『インフリ!!』





  第6章












  新暦九九八年九月八日、キャッツランド・ムートン両国は駐留軍錨地で起こった『テロリズム』をムートン国元首の命を狙った反政府組織によるものと断定し、反政府組織ならびにその背後で策動するテロ支援国家を名指しで非難する声明を発表した。過激な言動で知られていたムートン国の野党党首が逮捕され、その支持団体がいっせいに摘発されると、次々に非合法の武器弾薬、果ては裏で支援していた紛争相手国のモンク国の諜報組織の名が明るみに出て、星間ネットを大いににぎわした。名指しされたモンク国は下劣な誹謗中傷であると真っ向から反論したが、愛国心に燃え上がるキャッツランド国民の耳には届かなかった。
  キャッツランド軍当局は駐留軍基地の被害は軽微なものと発表し、即日キャッツランド第九艦隊を進発させた。第九艦隊は惑星をめぐりながら弔意を示す九十九発の礼砲を放って粛々とムートン錨地をあとにした。ムートン国内でくすぶりだしていたキャッツランド軍排斥のうねりは、第九艦隊の『礼砲』のよって消し飛ばされた。






  国家元首を失った惑星ムートンは、いま国じゅうが喪に服している。
  しばらくはムートン政界も混乱をきたすであろう。国家元首の死亡を待ち構えていたかのようにメディアに姿をあらわした副元首は、非常事態を宣言するとともに、遠まわしにだがキャッツランド軍への友好政策の見直しを言明した。


  「政変……というわけか?」
  「おそらくそういうことになるでしょう。まあ、頭が誰にすげかわろうと、ムートンが大キャッツランドの令下から離脱することはありえませんが」


  ニムルスが応えると、ニーナは鼻の根に皺を寄せた。


  「クンロンの残党があれだけ錨地に潜入していたとなれば、チェック体制の不備がどうのというより、明らかに何者かの意図が働いた結果と見るべきね。…その最大の黒幕があの副元首というのは少し考えづらいけど」
  「提督…」
  「ともかく、海賊どもを手引きしたネズミが軍内部にいたことはたしかね。その結果、大切な軍事拠点が破壊され、さらには友邦の国家元首まで死なせてしまった」


  ニムルスの傍らで、次席幕僚が唇をかんだ。その様子に気づいたのは、ニムルス以外になかったであろう。ほとんどの者が艦隊司令ニーナ・ニオールの様子を食入るように見ていたからだ。


  「わたしを殺し損ねたのは、やつらにとって致命的な失敗だったわ」


  ドンッ、とニーナのこぶしが指揮卓を叩いた。
  彼女の専任副官が、いま生死の境をさまよっている。その専任副官の少年が、彼女にとって命にもかえがたいかけがえのない存在であることは周知の事実である。その大切な少年の命が、生死のあわいをさまよっている。
  第九艦隊司令ニーナ・ニオール中将は、いま宇宙でもっとも危険な生き物のひとつにほかならなかった。錨地で逃げ遅れた数人の海賊を、彼女はもっとも無残なやり方で処刑した。なぶり殺したといったほうが適切かもしれない。


  「海賊は追い詰めて皆殺しにする。軍内のくさいネズミどもを燻り出すのはその後」


  ニーナのまわりに控えていた部下たちは、生唾を嚥下した。
  ニーナがまぎれもなく本心からそう誓っているのだということをわきまえているからである。航行中の艦隊で、神にも等しい絶対権力者の怒りは、容易に死を招く。


  「まずは目先の海賊どもを血祭りにする……あなたたちの働きに期待してるわ」


  その場にいた全員が軍靴を鳴らし、敬礼した。






  * * *






  船底倉庫を作業車がひっきりなしに往復を繰り返している。


  「はっ? …進路を変更、でありますか」
  「そうさ、あたりまえだろうが。海賊どもの逃げ込んだ場所の当たりはついてんだ。何をおいても落とし前をつけるのはキャッツランド人の流儀というもんさね」
  「それはそうですけど、主計長、艦隊には統帥本部が策定した作戦スケジュールが」
  「なに、寄り道ッたって、二日ばかりのことだろう。そのあと強行軍すればそのくらいはいつだって取り戻せるよ。それよりも問題は、その少ない時間で海賊どものアジトを見つけられるかどうかってところだよ。なんたって、アステロイドが散らかしたドッグフードみたいに密集してる難所だからね」


  腕組みしたカッツェ・ナコルは、部下たちの作業を見下ろしていろいろ怒鳴り散らしたりしたが、話し相手にしていた兵士が「だからこんなにも忙しいんですね」と納得顔になっているのを見て、腹立たしげに「勘違いするな」と吐き捨てた。


  「いくさの準備なんざ、いつでも整えてあるよ。これは別口だ」
  「それじゃあ、なにをこんなに忙しく」
  「卵とシロップ」
  「なんでそんなものが…?」
  「なんでもあの子がプリンが好きなんだってさ。素人料理人で厨房が戦争状態らしい……まったくバカどもが。病人がトラックいっぱいのプリンをひとりで食えるわけがないだろうが」
  「病人って……ああ、もしやあの副官殿のことでありますか」
  「どこで調べたのかは知らんが、バカどもがそろいもそろって両手に抱えるほどプリンを貢いでいるそうだ。一部の食品が出航早々不足してしまって、綿密な供給計画が全部パァだ」
  「それじゃあ、あそこで一生懸命運んでるのは…」
  「あしたっから卵系は食事のメニューから消えるね。さっき艦長にねじ込んどいたからこいつは請合うよ」


  シロップはともかくとして、卵の枯渇は厨房の料理人たちにとって深刻なダメージといえるだろう。卵が不足することの恐ろしさを想像できない兵士は軽く苦笑しただけだが、ひとつの食品が一定期間にどれだけ必要とされるかその絶対量を把握する主計長には笑い事では済まなかった。


  「まあ行く道、蛋白源はまずいプリンで我慢してもらうさ。自分で作ったもんだ、だあれも文句なんざ言いやしないだろうしね。少しでもなにか言いやがったら、てめえのプリンを口にねじ込んで前歯を全部叩き折ってやるさ」


  下部甲板の支配者と言われる主計長の剣呑な表情に、いま言っていることは確実に実行されると確信した兵士は、もの分かりのいい幼年学校の子供よろしく一生懸命首を縦に振って賛意を示した。
  そこへ気安く主計長の名を呼び捨てる人物が姿をあらわした。


  「そこにいたのか、カッツェ」


  こそりとも物音を立てずに背後に現れたその人物に、兵士は飛び上がって思わず銃を構えた。その銃口をのれんでも避けるように軽くいなした警衛隊軍曹は、堂々としたその体躯を二人のあいだに割り込ませた。


  「珍しいところに顔を出すじゃないか、軍曹殿」
  「皮肉を聞きにきたわけじゃない。ああ、心配するな、あんたの縄張りを荒らすつもりはない。用が済めばさっさと退散する」


  キャッツランド人は、男よりも女のほうが体格的に優っているものだが、このふたりの女傑はなかでも際立って雄偉であるといえた。艦の上下層で一般兵士に対する影響力を二分するふたり……警衛隊軍曹ケイティと主計長カッツェが、野良猫の群れのボス同士が自然と牽制し合うように、ゆるやかな緊張関係にあることを旗艦で知らぬものはない。
  兵士がカニ歩きして退散するのを当然のように眺めてから、ケイティは用件を言った。


  「厨房で聞いてきた。卵とシロップをくれ」


  カッツェの隻眼に正視されても、ケイティは眉根ひとつ動かさない。


  「スタミナドリンクでも作るのかい」
  「プリンだ。上の厨房で、材料がないんだ」


  さらりと言って、「ちょうだい」とばかりに手を差し出すケイティに、カッツェは束の間冷え冷えした眼光をレーザーのように照射して相手を射殺そうとしたが、目に見えた効果はまったく顕れなかった。


  「…おまえさんの貯め込んでるプロテインジュースに、ミルクを混ぜてゼラチンでかためれば、似たようなやつができるよ」
  「ご教授してくれるのはありがたいが、作るのは本物のプリンだ。はやく卵とシロップをくれ。もうすぐ順番がまわってくるんだ」


  要求が拒否されるなどと毛ほどにも思っていない警衛隊軍曹に、主計長はむっつりと「好きなだけ持っていけ!」と吐き捨てた。料理好きだとも、器用だとも聞いたことのない無骨な鬼軍曹が、いったいどれだけの卵とシロップを浪費するのか、カッツェは想像しただけで血圧が低くなるのを感じた。


  「それで、おまえさんの大切な『少尉殿』の意識は戻ったのかい。料理の腕を振るうにしても、それを食べてくれる相手がいなくちゃ始まらないだろう」
  「少尉殿は…」


  反射的に口を開きかけて、なにかを思い出したようにケイティは呼吸を止めた。
  その面にさした陰りを見て、苦言を言い募ろうとしたカッツェも口をつぐんだ。呼吸する物騒な肉弾兵器とでもいえようこの警衛隊軍曹が、蕭然と足元に目を落したようすが、言葉よりも雄弁にカッツェの質問に解を与えている。


  「わたしのせいか……いや、そうだ、わたしの責任でああなった。もしも万一のことがあったら、この命で過失を償うつもりだ。提督がそうしろというのなら、身ひとつで艦の転換炉にも飛び込んで見せよう」


  憎まれ口のつもりが相手の過剰な鬱反応を引き出してしまって、カッツェは慌てて口をはさんだ。


  「ああ、誰もおまえさんのせいだなんて思っちゃいないさ。あの場にいたキャッツランド人で、あの子の頭に銃口を突きつけられてなお身動きできるやつはひとりもいなかっただろうさ。それがキャッツランド女の性というもんさ」
  「提督は動いた。おのれの命を海賊の前にさらけ出して、危険を一身に引き受け突進した」
  「それで結果として、少尉殿は撃たれた。少尉殿の身になにかがあったとき、責任を取れるのは提督だけだよ。あの子は、提督閣下のモノだからね。その生死をゆるがせにしていいのは、あの場に提督本人しかいなかったのさ」
  「わたしはあの少尉殿を気に入っている。いずれひそかに機会を見つけて権利を行使しようとも思っていた。わたしにはあの子を護る強い理由があった」
  「そりゃあ、この第九艦隊四十万将兵のほとんどにいえることだよ。気に入った男としっぽり濡れてみたいと思うのは、正常なキャッツランド女の本性だ。だけどキャッツランド男……とくにあの子みたいにうぶで可愛いのは、体重と同じ重さの黄金よりも価値がある。そんな貴重な男の命を、いったいどれだけの女が危険にさらして平然としていられると思うんだい? ニーナ・ニオールっていうお人は、それができるから大キャッツランド宙軍で提督なんてやってられるのさ」


  おのれの思わぬ長広舌にカッツェは舌打ちして、眼帯をいじるふりをした。


  「あんたに慰められるとは思わなかった」目をしばたいて、ケイティは相手の顔を見返した。
  「だがわたしに対して同情は不要だ。とくにあんたに同情されるのはかなり不愉快だ」
  「ああそうかい。…あたしもなんだかそんな気がしてきたよ」


  目線がぶつかり、双方に無言の理解が通い合うかに見えた束の間のあと、ケイティは手のひらを上にして腕を伸ばした。


  「卵とシロップをくれ」
  「やだね」カッツェは負けずにそっぽを向いた。






  船底倉庫でそんなやり取りが行われている頃、上部甲板の最上階、展望室にも程近い一室では、第九艦隊の選りすぐりの医師団がひとりの患者を囲んで過剰なまでの看護体勢を敷いていた。


  「体温三八・七度、微熱変わりありません。心拍、一部にいぜん乱れがあります。体組織の再生は……提督閣下、いまは麻酔が効いています。少尉殿の命にまず別状はありません。あとは意識の回復を待つばかりですので、ご心配なさらず…」
  「もしもこの子の身に何かあったら、その舌を引っこ抜くわよ」
  「われわれは宙軍でも指折りの優秀な軍医です。おまかせください、閣下の副官殿のお命は確実に請合います」


  病室は面会謝絶、医療スタッフ以外の出入りは禁じられてはいても、航海中の艦隊の絶対君主である艦隊司令の見舞いを拒絶することはできない。
  ただ酸素マスクが付けられているだけで、その他はまるで眠っているようにしか見えない少年の顔を黙って見つめて、ニーナは「それじゃあ、いってくるわ」とつぶやいた。
  少年の小さな顔に頬ずりし、立ち上がる。


  「少し艦が揺れると思うけれど、大丈夫ね?」
  「この病室に直撃弾でもない限り、大丈夫です」


  副官の少年を見つめるときとまったく違う、濃く陰りを帯びたニーナの面は、間近に迫った『狩り』へのほの暗い興奮をあらわにしていた。


  「海賊どもの生首を千個積み上げれば、守護精霊さまはこの子の魂を冥府からお返しくださるかしら?」


  軍医たちは、答える代わりに敬礼を返した。彼らの、少年に対する所見は、想像以上に厳しいものであるのに違いない。彼らは少年の命を「請合う」とは言っても、その意識が確実に回復するところまでは断言していない。最新の医療技術をもってしても、いったん失われた精神活動を回復させることは難事であった。
  ニーナはぎりりと歯を食いしばって、通路をふさいでいる看護助手を突き飛ばした。その乱暴を、誰も非難がましくは見なかった。廊下へと消える艦隊司令の姿をその場に居合わせたほとんどの者が敬礼して見送った。






  「逃走中の海賊艦、航跡をとらえました」
  「追跡しろ! このまま追い詰めて一挙に殲滅するんだ! アステロイド帯に逃げ込む前に片をつけてしまえ!」


  旗艦艦長セリン・ドヌーブは、短く刈り込んだとらじまの髪を逆立てて指揮卓を叩いた。その命令はすみやかに艦橋全体に行き渡り、司令部すべてがあたかも一個の生き物のようにひとつの目的に向かって動き始めた。


  「海賊艦の前方に、さらに複数の重力波を感知。戦闘艦のようです。その数、三○○前後。まもなく合流する模様」
  「三○○隻だと! 艦隊ではないか!」
  「正確な艦数、出ました。大小あわせて二八九隻。追跡中の艦と艦船群の航跡、シンクロします。…いま合流した模様です」


  通信士の報告に、ドヌーブはうなった。
  予想はされていたとはいえ、その規模の大きさに第九艦隊司令部の受けた衝撃は大きかった。


  「クンロンの残党がこんなにも生き残っていたのも驚きだが、やつらのアジトがわが大キャッツランドの庭先に作られていたのにもかかわらず、我々がそれに気付かなかったこともおおいに驚くにあたいする。ムートン星管区のあらゆる報告履歴を過去三年までもう一度調べあげろ。もしもそれで何も出てこなかったら、ゆゆしき怠慢だ」


  権門の出にありがちな怠慢に奇跡的に無縁であるらしいドヌーブ准将の怒りは、キャッツランド宙軍軍人としてまさに正当なものであった。
  星系国家には、排他的占有権を意味する、領有星系の主星となる恒星を中心に半径一光年に及ぶ『領海』を持っている。その領海内に威令を行き届かせることができるかどうかが国家の力量を問われるところであり、今回のように海賊が拠点を築いて領内の治安を脅かすなどというのは、国家の管理能力に対する挑戦と呼んでもいい行為であった。


  「全速前進! 海賊どもを粉砕しろ!」


  純粋な戦闘艦艇でないにしろ、三○○隻もの艦艇を海賊が有していること自体、驚異であった。辺境最大の海賊集団であったクンロン・シンジケートは、往時一万隻もの戦闘艦艇を有していたというが、三年前の殲滅戦で公式に全滅が確認されている。


  「賊集団、さらに後退」
  「なんとしてもやつらの尻尾に食いつけ! 最大戦速! 有効射程に入りしだい、追撃砲を叩き込め」
  「追撃砲へのエネルギー充填、始めます」


  キャッツランド宙軍の宇宙艦の特色ともいえる超大口径艦首追撃砲は、瞬間で数兆ジュールの粒子ビームをその射線上に放出し、敵をなぎ払う。直撃した艦は一瞬のうちに蒸発し、プラズマの嵐はその付近の僚艦までもあっけなく破壊した。
  第九艦隊旗艦、最新鋭の二等級艦カーリカーンの五○メートル追撃砲にいたっては、その出力が一○兆ジュールを超える。これを食らえば、堅牢な軍事要塞ですら無事ではすまないだろう。
  第九艦隊は必勝の確信を抱いて、逃げ散る海賊艦隊の背後に猛然と襲い掛かろうとしていた。
  そのとき戦闘の様子を黙して見つめていた第九艦隊司令ニーナ・ニオールは、にんじん色の耳をひくつかせて不意に指揮卓に身を乗り出すと、ぶつぶつと声にならない呟きを漏らした。彼女の目の前で、敵の船団と第九艦隊の光点が目に見えて肉薄しつつある。
  厳しいその横顔が、なにかに思い当たったように笑いに歪む。


  「艦長、全艦前進を停止。賊艦隊を中心に射角を○・五度ずらして追撃法を発射。撃つのは五発ぐらいでいい。てきとうに散らして撃て」
  「○・五度もずらすのですか? それでは賊に打撃を与えることができませんが」
  「いいから、撃て」


  頑としたニーナの応えに、ドヌーブは砲手に八つ当たり気味に怒鳴りつけた。数瞬の姿勢制御のあと、発射の瞬間に見えるわずかなプラズマ以外不可視の光条がキャッツランド艦隊から虚空に放たれた。
  逃げる海賊たちから大きくはずれた追撃砲は、射線上の浮遊隕石を連鎖的に破壊した。そしてそのまま何事もなく時間が過ぎてゆくかと思われた刹那、いきなり生み出された巨大な閃光がキャッツランド人たちの網膜に突き刺さった。


  「反応弾か…!」ドヌーブのつぶやきに、
  「我々をおびき寄せて、あれで一気に叩く腹だったんだろう。三年前も、あれで一度痛い目にあわされた」とニーナが応じた。


  ひとつの爆発が、周辺に隠された同様の弾頭を連鎖的に爆発させた。数百万度の熱エネルギーが嵐のように奔騰し、一帯のアステロイド群をおそるべき物理弾と化さしめて四方八方に弾き飛ばした。あるものはぶつかり合って砕け散り、またあるものは新たな隕石に衝突して危険な飛来物を増加させた。追撃砲の発射準備を整えていた彼女らが、飛来する隕石群から身を守るために一斉掃射を行わなければ、最新鋭の第九艦隊であってもとうてい無事ではすまなかっただろう。


  「レベルEクラスの破壊弾頭です。星団法で製造を禁止されているものに該当します」


  透き通るような少年の声音で艦の人工知能が答える。『アタルゴウ』の回答に、通信士のシャーリーが情報を補足する。


  「あれを作るには相応の物資と製造施設が必要となります。各国に影響力をもっていた以前ならいざ知らず、いまの賊軍にあれを作るだけの環境があったとはとうてい認めるわけにはまいりません。そもそも三年前の殲滅戦で壊滅したシンジケートが、この短期間に三百余隻もの艦艇を保有できたことも常識では考えられないことですけれど」
  「殲滅戦以降の『クンロン・シンジケート』の詳細データはあまりありません。辺境各国に浸透した枝組織の残存は確認されていますが、合法の網の下に残ったそれらの企業の収益を合わせても殲滅戦前の九八・二分の一にすぎません。これがその財務状況です」


  人工知能が示した数字の羅列を真剣に目で追う者が何人いたかは分からない。
  艦橋のもっとも上部に位置する司令官の指揮卓で、腕組みして状況を眺めていたニーナ・ニオールは、あらかたのアステロイドが飛び去ってしまったのを確認すると、すぐさま海賊の追撃を命じた。


  「まだ賊どもの罠が隠されているやもしれません。やつらのアジトの位置はおおよそ割れております。再計算して別ルートを取ったほうが安全です」


  ドヌーブの懸念に、ニーナは不敵な笑みをもって答えた。


  「おつむの軽いやつらに、これ以上の罠など張れるわけがない。大丈夫、わが艦隊に致命的な打撃を与えるようなものはあれで最後……わたしの守護精霊がそういっているんだから間違いはないわ。あれがやつらのとっておきの最後の切り札。ここは最大戦速で前進、一気にやつらの息の根を止める!」


  第九艦隊の艦列はふたたび速度を増しながら、最前よりだいぶんと障害物の少なくなったアステロイド帯を進みだした。
  同じ戦闘艦艇とはいえ、一般船舶を違法改造した海賊たちのそれより、キャッツランド正規軍の戦闘艦のほうが性能面で明らかに上回っている。たちまち彼我の距離を詰めて、ふたたび艦首追撃砲の射程内に海賊艦隊をおさめた。


  「図体のでかいヤツから順に狙いをあわせろ。まず賊どもの頭をつぶすんだ」
  「賊艦隊、砲撃を開始しました。十秒後に到達します」
  「ばかなやつらだ。砲の有効射程も読めないのか」ドヌーブが不敵に笑った。


  第九艦隊は、被弾することなどお構いなしに、艦列を前進させた。


  「海賊艦隊前方に、敵拠点らしき人工構造物を発見。一時方向、映像拡大します」


  スクリーンに映し出された頭蓋骨を思わせるいびつな形のアステロイドの表面に、海綿状の無数の穴が開いている。真空中ではスケール感があいまいになりがちだが、それらが巨大な戦闘艦艇を収容するドックであるというのなら、このアステロイドはもはや小惑星と呼ぶべき大きさということになる。
  案の定、人工知能の答えはその想像を肯定した。


  「前方のアステロイド、直径最大で四五キロ、防御力推定でレベルC。接近には注意を要します」
  「まず賊艦隊を追撃砲で一掃、第二次斉射で一気にやつらのアジトを叩く。第一次斉射は、最低でも三割、賊艦を沈めるんだ。それでやつらの抵抗心も萎えてなくなる」
  「追撃砲、臨界です」
  「斉射範囲の分担を各艦徹底して、破壊効率を最大限まで高めろ! 発射!」


  旗艦カーリカーンの五○メートル級追撃砲が、海賊艦隊に向けて巨大な光条を吐き出した。全長二ウォークにも達する巨艦でさえ、この艦首追撃砲の反作用を吸収することができず、数瞬艦尾方向へとわずかに流された。電力の供給が回復するなり、すぐに姿勢制御機構が作動し、艦勢を制御する。カーリカーンに遅れるなとばかりに、艦隊のほかの艦群も追撃砲を発射した。
  キャッツランド第九艦隊の全力攻撃にさらされた海賊艦隊は、まるで溶鉱炉に落とされた鉄くずのように次々と形を失い、その存在さえもうつつの世から消し去られた。


  「賊艦隊、二時と八時方向に分断されました。艦艇の消失、一一○、一二○、一三○……一三四。大破と思われる離脱艦五六、賊艦隊、約半数が消失および行動不能におちいりました。二分後、わが艦隊は賊拠点正面に出ます。追撃砲、次回発射に向けエネルギー充填に入ります」


  宇宙艦は戦闘用艦艇ともなると、一艦あたり二○○人ほどの乗員を必要とする。憎むべき犯罪者たちとはいえ、目の前で少なくとも三万人近い死傷者が生み出されたというのに、艦橋の誰ひとり感傷に浸るようすはなかった。彼女らは軍人であり、祖先は野に獲物を狩りたてた真正の肉食獣、猫人種キャッツランド人であった。


  「追撃砲、エネルギー充填率六○%」
  「艦長、敵拠点中心部に熱源発生。急速に増大中……一、二、三……推定出力約三○兆ジュールの集束炉です! Sレベルの炉型砲と思われます!」


  三○兆ジュール炉型砲といえば、軍事要塞にもなかなか配置されることのない巨砲である。むろん直撃されれば、どれほど重装甲の艦船だろうとひとたまりもなく蒸発する。
  艦橋でこの様子を見守る者たちの目が、旗艦艦長、そして艦隊司令へと向けられる。セリン・ドヌーブ艦長も「あれで切り札は最後」と言い切った艦隊司令を見上げた。


  「提督、一時後退いたしますか?」
  「なんで後退する必要があるの? あれはやつらの『切り札』なんかじゃないわよ。あんなどんくさいデカぶつ、なにを怖がる必要があるの。こっちのほうが三秒は早いわ」


  不敵に笑うニーナを見て、ドヌーブは「なにがあっても責任は取りかねますぞ」と声に出してぼやいた。


  「追撃砲の充填はほどほどでいい。砲手、あのデカ物の穴の中に狙いを定めて、一発叩き込んでやれ!」


  砲手は言われたとおりにすぐさま狙いを定めて、充填も不十分な追撃砲を発射した。むろん充填が十全でないとはいえ、旗艦カーリカーンのそれは通常のキャッツランド艦の追撃砲全力射撃に匹敵する。
  光条は一瞬のうちに海賊の巨砲の中に飲み込まれ、そしてそこに溜め込まれていた巨大なエネルギーを一気に解放した。


  「敵拠点、消滅…」


  通信士の呆然とした声が、キャッツランド人たちをわれに返らせた。
  地下深くに海賊のアジトの動力を担っていたであろう転換炉が誘爆したに違いない。まるでスプーンでえぐったように、小惑星上から海賊のアジトが消え去っていた。
  その破壊でさらに何千何万の死者が生み出されたであろう。


  「ドヌーブ艦長、すみやかに賊軍残党の掃討戦に移りなさい!」
  「『巻き狩り』だ! 第五から第八までの分艦隊、アステロイド帯を離脱して推力最大、賊どもの逃げ道をふさげ! 一隻たりとも逃がすな! わが第九艦隊の狩場へ賊どもを追い立てろ!」


  第九艦隊は各二五○隻の八個分艦隊で成り立っている。艦隊の約半分、一千隻が障害物の多いアステロイド帯を抜けて、整然と前進を始めた。
  散り散りになりそうな海賊艦隊を威嚇射撃で一箇所にまとめながら、牧羊犬さながらに包囲の網を作った四分艦隊の指揮官たちの技量は、まさしくキャッツランド一の精鋭の名にふさわしいものだった。


  「提督、海賊が投降の意思を表明しています。投降する見返りに、罪一等の減刑を要求していますが、どうなさいますか?」


  艦隊司令ニーナ・ニオールは、「そうね」と少し考えるふうであったが、指揮卓にほおづえをつくと、まるで艦内食堂でランチコースを注文するような気軽さで、「やっぱり却下」と宣告した。
  そして停止した海賊艦隊に対して攻撃を加えるよう命令を発した。


  「交渉の余地はないわ。長い宇宙史に照らしても海賊に免責など与えられたためしはない。罪一等の減刑などありえない。なによりも、あの賊どもは大キャッツランド宙軍の誇りに泥を塗った。辺境星域の友邦にキャッツランドの誇りを示すためにも、我々はあの賊どもを完膚なきまで叩き、葬らねばならない」


  艦橋の体感気温が一気に低下したようだった。
  艦長のドヌーブは司令官の判断を良しとするように頷き、各要員はふたたび最高度の戦闘態勢に我が身をおいた。


  「賊艦隊より通信。数名のムートン政府要人を人質として確保している。彼らの命が惜しくば、はやまった行動は慎んで…」
  「政府の要人を確保しているのなら、最前の降伏の申し入れは順序が逆だ。まぬけな海賊どもめ、まともな交渉能力もないらしい。かまうな、やつらにそんな人質はない」
  「撃て」という命令が、第九艦隊二千隻の砲手たちによって忠実に実行された。


  キャッツランド軍の強硬姿勢が崩れないと悟った海賊たちが、蜘蛛の子を散らすように逃走にかかったが、艦隊司令ニーナ・ニオールの決断のほうが彼らの逃げ足より数段早かった。
  果敢にも第九艦隊に反撃を試みる海賊もあったが、それも無益なあがきに過ぎなかった。追撃砲の斉射に串刺しにされた海賊艦隊は、その穴を埋める猶予さえ与えられることなく、数千本の光の針に貫かれて、次々に爆散していった。眺めるだけなら壮大で美しい光のページェントであるが、そのひとつひとつの光芒が生まれるたびに、数百単位の人の命が奪われているのだ。
  ほどなく宙域から、秩序だった反抗勢力は駆逐された。残るは奇跡的な幸運に恵まれて、キャッツランド艦の追撃砲斉射からも、僚艦の爆発からも逃れえたごく一部の艦に過ぎない。彼らのなかにはあきらめ悪く遁走を計ろうとするものもあったが、そうした仲間がまっさきにキャッツランド艦隊の射撃の的になっていることを知ると、狂ったように降伏の信号を発してその場にとどまる艦ばかりになった。


  「海賊どもに、代表者を出すように言え。海賊艦は拿捕する」


  ニオールの発したその命令で、掃討戦は終結した。









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