先を行く。


  (《看板番組》の後釜だから、経営陣は話題性がほしい。とくに《捏造問題》を吹き飛ばしてしまうような話題性があればなおいいと思ってるだろうな……狙いはそこだな)


  第一回クイズ王は、なんと五歳のお子様!
  なんて見出しは、捏造問題で苦境にある経営陣には願ったりかなったりだろう。
  三人に声をかけると、「うん、いく」のふたつ返事。幼稚園が終わるや、お迎えの親たちに「遊びに行っていい?」というおねだりを敢行、「ハルくんが一緒なら…」フリーマーケットの一件以来、保護者たちに妙な信用を築いてしまったハルミであったが、とりあえず深くは考えないことにする。
  元気よく最寄り駅まで行き、『幼児特権』を行使して電車に乗る。周囲の大人たちは保護者付き添いのない子供たちに怪訝な視線を向けるが、深く立ち入ってくるようなことはない。
  電車を降りて、地下鉄でさらに二駅。
  ハルミたちは、とうとうひまわりテレビの前までやってきた。


  「おっきいね…」


  そこに着くまで、見たことも聞いたこともない交通機関を使い、見知らぬ土地を遠足気分で闊歩してきた幼児たちも、はるかかなたまで立ち上がる巨大なテレビ局社屋を見上げて息をのんだ。


  「行くよ」


  そんなことなどまるで頓着しないハルミが正面玄関をくぐると、広いロビーを見渡してエレベーターを発見する。その近くに、いろいろな催事を告知する看板が設置されていた。上から順に読んでいくと、すぐに《あなたも一夜でミリオネア出場者選考面接会》というのを見つける。自信満々に進むハルミがいればこそついていくことのできる幼児三人だが、内心は完全にビビッている。


  「ねえ、だいじょうぶなのかな」
  「マナミこわいよ」


  エレベーターが開くと、ハルミはさっさと乗り込んで、身障者用のボタンで七階を押す。一瞬、エレベーターから外の景色を一望した三人が騒ぎかけたが、いろいろな階で偉そうな大人たちが乗り込んでくると途端に静かになった。


  「なあ、ホントだいじょうぶなの」
  「何が?」リョウジの心配など鼻で吹き飛ばして、ハルミは到着した七階を恐れ気もなく突き進む。


  そうしてようよう面接会の場所にたどり着いた。


  「きみたち、応募のひと?」


  腕章をつけ、パイプいすに座っていたテレビ局の社員らしき係員のおじさんが、そういってハルミたちの背後に目をやった。おおかた保護者の姿を探したのだろう。
  ハルミはその社員に「うん、トイレに入ってるの」と無邪気にうそをつく。ああそれでと納得顔の係員を尻目に、会議机の上に置かれた面接希望者欄に、自分の名前をすらすらと書く。


  「へえ、ぼうず漢字書けるのか」
  「うん」
  「えらいな〜。おじさんなんか、小学校三年まで、書ける漢字は山と川だけだったぞ」


  そちらへは適当に相槌を打ちながら、廊下に並んだパイプ椅子に腰掛ける。食べ物屋の順番待ちと同じ要領で、先に来ていた大人たちの横に並ぶ格好である。あまり特徴らしきものもない面接者たちのようすを観察して、ハルミはほくそ笑む。
  すでに面接会も終わりそうになっていたらしく、待っている人は少なかった。受かったのか受からなかったのか、微妙な面持ちで部屋から出てくる人々。出場さえできれば大金をつかめるかもしれないので、待つ人たちもみな異様に緊張した空気をまとっている。
  三十分ほど待ち続けていると、ハルミの名でお呼びがかかった。いすの上でもじもじしていた幼児たちが飛び上がる。


  「失礼しまーす」


  ドアを開けるハルミの背中から、「おじゃましまーす」と余計なことを言ったのはマナミである。おっ、幼児グループか。長い面接作業でいささか気だるげになっていた面接官たちが、イロモノ(キャラもの?)出場希望者に、居住まいを正した。


  「親御さんたちは?」


  第一声は、当然の質問。
  ここがハルミにとっての天王山といえた。
  あくまで「親はトイレ」でごまかしてしまうか、いっそのこと包み隠さず真実を告げるか。
  後者はむろんのこと、面接どころか警察を呼ばれてしまう可能性もあった。
  だが、ハルミはおのれの中の確信に導かれるようにして、後者の選択をした。


  「出場は、ぼくたちだけです」


  面接官たちがざわめいた。
  番組プロデューサーとか頭の鋭い人たちばかりだろう。すぐに急所を突いた質問をしてくる。


  「どうやってここまできたの? 家はこの近く?」


  近所のガキが遊び半分でここにやってきたのかと確認の質問である。だが、ハルミの住所が十キロ以上も離れたところであることが知れると、またざわめきが広がった。


  「きみたちだけで電車に乗ったの?」


  質問した面接官の目線が向けられて、マナミが途端に涙目になってせぐりあげた。
  レナとリョウジにもマナミの恐慌が感染した!


  「わっ!」


  ハルミは面接者のいすから立ち上がると、大声を出した。
  そっちへの驚きで、三人の泣きべそが止まる。
  ハルミの機転が事態を収拾したのだと気付いた面接官のひとりが、「やるな、ぼうず」と面白そうに口元を緩めた。


  「ここからの質問は、ぼくが答えます」


  にっこりと、営業スマイル。
  そのときになって、ほかの面接官もあることに気付きだした。


  「この子、わりと美形ね…」
  「メイクさせれば化けるかもだな……頭もよさそうだ。度胸もある」


  頭を寄せ合って、相談を始める面接官たち。
  そうして、ふたつの質問がハルミに向けられた。


  「一五+二八は?」


  「四三」ハルミは即答する。問題のレベルは、むろん幼児のそれではない。


  「ロシアの首都は?」
  「モスクワ」


  面接官たちが背筋をのばした。


  「結果は後日、自宅に郵送いたします」






  一週間後の四月二二日、一通の手紙がハルミ宛に届いた。


  「ハルくん、『合格』って、変な手紙着たわよ」






  エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは、ルン王国経済復興プログラムの第三段階成功を祈念して、人知れずオレンジジュースで祝杯を挙げた。
  これにより経済復興プログラム第三段階は、コード名『タナボタでドン』と決定、計画レベルから実行レベルへと移行した。









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