『人類王国物語 ゴンドワナ史』





  第四話    『威の風』












  人類王国の王都、ウルクは大メナムの州に築かれている。街門から伸びる橋の上には、入市の手続きを待つ難民たちが大勢うずくまっている。首尾よく街門を潜り抜けてきたマルカたちに気づいて、目を覚ます難民たちがけっこういた。なかには彼女らに取りすがって、ウルクの市内についていろいろと聞こうとする者もあった。
  そういうとき、マルカは決まって「外のほうがずっとましよ」と答えた。
  食糧事情に関してたしかにそれは真実であったが、橋を渡り終えたとき、マルカはその考えを改めることになった。


  「すげえ数……あれがぜんぶ敵かよ」
  「ドワーフ族…」


  メナム川の対岸にはかがり火が盛大に焚かれ、獣皮を寄せ集めたようなくすんだ色のテント群を浮かび上がらせている。緋に金床の紋章を縫いつけた戦旗はドワーフ族のしるしなのだろう。距離があるためにあまり分からないが、それらはドワーフ族の巨体にふさわしい大きさを持っているのだろう。
  あの夷蛮の民について知らないマルカには、ただやみくもに恐ろしくなる風景だった。


  (あの野蛮人たちに近づいたらきっと殺されてしまう)


  マルカはそう思い、ドワーフの軍勢を視野の隅に追い払った。
  橋を渡った対岸にも、人類王国の町がある。まだ日も昇らない夜ということもあるのだが、それ以前に人の生活の気配がなかった。町の人たちは略奪を恐れてウルクに入ったのだろうが、いまはまだそれらしい破壊もない。町そのものが死を目前にして息をひそめているようだ。
  もぬけの殻の町を抜け、そこから広がる広大な田園へと入ると、もはやマルカには未知の世界となった。踏み荒らされもはや永遠に取り入れることのなくなった麦穂は立ち枯れ、荒廃が大地を地平まで覆っている。その黒々と果ての見えない地平には、めざす森があるはずである。
  マルカたちはできるだけ大きな道を進んでいったが、やがてドワーフ人と思われる巨大な人影が荷駄を曳いてくるのを見て、道具小屋の影に身を隠した。どこかから調達した食料を運んでいるところらしい。マルカはその荷を掠め取ることを想像したが、間近に接近した蛮族の禍々しい姿に腰さえも浮かせることができなかった。見つかればあの猿臂でくびり殺されて、新たな食料として荷駄に積み上げられかねない。マルカたちは息を殺して、蛮族たちが行き過ぎるのを待った。
  そうして安全を確かめてから、森を目指した。森に行けば動物がいる。都会育ちのマルカたちには、その程度の認識しかない。
  この辺りはもうあの蛮族の土地なのだと実感したことで、それからの行程は慎重にならざるをえなかった。ほんの一、二刻ほどのつもりが、半日がかりになってしまって、森の鳥羽口にたどり着いたときにはすでに日は中天を過ぎていた。マルカたちは、休息を入れるのもそこそこに、森に分け入った。






  森はその背後に控える山塊へと続き、いったいどこまで広がっているのやら見当もつかないほど広大で鬱蒼としている。森の辺縁は、近くの住人たちの薪取りやらで踏み分け道も多く歩きやすかったが、歩み入るほどにそういった人間のにおいは薄くなる。

  やみくもに雑木林を突っ切って奥へと進むと、森の植生が変化していく。


  「うわあ、でっけえ木だな」


  大人が十人手をつないでめぐっても届きそうにない恐ろしく太い樹幹は、天を突くほどに高々とそびえている。人々がケイヤーと呼ぶ、人類王国の誕生以前から大陸の地表を覆う古木である。その木々の下までくると、急に歩きやすくなった。巨木に日の光がさえぎられるために、下生えが羊歯や苔になっているのだ。


  「すっげえ……根っこの隙間に寝られそう」
  「王宮の鐘楼よりも高いのかな」


  自分たちがまるでねずみぐらいの大きさになってしまったかのように感じて、浮浪児たちは自然と神妙な気分になった。森に分け入る木こりや猟師のなかには、この古木を母なる聖霊のうつし身であると信仰するものたちもあるという。
  頭上の木漏れ日ばかりを気にしながら歩いていた浮浪児たちは、しばらくして動くものの気配を感じて立ち止まった。慌てて用意したナイフやら縄やらを取り出そうとして、とたんに冷や汗を掻いた。


  「いたよ、いた! はやくッ」
  「はやくったって、どうやって捕まえんだよ! 狩りっていったら、弓矢なんじゃねえのか」


  三人は自分たちの装備を改めて見回して、初めて思い当たったように青くなった。
  ナイフと荒縄、それに棒っきれ。ズダボロの麻布。浮浪児たちの持っている道具といったらそんな程度である。


  (よく考えたら、こんな装備で狩りなんかできるんだろうか?)


  小さな豚のような生き物は、すばやく身を翻して姿を消してしまった。
  ナイフをめくらめっぽうに投げたって、半分も届きそうにない距離であった。ともかく、マルカが走り出すと、仲間も一緒に走りだした。むろん人の足で追いかけたところでとうてい捕まえられるものではない。やみくもにナイフを投げようとして、マルカはすぐに思いとどまった。下手をしたら、唯一有効そうな貴重な得物をなくしてしまうかもしれない。
  もうだめだと分かっていながらともかく気の済むまで走りつづけ、けものの気配すら分からなくなってようやく立ち止まった。マルカが立ち止まると、ほかの二人も止まった。三人はぜいぜいと肩で息をしながら、途方にくれたように立ち尽くした。


  「追いつけやしないよ。すんげえはええ」


  浮浪児たちははやくも狩りが不首尾に終わったときのことを頭に思い浮かべていた。大見得を切ってやってきたのに、得るところなく戻ったりしたらあんまりにも格好がつかない。


  「待って……いま次のやつを探すから」


  マルカは目を閉じて、周囲一帯に意識の手を伸ばした。
  研ぎ澄まされた彼女の感覚野は、この森に生息する生き物たちの動きを捉え始めた。見かけ以上に、この森は豊かな息づきを秘めている。さっき逃した豚に似たけものが、何匹かの集団と合流したことも、木々の高いところにコロニーを作る小さなけもののさざめきも、岩の隙間に身を潜めて獲物をうかがうくちなわの存在も、マルカはおのがことのように知覚した。


  「いこう……あっちに生き物がたくさんいるから」


  マルカの指し示した行き先は、まさに森の奥へ奥へと続く暗がりである。浮浪児たちは少しだけ逡巡してから、意を決して歩み始めた。
  巨木の森は、歩くのにあまり難渋することがなかった。獲物を見つけやすいかわりに、こちらも発見されやすかった。接近するのもままならないまま逃げられることが続き、焦る三人はどんどんと森の奥へと分け入った。


  「帰り道、大丈夫なの? マルカ姉」
  「…あっちにいる」


  マルカはほとんど駆け出すようにおのれの指し示したほうへと向かった。それに仲間たちが付き従う。
  どうやってけものを捕まえればいいのか。マルカの頭の中はそのことでいっぱいであった。
  どんなに一生懸命走ったって、けものの逃げ足に追いつくことはできない。三人でまわりを囲もうとしても、すぐに察知されて逃げられてしまう。といって、どこかに待ち伏せて罠を張るような知識も技術もない。弓矢があればまだなんとかなりそうにも思えたが、いま持っていないものについて考えたところでしょうがなかった。


  (念の力でなんとかならないかしら)


  念の力にだけは、人一倍自信のあるマルカである。最後に頼れるのはもうそれしかなかった。
  と、そのとき。
  突然何かが飛来するのを察知して、反射的に手で打ち払った。彼女の手にはじかれたなにかが、近くの樹幹に当って硬質な音を立てた。


  「石…?」


  赤ん坊のこぶしほどの小石が、苔むした地面を少しだけ転がって下草のなかに沈みこむ。
  どこから飛んできたのかその先を探すまでもなく、マルカはケイヤーのはるか樹上を見上げていた。大人の胴回りほどもある枝の上に、生き物の影が動いた。それもひとつやふたつではない。
  いや、樹上ばかりではなかった。彼女たち三人を取り囲むようにして、十は下らぬ数の影が次々と現れた。


  「なにしにきた」
  「ここ、おれたちの森。おまえたち、なぜくる」


  現れたのは、ましらの群れだった。ギンイロイタチのように真っ白な体毛に包まれた猿人族……子供のマルカたちと比べてすら、その背丈は大きいとはいいがたい小人族であった。
  マルカたちは立ちすくんだ。


  「なに盗んだ? 盗んだもの、置いてけ」


  蛮人たちが、するすると三人のまわりを取り囲むように動いた。
  最初に冷静さを取り戻したのはマルカだった。ただ震えるばかりのテテルとリンに、マルカは叱咤した。


  「逃げるよ! はやく!」


  逃げ道をふさがれる前に、行動を起こさないと手遅れになる。浮浪児たちの危険に対する嗅覚は半ば本能的である。マルカが身を翻すのと仲間ふたりが駆け出すのとがほぼ同時だった。


  「人間、逃げる」
  「ホビットのもの、盗んだ!」


  蛮人たちのすばやさは、浮浪児たちの身の毛をよだたせた。
  捕まったら殺される。異形の蛮人たちのあからさまな敵意が、そう浮浪児たちに確信させた。


  「止まらない、殺す」
  「人間、殺す」


  蛮人たちが、石のつぶてを投げつけてくる。たいした大きさのものではないが、当れば痛いし、場合によっては転んでしまうかもしれない。やつらに捕まれば、身の毛もよだつような扱いを受けるに違いない。
  浮浪児たちは、ともかく逃げ慣れていた。無用に振り返ったりしないし、その足取りもたしかである。
  だが運動能力に関して彼らは蛮人たちに大きく劣っていたようである。みるみる距離を詰められ、何度も後ろ髪を掴まれそうになった。
  どうして知らない森を、こんな奥のほうまで入ってきてしまったのだろう。何時間もかけて歩いてきた距離を思い出しただけで、逃げる気力が失われそうだった。
  方向感覚がなくなり、やがて見覚えのない場所に出た。ケイヤーの木々が途切れ、岩がちの荒地に出た。とたんに傾斜がきつくなったが、浮浪児たちはかまわず駆け上がった。
  そして、小さな丘の上で、とうとう包囲され逃げ場を失った。


  「盗んだもの、返せ」
  「なんにも盗んでなんかないわよ! あたしたちは」
  「人間、ホビットのものたくさん盗んだ。みんな返す」
  「しっ、しらねえよ」


  じり、じりと、蛮人たちの包囲が狭まってくる。リンとテテルは腰砕けに坐り込んでしまった。マルカは笑い出す膝を手で抑えながら、圧倒的な恐慌の波に心がさらわれないようにするだけで精一杯だった。
  ナイフを構えた。相手は鋭い歯を持った凶暴な蛮人だけれども、身体は自分たちよりも小さい。うまく斬りつければ倒せるだろうし、力比べだってそうそう負けそうな感じはしない。何人か撃退できれば、むこうもたやすい相手ではないと手控えるかもしれない。


  「盗んだもの、返せ」
  「しらねえって!」


  テテルの投げつけた石が口火となった。
  蛮人たちが一斉に襲い掛かった。


  (だめだ…)


  マルカはナイフを振り回したが、蛮人たちの身ごなしはまさに野生そのものだった。二度三度と横に薙ぐのが精一杯、たちまちのうちに浮浪児たちは蛮人たちに制圧された。


  「たすけて…」


  リンのか細い悲鳴が耳に届いた。


  「いてえよ! マルカ姉」


  テテルの救いを求める声が蛮人の壁の向こうから起こった。
  蛮人たちはところ構わず噛み付いてきた。蛮人たちはすぐに浮浪児たちを殺そうとはしなかった。持ち物を奪うことに熱中して失念しているのか、それともそれらの戦利品を血で汚さないつもりなのか……おそらくは後者であっただろう。浮浪児たちは身包みはがされた後、無残な最期を迎えるに違いなかった。
  人類王国でいちばんの貧乏人と自負していたマルカたちであったが、服やらなにやら次々はがされていくうちに、自分たちはそれほど貧しいわけではなかったのかと思った。盗まれるだけの財産をこんなにも持っていたのだ。
  とうとう下着一枚になった。蛮人たちがその最後の一枚までも引き剥がそうと手を伸ばすのを、マルカは呆然と見上げた。小さなホビット族。こんな小さな生き物相手に、おのれがなすすべもなく殺されるのかと思うと、現実感が希薄になった。これではいくさにも負けるはずだ。人間は弱っちい生き物だ。
  観念したようにぐったりしたマルカから、最後の下着も剥ぎ取られた。マルカは目を閉じた。どうやって殺されるんだろう。やっぱりあののこぎりのように尖った歯で首を食いちぎられるのだろうか。だめもとで、足元にいる蛮人を蹴ってみた。そうすると威嚇するような唸り声とともに、足に歯を立てられた。痛みで、マルカはまためちゃめちゃに暴れた。
  死にたくない。
  おのれに与えられようとしている運命を、本能が拒絶した。


  「マルカ姉!」


  リンの声がする。


  「マルカ姉!」


  今度はテテルの声。ふたりの声が近づいてくる。
  マルカはまた渾身の力をしぼって暴れた。そして腕が自由になり、足も自由になった。蛮人たちが耳障りな鳴き声を放ちながら、彼女から跳び離れた。
  躊躇せず、マルカは転がるように立ち上がった。生まれたままの姿になっていたが、羞恥心など微塵もなかった。棒切れを拾って、近くにいた蛮人を打ち据えた。


  「マルカ姉!」


  打ち据えた蛮人が逃げ出した。
  声のしたほうを振り返ると、泥まみれのみっともない格好になったテテルとリンの姿があった。ふたりとも涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。


  「やつらが……逃げてった」


  気が付くと、彼女をさんざんに痛めつけていた蛮人たちが蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていた。よほど慌てていたのだろう、盗んだものも散らかしたままである。
  あはは、と互いの顔を見合わせて笑った三人は、その場に腰砕けに坐り込んだ。なんで蛮人たちが急に逃げていったのかは不思議であったけれども、目の前の死が遠のいた安堵感は浮浪児たちを痴呆のようにさせた。
  しかしつかの間の平穏は、すぐに破られた。


  「なぜ人間ふぜいがこんな場所にいる」


  声は頭上から落ちてきた。
  日の光がにわかに翳り、浮浪児たちは首をすくめるように上を見上げた。そして、朝焼けを迎えた家鶏のようにかまびすしい悲鳴をあげた。


  「竜人…!」


  異形であった。
  差し渡し三ユルはある、うろこの黒光る巨大な翼。翼を開いた巨大な影が、いましも浮浪児たちのすぐ近くに降り立つところであった。地に足がついてから、竜人は翼を一度振ってたたんだ。
  四肢とひとつの頭、翼が視界から消えると人の姿によく似ていたが、目を凝らして観察すれば、やはりその生き物は人でなどありえなかった。コモドトカゲの硬質な顔には知性をたたえた黄色い双眸がひそんでいる。尻尾が振られるたびに、かさかさと草が鳴った。


  「人間よ、この地は士族、アルマ・デ・トル・ドワーフの土地となったはずだが……まだ言葉を解さぬ幼生か。人間よ、逃げ遅れたか?」


  トカゲの口から発されたものとはとても思われぬ、朗々とした声が人語を紡いだ。黄色く輝く瞳が、三人を見渡した。
  浮浪児たちは、驚きのあまり口を開くことも忘れていた。ただただ初めて見る有翼の部族を眺めやって、ぽかんとしている。
  竜人は、ほとんど感情のようなものを面にはあらわさない。もともとそのようなものを表現するのにその顔はあまり適していないのだろう。


  「この地はすでにおまえたちのものではなくなった。それを知りながら侵入したというのなら、わたしは立会人としておまえたちをドワーフ族に引き渡さねばならない。重大な協定違反だからな」


  大陸の西には、翼ある部族が大きな勢力を持っているという。そのなかでも最大の威勢を振るっているのが『竜人』と呼ばれる種族だった。かつての絶頂期の人類王国ですら、争いを避けた数少ない種族のひとつである。
  竜人が丘のふもとを指し示した。見れば毛むくじゃらのずんぐりした生き物たちが、手に持った棍棒を地に衝いて立ち並んでいる。ドワーフ族だ。
  眼前の竜人が、浮浪児たちの侵入を通報したのだろう。毛むくじゃらの巨人たちは、竜人の許可を求めるように獣語(野蛮人の言葉)を叫んで、どん、どんと棍棒を衝いた。
  浮浪児たちは震え上がった。ドワーフ族は人類王国の戦争相手である。女子供だろうが、八つ裂きにするのにためらいはないだろう。


  「あたしたちは…」


  なにか言わなければ殺されてしまう。マルカはおののきながら弁明を試みようとした。街の役人に対してなら尽きることなくあふれ出るいいわけの言葉も、いまは彼女を裏切って脳髄からひとつとして浮かび上がってこない。
  つきなみないいわけは通らないと、本能は察している。見え透いた嘘は、死に直結するだろう。眼前の竜人は、彼女の心を見透かしたようにじっと静かに見下ろしていた。
  マルカたちは、ウルクの外が蛮族の支配地になったことを知っていて、なお狩りにやってきた。彼らの土地にやってきて、獣を盗もうとした。それはおそらく非常に重い罪なのだろう。ふたつの種族の王様同士が決めた約束事を、とるにたらない二等民が破ったのだ。蛮人が殺さなくても、竜人の王様が彼女たちを八つ裂きにするだろう。
  正直になどとても話せるものではない。だが見え透いた嘘を平然と口にできるような状況ではなかった。


  「あたしたちは……そうだ、薬草を採りにきたんだ。仲間が病気で死にそうで…」


  スリンが死にそうなのは本当だ。あの子が食べたいといったから、けものを狩りにきた。だからその肉が病気の薬だといっても、完全に間違いというわけではないだろう。むろん、草ではないけれども。
  強引な論理を導くと、マルカに自信が湧いてきた。病人を助けるためならば、多少のお目こぼしがあってもいいはずである。


  「王さま同士でどんな約束をしたかは知らないけど、あたしたちには関係ないことでしょ? ウルクじゃ薬なんて手に入らないし、ほっとけばあの子が死んじゃうの!」


  言い募るうちに、気分が高まってくる。自分たちはなんて恵まれない境遇にいるんだろう!
  泣き出したマルカにほかのふたりはキョトンとするばかりであったが、ややして彼らも察して、「共演」を始めた。どんなに卑劣な役人でも、子供を泣かすとばつが悪そうな表情になる。浮浪児たちにとって、泣くことは護身の有効な手段のひとつであった。


  「騒ぐな」


  竜人は、それだけ言った。
  たったひと言でしかなかったけれども、それは特大の咆哮であった。森じゅうの木々が枝を揺らしたかと思えるほどに、その咆哮は大気を揺らした。
  マルカたちは跳び上がるほどに驚いて、口をつぐんだ。


  「おまえたちがこの森に入ってから何をしていたのか、わたしが見ていなかったとでも思っていたのか。おまえたちは非常に不正直なようだ。わたしはおまえたちの相手をすることをやめよう」


  竜人は、そう突き放すように告げて、翼を広げた。


  「アルマ・デ・トル・ドワーフに、おまえたちの処分を託す」


  マルカたちの芝居は、まったく通用していなかったのだ。かえって竜人の逆鱗に触れて、状況を悪くしてしまった。
  竜人がこの場を立ち去ってしまえば、救いの道は閉ざされる。どん、どんと、ドワーフたちの棍棒を突く音が響いている。このままでは、殺されてしまう。
  マルカは竜人の顔を仰ぎ見たが、畏怖に打たれて指一本動かすことができなかった。
  この生き物は、自分たちよりも上位の生き物だ。マルカは、その確信を受け入れた。


  「待って」


  そのとき、声がした。
  その人語は、マルカたちの発したものではなかった。竜人の背後から、その声は起こった。
  いつの間にそこにいたのか、あの黒髪の少年が立っている。
  フォー・チュアン。王国貴族になった少年。
  チュアンのまなざしを受けて、竜人は広げかけた翼を閉じた。


  「彼女たちはこの森から何も得てはいない。許してあげてほしい」
  「竜族と対等に会話しようとするおまえは、人間か?」


  竜人は、静かに問うた。










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