『インフリ!!』





  第3章












  第九艦隊は出航後一五日間のあいだに大規模な戦闘演習を都合三回繰り返し、大量に消費した物資を補給すべく、旅程の半ばに位置するムートン星に一時寄港した。
  開発の歴史の浅いシープ星系唯一の有人惑星ムートンは、星系国家というよりはむしろ惑星国家と呼ぶべき弱小国である。周辺国の盛衰に左右される脆弱な政権をここ十数年来支援しつづけたキャッツランドは、治安維持を委託された形で軍を進駐させ、ムートン星を事実上前線基地化していた。
  地表上の広大な基地施設、衛星軌道上の小天体を利用した大規模な宙軍補給基地などは、ともにキャッツランド宙軍の重要拠点である。第九艦隊は統帥本部が策定したプランにのっとって、この半属国ムートン星の大気圏ぎりぎりを、軍事パレードよろしく半日ほどかけて悠々と周回した。ムートン市民に対しての、実にいやらしい示威行動である。おびえたネズミを追い詰めておいて、猫が目の前で爪を磨いでみせるような感じである。


  「ムートン人のあいだで、反戦運動が盛り上がり始めていたようですが、これでいつものように鎮火するでしょう。なんなら一発、そのへんの海面あたりに艦首追撃砲でもぶちこみますか?」


  旗艦艦長セリン・ドヌーブ准将の剣呑な提案を、ニーナは「面倒くさいから」という不謹慎な理由で一蹴した。
  衛星軌道上の補給基地につけば、彼女らを慰安する娯楽が待っている。到着を延ばしてまで意味もなくうろうろするのは、単に時間の浪費にほかならなかった。




  * * *




    ナウールは、おのれの身代わりと
    なって血まみれになった艦隊司令を
    抱きかかえて、悲鳴のような叫びを
    上げた。


    「提督! 起きてください提督!」


    その失われかけた魂をうつつに呼
    び戻そうと身体を揺さぶり、何度も
    その名を呼んだ。おのれの未熟のせ
    いで何ひとつ役に立てなかったとい
    う悔恨が、ナウールを打ちのめして
    いた。


    「提督…」


    その声が届いたのかどうかは分から
    ない。
    それは守護精霊の奇跡であったのか、
    ほんの束の間、提督の命はこの世に
    繋ぎとめられた。提督は無事なナウ
    ールの姿を見上げて満足げに笑って
    みせた。


    「よかった……無事だったのだな」


    おのれが瀕死であるにもかかわら
    ず、役立たずの副官の身を気遣うそ
    の姿は、ナウールが記憶しているあ
    の謹厳でおよそ笑うことも知らぬよ
    うな『堅物提督』とは重ならなかっ
    た。
    たくさんの血をあふれさせて、最後
    にナウールの知らない男性の名前を
    漏らした。それが提督の父親であっ
    たのか、それとも愛人であったのか
    は分からない。ナウールは提督の呼
    吸が消え入るように小さくなるのを
    歯を食いしばって見届けると、艦橋
    に生き残った乗組員たちを見渡した。
    頭から血を流すナウールを見て、航
    海士が悲鳴をあげた。


    「副官どのの手当てを! 医療班!」
    「わたしよりも早く提督のお手当てを。


    わたしはそのあとでいい」


    「ですが…!」


    言い募る航海士は、ナウールの必死
    に形相を見て言葉を飲み込んだ。
    下半身をもぎ取られた提督は、誰の
    目にもすでに手遅れであることが明
    白であった。
    提督の体を駆け寄った医療班に預け
    ると、ナウールは手すりにつかま
    りながらおのれの身を持ち上げた。
    艦隊司令部は、いまや半身不随の状
    態だった。決死の突撃を敢行した敵
    艦隊が、ナウールの乗る旗艦の脇を
    かすめるようにして通過していく。
    味方艦隊は痛撃をこうむったが、そ
    れは敵艦隊とて同じことであった。
    敵味方の勝敗の帰趨はあやういとこ
    ろでまだたゆたっている。


    「副官どの……どうやらこの艦で最先
    任士官なのはあなたです。この艦隊
    を救うことができるのはもはやあな
    ただけです」


    航海士の告げる言葉に、否も応もな
    い。もはやナウールが頼るべき士官
    はこの艦橋には存在していなかった。
    艦橋でもっとも被害が大きかったの
    は士官たちが集っていた指揮卓付近
    であったのだ。
    ナウールは深く息を吸い込んだ。専
    任副官が艦隊を指揮するなど、王国
    始まって以来の椿事だろう。だが、
    舞台は彼の退場を許しはしなかった。
    王国最初の男提督となるナウールの
    最初の一歩が、いままさに記されよ
    うとしているのだった……。






  このときのナウールの上官は、ガウル・ロウ少将であり、この戦死で二階級特進して大将となっている。ナウールが一六才のころのエピソードである。
  ベッドに寝そべりながら、無心に物語りの流れに身を浸していたエディエルは、小さく鳴り出した手首の端末を見やって身体を起こした。ダイヤルを回すと、メッセージが再生され始める。


  《えーくん……ううん、もう少尉殿と呼んだほうがいいのかな? 報せを聞いて、すぐにこのメールを送っています。届くのは三日後かな、それとも四日後かな……軍の高速通信がプライベートで使えないのが本当にもどかしいわ。ああ、どうしてこうもクランは運がないんだろう! ぜったいにえーくんをクランの副官に迎えるつもりだったのに、ほかの奴に横合いからかっさらわれてしまうなんて…》


  音声と同時に浮かび上がった発信者の名前に、エディエルはまたぐったりと身体を投げた。メッセージはまだ続いている。


  《本当にほんの少しの差だったのよ……かあさまのお力も借りて方々に手を回して、ようやく艦隊を任されたっていうのに、肝心のえーくんがニオールの奴に指名されたって聞いて、一気に目の前が真っ暗になってしまった! ああ、本当にクランに守護精霊がついているっていうのなら、いますぐこの手で首を締めてやりたい! …ニオールにはなにもひどいことをされてはいない? いまクランはいそいで艦隊編成をしているところよ。一刻もはやく前線に向かって、そして、そして長官閣下にもお願いして、絶対にえーくんをニオールの奴から取り戻してみせるわ》


  「クラン……ねえさま」


  つぶやいて、エディエルはごしごしと目をこすった。
  本のページにしおりをはさみ、サイドテーブルに置くと、毛布のなかにもぐりこんだ。頭が痛い。横になって目をつむっても、まったく休養を取っている気にならなかった。
  艦隊はまだ戦地から遠いため、四直となっている。勤務時間は一日のうちの四分の一、休養の時間は十分に与えられていたが、専任副官であるエディエルにはその恩恵を受ける機会がない。一日じゅう上官であるニーナのあとをついて歩き、そのスケジュール管理と雑用とを一手に引き受けている。ニーナが眠りについたあと、ようやく彼も仕事から解放されて、私室にさがることができるのだ。
  本を読もうとすれば、おのずと睡眠の時間を削ることになる。慣れぬ仕事と短い睡眠は、澱のように身体の奥に疲労を溜めこませる。だが本を読むことだけはやめられなかった。もう何度も読んだ本である。章によっては、一字一句そらんじることだってできるかもしれない。
  心のなかに一本の糸が通っていて、それが危険な張りつめかたをしている。糸はみしみしと音を立てていて、いまにもふっつりと切れてしまいそうだった。
  そのとき、ドアをノックする音がした。
  おののくエディエルが誰何の声を上げるよりも早く、ドアが勝手に開いた。そこに現れた人影は、このところ彼の人生の大部分を占有して放さない人物のものだった。
  ニーナ・ニオールは、下着姿の彼を必要以上に熱心に眺めやってから、勝手知った我が家のように部屋のなかに無断で入ってきた。エディエルは毛布を身体に引き寄せ、ベッドの上で小さくなった。
  この艦では、彼のプライベートなどあってなきがごとしである。彼の非難がましい眼差しを受けて、ニーナは内心のやましさを紛らわすように手に持った白いものを振ってみせた。


  「寝込んでたら襲ったげようと思ってたんだけど……起きてたのならしかたないわね。すぐに支度しなさい」


  ニーナの白い軍装は、よく見れば普段のものと違っている。高級そうなホワイトフォックスの襟巻きを少しだけうっとおしそうに、ニーナは首を伸ばした。胸元の勲章が、子供のおもちゃのようにきらきらと輝いた。


  「パーティに出席するわよ」


  休養をとっていないのは、ニーナも同じであった。この尽きせぬ元気がどこからわいてくるのだろうか。起ち上げたままであった端末のスイッチを切って、エディエルはハンガーにかけてあった制服に手を伸ばした。


  「ああ、着るのはそれじゃないわ。こっちにしてちょうだい」


  まるでとっておきのプレゼントでも差し出すように、ニーナが廊下の陰に隠していた白い紙箱を取り上げてベッドの上に置いた。そうして一度彼のほうを流し見てから、「サイズは合ってるはずだから」と言った。
  ニーナは椅子に腰掛けて、にこにこと上機嫌で彼の着替えを眺めている。エディエルは目配せで上官に退室を促したが、ニーナは「いいから、いいから」と手を振って取り合おうとしない。エディエルは赤くなりながら、見たこともない布地のかたまりと悪戦苦闘した。
  ほんとうにもう、なんて職場だろう。






  「接舷、完了〜っ」


  全長二キロに及ぶ巨体を、見事なソフトタッチで錨地の桟橋にキスさせると、航海士のチュチュはレバーを放り出して大きく伸びをした。ゴーグルを引き上げた彼女はパネルに現れた数値群をひとさらいし、すべての作業が完全に終了したことを確認すると、席を立って飲み残しのクレモンティを喉に流し込んだ。


  「さぁ〜て、終わった、終わった! さっそくムートン上陸といこうかしら。自由時間、シャーリーはどうするの」 後ろ髪をまとめながら、チュチュは隣のシートに座る通信士を見下ろした。
  「わたしは『アタルゴウ』と遊んでるわ」


  通信士のシャーリーは、手早く入力作業を終えると、画面から目を離してうんっと伸びをした。


  「なによう、あっくんはもう口説き落としたんでしょう? まだいじり足りないの? 服を最後の一枚まで剥ぎ取らないと満足できないなんて、つくづく変態さんね」


  哀れむようなまなざしを向けられて、シャーリーは眉をひそめた。生真面目な彼女は、言われたことをまともに受け取ったようすである。


  「そういう言い方、やめてくれないかしら」
  「仮想世界しか愛せない変態さんのくせに。肖像設定が自由だからって、『アタルゴウ』を男の子にするのはやめといたほうがいいんじゃない? ここんとこ、あっくんのようすが副官殿に似てるって、もっぱらの噂なんだけどサ」
  「えっ!」


  シャーリーは顔を真っ赤にしてシートから飛びあがった。彼女の激烈な反応に、アクセス中であった人工知能『アタルゴウ』が驚いたように瞬きした。
  シャムミルク毛の少年が、「どうしたの、シャーリー?」と声を出す。


  「シャーリーも、もしかして副官殿に萌え萌えなクチ?」


  勝ち誇ったようににたりと笑うチュチュに、シャーリーが猛然と抗議しようとしたが、すぐに舌を噛んでわたわたと口を押さえた。


  「はは〜ん、やっぱりそうなんだ。副官殿ねぇ」
  「う、うるさいわね! いいじゃない! 少尉殿はこの艦隊の守護精霊なんだから! あっくんの絵だって、少尉殿の実際の画像データなんて使ってないんだから、問題ないでしょ!」
  「や〜い、変態、変態♪」


  およそ子供じみたからかいかたに、シャーリーはわなわなとうちふるえて片手でコンソールを操作した。にこやかに微笑んだアタルゴウ(美少年風)が、よっこいしょと情報ウインドウを持ち上げた。


  「そういうこと言ってると、この報告を艦長に上げちゃうよ? このところだいぶんとあっくんをこき使ってるじゃない? プライベート侵犯のログがたまりすぎて、わたしが止めておかないと司令官と艦長に報告があがっちゃうところなんだけど」
  「えっ、うそ」


  こんどはチュチュの表情が一変する。凍り付いて青くなる。


  「な〜んか、司令とその副官殿関連がかたよって多いんだけど。ほどほどにしときなさいよ。あっくんはもうだいぶわたしになついてるけど、いつどこで隠しコマンドが発動するか分からないんだから。わたしが把握してるのはあっくんのほんの一部」
  「ばれたら、鞭打ちかナ?」
  「前例から類推して、写真不法所持程度で鞭打ち三十回だから、この不正アクセスは鞭打ち五十回相当かしら」


  こちらも表情の暗いシャーリーが、小声で回答する。
  ふたりしてうつむき加減になりながら、顔を近づける。


  「それはまずいわね。…シャーリー、そのログ記録、なんとかならない?」
  「報酬はいかほど? 技術料、高いわよ」
  「秘密機関紙、『副官殿通信』を無償配信。レア画像、十枚提供」
  「もう一声」
  「て、ちょっと欲張りすぎじゃない? そっちだって趣味でやってんでしょうが」
  「ログ報告差し止めはわたしの趣味の範囲外だけど」
  「…OK、わかったよ、例のとっておきの秘蔵コレクションをあげちゃうわ。それで文句ないでしょ? じゃ、商談成立」


  ぱっと差し出された航海士の手を通信士は握り返し、シェイクハンド。


  「地下マーケットの姐御が三百出すっていったレアアイテムだからね、ありがたがりなさいよ!」
  「あんたがかなりの量、少尉殿アイテムを抱えてるってのはもっぱらの噂だから、期待して待ってるわ。…それよりあんたがジャンク屋街もない軍港なんかにわざわざ上陸するなんて、どういう風の吹きまわしかしら?」
  「あら、知らないの?」


  言いかけて、チュチュは艦橋の同僚たちが雑談にざわめいているのを確認すると、声をひそめてささやいた。


  「軍港でパーティがあるの。うちの司令と艦長、それに副官殿が出席するそうよ。開放された空気とアルコール、意気投合した女と男がどこかにしけこむなんてあたりまえの上流階級のお上品なパーティだし、あの二人になにか進展があってもおかしくないんじゃない?」
  「司令官とあの子が…? うそ」
  「劇的瞬間を激写ッ、て……シャーリー?」


  いきなり胸倉を掴まれて、力なく愛想笑いした航海士は、「邪魔しとこうか?」と尋ねた。通信士は、真顔でこくこくと頷いた。


  「今後無制限に、あたしに協力してくれる? あっくんへのアクセス権限も、もうちょっと上級にしてほしいんだけど」
  「あんた、ホント足もと見るわね。…でも背に腹はかえられないわ。OK、分かったわよ」


  言葉の後半は力なく吐き捨てるように相手に投げつけられた。


  「でも、いい写真が取れたら、わたしにも少しはまわす。それが追加の条件よ」






  惑星ムートンの首都上空三○○キロに静止化された、直径一五キロの小衛星に築かれたムートン錨地は、キャッツランド本星の中央錨地に比すべきほどではないにしても、一星系の防衛拠点として十分な規模を持つものだった。衛星の周りに差し渡された係留リングに、同時に接舷できる艦艇数は千を数える。
  連絡路のエスカレーターを、艦隊司令官ニーナ・ニオールと旗艦艦長セリン・ドヌーブ、そしてマントで首から下を隠した専任副官の三人が、案内人に先導されながら降りていく。軍港の人々の好奇の視線にさらされながら三人が案内されたのは、高級軍人たちが利用するサロン区画のもっとも奥まったところにある迎賓館だった。
  隣接区画にある民間に開放された歓楽街の喧騒も、そこまでは届かない。歓楽街には艦隊の乗組員たちがすでに繰り出して盛況を極めているのだが、厳密に区切られた軍の立ち入り禁止区画は防音も完璧らしく、隣の部屋の歓談さえこそりとも響かない。
  どこから連れてこられたのか……おそらくムートンでも一二を争う名門ホテルから呼んだのだろう、きびきびした動きの給仕やコックが部屋の外を歩き回っている。


  「ニーナ・ニオール中将、セリン・ドヌーブ准将がお着きになられました」


  部屋に招きいれられる前にニーナはエディエルのマントを取り、係に預ける。眼前ににわかに現れたセリカドレスの美少年にムートン人係官が目を丸くしていると、「かわいいでしょう?」とニーナが自慢げに胸をそらせた。
  想像の埒外にある貴顕に会う緊張に全身ガチガチになっているエディエルは、ニーナに腰を抱かれるような形でぎこちなく歩き始めた。エディエルにそれと自覚はないが、これは彼の人生初めてのいわば『社交界デビュー』にほかならない。
  踏み出した足がとらえた床は、くるぶしまで沈み込みそうな柔らかい絨毯だった。そして鼻についた匂い……アルコールと料理、そして大勢の人々が発する人いきれの独特の匂い。特に鼻につくのが香水の匂いである。その会場に集まった人々がどういった社会的地位を持っているのかが、香水の銘柄を嗅ぎ分けることでおおよその見当がつけられた。


  「ムートン人の鼻はちゃんと機能してるのかしら?」立ち話する婦人の背中越しに漂ってくる甘ったるい匂いを、ニーナは「林檎の腐りかけた臭い」と評した。
  「セイラムの七四番……だと思います」見解を述べてから、エディエルがひそひそと言い足した。「恋の匂いだそうです」


  キャッツランド人は、慨してよく鼻が利く。彼らに香水をつける習慣はあまりなかったが、中央星系の流行を真似たがる人々が皆無というわけではなかった。


  「これはこれは、クンロン以来だったかな、中将」


  会場に入るなり、最初に話しかけてきたのは、ごま塩の髪をうなじでひっくくった初老のキャッツランド人だった。白い制服と厚みのある肩章が、この人物のキャッツランド軍内での地位を示していた。


  「シグラ閣下」


  ムートン錨地の主とも言える、シグラ・コーネル基地司令官その人である。肥満するキャッツランド人は少ないが、この初老の軍人は服の上からでも分かるしっかりとしまった体つきをしている。節制と鍛錬、どちらが欠けてもこの年までこれだけの身体を保つのは難しいだろう。
  鬼教官に出会った生徒のようにすぐさま敬礼した上官にならって、副官も敬礼する。
  二人のようすを眺めてか、周囲から笑いが漏れた。冷ややかなささやきと、無遠慮にそそがれる好奇の目。かすかに震えているエディエルの肩に手を置いて、ニーナが言葉を継いだ。


  「ご紹介させていただきます。このたびわたしが任命いたしました、艦隊司令官付き専任副官、エディエル・ヴィンチ少尉です」
  「ほう、中将もとうとう副官持ちになったか。…年は? 一五歳? 二科の卒業生から選んだのか?」
  「自分が副官を選ぶなら、二科の卒業生からと決めておりました。新設の艦隊がいただけると聞いてから半年、それこそ艦隊の編成よりも時間を割いて選び抜いた、自慢の副官です」
  「かわいい子じゃないか。二科を主席で卒業? なら才色兼備というやつか。年度の卒業生選びが解禁されたばかりだったんだろう、主席でこの美貌なら目をつけていた高級将官は多かっただろうな。先を越されてどれだけじだんだ踏んだやつがいることか」


  ニーナに促されて、やや泡を食いながらエディエルが挨拶する。


  「エディエル・ヴィンチ少尉であります。ご高名なシグラ閣下におめもじかないましたこと光栄に存じます!」
  「ご高名とはいたみいるね。ただ軍歴が長いだけの老兵だよ」


  老提督にしげしげと上から下まで眺め回されて、居心地悪そうに肩をすくめていたエディエルであったが、つるりとお尻をなで上げられて飛び上がった。
  悲鳴をあげないだけの自制心を発揮できたのも奇跡であったが、その後の不穏当な発言を耳にしてなお冷静でいられたことも奇跡であった。


  「で、あっちの具合のほうはどうだね。昔の恩義を返してくれるつもりなら、一晩わたしに貸さんか」


  挨拶代わりの冗談であったのか、はたまた本気であったのかは分からない。慇懃な笑いを保ちながら、「ご冗談を」とニーナがかわすと、シグラは肩をすくめて空のグラスを渡した。


  「大きな声じゃ言えんが、この星はたいした田舎だよ。だがこのムートンワインだけはどこの星に持っていっても特上の部類に入る。ここにあるのはその中でも特に最上のものだ。ムートンの政治屋どもが金にあかせてかき集めたに違いない。後学のためにもせいぜい舌を肥えさせてみることだ」


  自分も手のグラスを一息にあおって、それをなにげに副官の前に差し出した。
  どんな役割を求められたのか察したエディエルは、テーブルのクーラーからボトルを取り出して、宙軍大将と中将、それぞれにワインを注いだ。


  「かわいいオトコの子に注がれると、また格別にうまく感じる」
  「閣下のお手がはやいことはつとに有名ですが、この子はお貸しできませんから。念のため」
  「目を保養さすことぐらいはいいだろう。セリカドレスなど着せおって、どうせ見せびらかしにきたんだろう。…ムートン人どもが興味津々で見物しとるぞ。やつらから見たら、キャッツランド人は全員女に見えるらしいからな」


  一般にキャッツランド人が女ばかりだという印象を持たれているのは本当のことである。極端な女系社会であるキャッツランドで、男が外向きの職につくことはまれである。キャッツランド人を古代のアマゾネスになぞらえているガイドブックもあるくらいで、他星系の人々が出会うキャッツランド人は、おおよその場合やはり女であるのだ。キャッツランド人がなべて美形であることも誤解の要因であっただろう。
  楽団が奏でる生の演奏をバックに、惑星ムートンを支配する紳士淑女たちが踊ったり談笑したり、ところによっては相手を口説き落とそうとしていたりする。もともと惑星の実際的な支配者であるキャッツランド軍に顔つなぎするのが目的のパーティであったから、有力な艦隊を引き連れてきたニーナ・ニオール提督のまわりにはまたたくまに人が群がった。
  挨拶にくる者たちが口にする肩書きは、およそ現実感がないほどたいそうなものばかりであった。貿易大臣、国防大臣、国家安全局長、さる民間コングロマリットの総帥などなど……むろん彼らが間違いなくその地位にあるのかなど確認しようもなかったが。
  だがそんな見知らぬ者たちの中にも、エディエルでさえ見間違いようのない有名人の姿があった。貴顕たちを割って進み出てきたその人物は、惑星ムートンの政治指導者、ラウム国家元首である。
  キャッツランドの影響力を背景に、ムートンの国家元首に納まった男は、人好きのする笑顔を作って会釈した。


  「想像していたよりもずっと女性らしいかたで、最初は別人かと思い込んでいましたぞ。クンロン・シンジケートの海賊どもを片端から皆殺しにした勇将とうかがっていたので、さぞや勇ましい女傑かと……これを機会にお近づきになれればさいわいというものですな。レディ・ニオール」
  「キャッツランド宙軍中将、ニーナ・ニオールでございます。以後お見知りおきを。ラウム国家元首閣下」


  外の世界では未婚の女性を「レディ」と呼ぶのが敬称らしいのだが、結婚という概念そのもののないキャッツランドでは研いだ爪のカスほども意味のない言葉であった。ただ他星系の文化を軽んじるほど彼女らも大人気なくはないので、ことさら異議など唱えたりはしない。
  キャッツランド人的価値観では疎むべきほど肥満したムートンの国家元首が、ウインナーのような指でニーナの手を取り、軽く口付けした。いやな風習だと大書した顔で、ニーナは眉をひそめた。
  今度は傍らの少年に目を流して、同様に手を取ろうとする。
  ニーナの反応はまさに神速であった。二人のあいだに身体を入れ、おのれの副官を背後へと押しやった。
  ニーナの引き攣った笑みを見て、ラウムは少し首をかしげた。厚ぼったいまぶたが落ちかかる奥まった目が、脂っこいひそめいたものをたたえてニーナの背後の副官を見る。


  「キャッツランドの方たちばかり、どうしてこのように神の恩寵を授かっているのでしょうな。こちらの女性がみな色あせてしまうほど、粒ぞろいの美女ばかりだ。…とくにこちらのお若い女性は、会場中で噂に上っておるようですぞ。提督の副官でしたかな……名は」
  「エディエル・ヴィンチ少尉であります」


  エディエルはぴしりと敬礼する。その必要以上にきびきびしたあたりが、またなんとも初々しく目に映る。
  華奢ではあるが、キャッツランド人の高度な運動能力を裏付けるしなやかな筋肉が、手足に美しい曲線を与えている。とくにキャッツランド人男性の「女性化」は、わずかながらボディラインにふくよかな丸みをも与えていたので、それらはムートン人たちの目に年相応の少女の肢体と違和感なく見えるようである。


  「これはオールド・セリカドレスですな。いまムートンでも、オールドファッションが流行していましてな、なかでも特に関心を集めているのがセリカドレスとアオザイです。こんな趣向なら、わたしどももワイフにセリカドレスを着させるんでしたな」


  そうそう、と追従の声が周囲から上がると、ニーナとエディエルはそれまで様子見であった人々にも囲まれて、挨拶の反復作業をうんざりするほど繰り返さねばならなくなった。
  勢いに飲み込まれて連れさらわれそうになる副官の手を引っ張って、国家元首への去り際の挨拶もそこそこに人込みからの突破を強行したニーナは、壁際のソファに安息の場を見出すと、ぐったり座り込んでため息をついた。


  「エディ、わたしのそばから離れちゃダメよ」
  「えっ……あ、はい」
  「まさかわたしまで誘われるとは思わなかった。あの環境大臣とかいうやつの顔を見た? このニーナ・ニオールをつかまえて『かよわきご令嬢』ときたのよ? はは、まともに取り合うのもばからしい!」


  せっかくパーティのためにきれいにまとめてあったにんじん色の髪をくしゃくしゃとかき回して、気の立った野良猫よろしくあたりを見渡すニーナに、立ったまま控えていた副官がもじもじと申し出た。


  「あの、なにか飲み物とってきます。例のワインでよろしいですか?」その物慣れぬようすに、ニーナの口許が思わず緩む。
  「そうね、それでいいわ」


  ぺこりと会釈をして、副官の背中が会場中央のテーブルへと小さくなっていく。手なずけるのにてこずっている少年に気を使われて、多少気分のよくなったニーナであったが、ひとり無防備になった少年のまわりに、チャンスとばかりにムートン人たちが群がり始めるのを遠目に見てまばたきする。
  すっかりまとまらなくなった髪を急いで撫でつけて、「油断も隙もない」とぼやいて立ち上がる。ムートンの上流階級は、ずいぶんとご盛んなようだ。


  「エディエル君といったか。少し時間をいただけるとありがたいのだが…」と、つるりと頭の禿げ上がった脂っこい政務次官。
  「今夜は船に帰らずに、ムートン星の遊覧飛行などはどうだい? わたしの自家用クルーザーでゆるりと」と、いかにも財産を持っていそうな紳士。


  手を掴まれ、腕をとられして抵抗も何もあったものでないエディエルは、大勢の大人に取り囲まれて、「あっ」とか「その」とか言いかけては、突発的な失語症におちいっているようである。袖を取られても、両手に持ったグラスの中身はけしてこぼすまいとがんばっているが、その不自由さが返って仇となっている。


  「エディ!」


  そのままどこかに連れ込まれそうな少年を、ニーナはすんでのところで引き戻し、人波掻き分けもといたソファに戻ってくる。彼女の威嚇の眼差しに臆して近づいてこようとする者はなかったが、相変わらず流し目を送ってくる者はあとを絶たない。


  「も、もうしわけありません!」
  「ここにいるあいだはわたしの半径一メートル以内から消えてなくならないこと! これは命令よ」


  副官の手からこぼれて量の少なくなったワインをひったくって、ニーナは水のようにそれをあおると、ちょうど通りかかった給仕を捕まえてさらにお代わりを注文する。
  二杯、三杯と急ピッチでグラスを空けていたニーナの目がとろんとしてくると、不安げに副官はもじもじとした。


  「提督、アルコールはほどほどにしておいたほうが……三時間後にムートン政府との会談にご出席なさるのではなかったですか? 先ほどの元首閣下も特別にご出席されるとうかがっています。提督?」
  「エディ、あなたも飲みなさい」
  「はっ…?」
  「一緒に飲みなさいっていってるの。付き合いなさい!」
  「いえ、でも」と口ごもる副官にグラスを押し付けて、ニーナはにやりと笑う。
  「飲みなさい」


  顔は笑っていても、目はすっかり据わって笑っていない。


  「アルコールはだめなんです」とか細く弱音を吐いたエディエルであったが、新任の副官が自分の命令に従うものかどうか見定めるようなニーナの眼差しに、ごくりと生唾を飲み込んで息を詰めた。そして一息。
  「なんだ、いける口じゃない」
  「もう……これ以上は」


  いま飲んだばかりだというのに、エディエルの顔はまたたくまに紅潮し、その肩が危うげに揺れる。少しだけもれた無警戒なしゃっくりが、さらにエディエルを恐縮させる。


  「なんだかこの場所、暑くない?」ニーナの耳が、ひくりと動く。
  「はい、少し」
  「それじゃ、少し涼んできましょうか。たしかこの上階に、気の利いた自然公園があるの。高さもあるから、そこからこの地区の景色が一望できるわ」


  ついと立ち上がったニーナが、エディエルの腕を取る。
  その性急な足取りにあわせようとして少年はたたらを踏んだが、ニーナはそちらのほうを見もしない。
  この少年に飲ませたのは、甘い口当たりのくせに後から効いてくるカクテルだったから、そろそろ意識が飛びかけているのかもしれない。少年は抗議もせず、手を引かれるままについてくる。
  その無抵抗が、そのさきにあるコトの成就を妄想させた。
  彼女は急ぎ足で会場を離れた。






  「とうとうあの情報、提督閣下にお知らせしなかったですわね。後悔はなさいませんか? ニムルス少佐?」
  「そういう格好はやめなさい。そういう寝タバコも」
  「そうやって話をそらそうとしたってだめよ。わたくしの質問には答えてくださらないと。約束どおり、わたくしの指示には従っていただきますよ。…少佐?」


  薬用タバコの紫煙でけぶる室内に、二人の声がひそやかに交わされる。
  額に貼り付けたようなクオン・ニムルスの前髪が、彼女に似合わず少し乱れている。第九艦隊の主席参謀の私室にいるいまひとりの人間は、彼女といつも行動をともにするジェダ・アーリ大尉である。
  将校である彼女らの私室が共同であるわけもなく、むろんジェダ・アーリ大尉が客としているわけだが、その一糸まとわぬしどけた姿がまた二人の微妙な関係を言葉以上に雄弁に語っている。第九艦隊で、この二人の関係を知らぬものなどほとんどいない。


  「わたしの忠誠は、ただひとつ偉大なる祖国とその宙軍の権威ある統帥者……大キャッツランドの女王陛下に捧げられていると信じてもらってもいい。長官のご真意は測りかねるが、女王陛下の代弁者であられる長官のご命令は、わたしにとって守護精霊のささやく聖句にも等しい。その長官の代理人がそう指示するのなら、命令を聞くもやぶさかではない。…だがジェリー、わたしはこの乱暴なやり方に、正直疑問をもたざるを得ない。わたしが納得できる説明を求めるのは当然のことだと思うが?」
  「納得できる説明? 罪悪感のまぎれそうなもっともらしい理由が欲しいということかとら? …でも提督に対してだんまりを決め込んだ時点で、もう少佐も同罪よ」
  「それはわたしは…」


  ニムルスは相手の言に色をなしたが、そのおもてに感情らしきものが浮かんだのは一瞬であった。薬用タバコの煙を吹きかけられて、気色ばんだ表情がきれいにぬぐわれる。
  外向きにはふたりはその階級同様、ニムルスをその行動の主としたが、プライベートではきれいに逆転しているようである。手玉に取られている、という表現が非常にしっくりする風景であった。


  「ニオール提督の軍内部での発言力が増していることを、長官は非常に危ぶんでおいでなの。今回の新設第九艦隊司令官の地位を手に入れるために、ニオール提督はずいぶんと精力的に軍上層部に働きかけたようだけれど、それを組織の序列に対する挑戦だと考える方たちもいるの。まあ、新艦隊司令官の地位を狙っていた派閥の人たちが大半だけど。長官は、この機会にニオール提督の影響力を削いでおきたいとお考えよ」
  「ニオール提督は、この新艦隊を手に入れるだけの十分な軍功を上げられている。艦隊司令官就任は当然の成り行きかと思うが」 ニムルスは乱れた前髪に几帳面に櫛を当てる。
  「中央の『血統書つき』に軍の要職がたらいまわしになっているのはいまに始まったことではないが、今回の第九艦隊司令官職の人選は、その悪しき慣習を是正するまことにけっこうな決定であったと内外の評価がなされている」
  「第九艦隊の司令官職には、その『血統書つき』のある方のご令嬢が就任される予定になっていたの。長官は顔に泥を塗られたっていうわけ。だから、宙軍統帥府の大多数を占める門閥出身の将官たちにいい顔をするためにも、意地でもニオール提督に相応の制裁を与えなくちゃならないの」
  「ああ、例のネフタル家の『十年にひとりの逸材』閣下のことか? 五人も元帥を輩出した名門一族とはいえ、あんな小娘が艦隊司令になるなど、まったく世も末というものだ」
  「あら、ネフタルのご息女に面識があったの?」
  「去年の建国記念式典のあの大演説は、いまでも語り草だ。門閥にあらざれば人にあらず……あそこまで露骨に選良意識を披露されると、一般人は開いた口をふさぐのも大変だった。式典会場は門閥軍人ばかりで喝采の嵐だったがな。…あの令嬢は、たしか今年でやっと二十になったばかりと思っていたが」
  「その閣下が、後続の艦隊を率いてやってくるのよ」
  「なっ…!」


  ニムルスは絶句した。
  ジェダ・アーリはタバコの煙をくゆらせながら、にやっと笑った。


  「第十艦隊司令官、クラン・ネフタル少将。進水したばかりの新造艦と廃艦同然のボロ船を掻き集めて急遽編成した五百隻の、まあ艦隊というより少し規模の大きい戦隊だけれど……その司令官として、『逸材閣下』は一路こちらを目指しているわ」
  「後続は第四・第七の二個艦隊のはずだが」
  「そちらは予定通り、ちゃんと十日遅れで出発するわ。第十艦隊は三日はやく合流することになるのかしら」


  ニーナ・ニオールの参謀であるニムルスの脳髄には、今作戦のタイムスケジュールが細密画のようにみっしりと記憶されている。そのどこにも、七日遅れで追随する艦隊の名前はなかったし、第一、『第十艦隊』などという艦隊そのものの存在すら彼女は知らなかったのだ。


  「あてがう艦隊がなかったら、新しく作ればいいか……たしかに単純な話だ」


  まったくばかばかしい話であったが、キャッツランド人である彼女はそのばかばかしさをそれほど抵抗を覚えることなく受け入れた。キャッツランド人は、ときどき子供のように刹那的になる。


  「どうするつもりなんだ? このあと起こる騒動のどさくさにまぎれてふたつの艦隊司令官職を入れ替えるのか?」
  「さすがは少佐。察しがいいわ」


  目を細めて相手を見やるキャッツランド人の眼差しは、まるで獲物の小動物を見つけた肉食獣のようである。ニムルスは耳を少しだけ震わせて、半身を起こした。


  「クンロンの残党が錨地への潜入を開始しているという情報は、ほんの少しだけ遅れてムートン錨地に伝えられることになっています。キャッツランド軍でそれを知らない将官は、あたしたちがそれと報告しなかったニオール提督とドヌーブ准将、それに駐ムートンの高官だけ。…でもご心配なさらないで。潜入している海賊どもの総数は、どう多く見積もってもたったの十数人程度。適当に警備体制を強化しておけば、彼らの行動を制御するのは容易いはず。提督には適度の『公傷』を負ってもらって、あとは予定通り第九艦隊司令官の役どころからも降板してもらいます」
  「そしてその後釜に、あの『逸材閣下』がつくというわけか」


  ニーナ・ニオールは、大キャッツランド宙軍の顔ともいうべき英雄である。その任官から異例の速さで将官まで駆け上がり、数々の武勲とともにホロネットにもたびたびその姿を映された英雄が、くだらない政治闘争がもとで不当に貶められ、軍内での立場を失墜させられる。
  ニムルスはニオールの股肱の部下というわけでなく、一年前、当時クンロン・シンジケート殲滅の功績で第一七独立戦隊司令官職にあったニオールの幕僚として仕えたのがはじめである。ゆえにべつだん、この宙軍の英雄に特別に傾倒しているというわけではなかったが、そのおのれの命を対価に築かれてきた武人としての経歴に敬意を払うだけの謙虚さは持ち合わせていた。


  「クンロンの海賊どもは、人の命をデブリよりも軽く扱う。いかに周到な防御を敷いていても、不測の事態というのは常にありうる。もしも海賊どもがわれらの裏をかいて提督に致命的な危害を加えるのに成功でもしたら…」
  「数十万の海賊を眉ひとつ動かさずにうち滅ぼした英雄が、たった十数人の残党に不覚を取って命を落すとでも? 提督の経歴に少しでも真実が含まれていれば、そんなことありえるものではないわ。もしもそんなことがあったら……宙軍一の英雄もたいしたものではなかったということになるのかしら?」
  「たいしたことはなかった、か…」


  その言葉の響きの取るに足らなさに、ニムルスは嘆息する。
  愛人のぬくもりから身を離しながら、手早く軍服のボタンをとめたニムルスは、部屋のなかに立ち込める紫煙を追い払うべく排気のスイッチを入れた。


  「このにおい、嫌い?」


  ジェダ・アーリの声に、ニムルスは応える代わりに鼻の根をむずむずと動かした。


  「部屋の鍵は閉めておいて」 そう言って、彼女は部屋を出た。









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