『戦え! 少年傭兵団』





  第5章 『集団生活』












  集団生活は唐突に始まって、数日のうちにそれは当然のものとして定着した。雨漏りのひどい小屋は協力作業で補修され、隙間風もずいぶんと少なくなった。
  たしかな住処の確保と、アレクという防御力を得たことによる安全性の向上。
  分担作業による生活の糧の効率的な確保。
  力仕事に向いているレントがもっぱら薪を集め、アルローが意外な特技を発揮して川魚を確保してくる。
  アニタが小屋全般の清掃・補修に努めたことにより、生活環境は著しく向上した。臥せっていたルチアも運よくただの風邪であったらしく二日後には元気に起き出し、アニタを手伝うようになっていた。
  子供たちは日を追うごとに生気をよみがえらせ、その本来の奔放さを回復させようとしていた。
  そのころになると、アレクはひそかに後悔し始めていた。
  彼はおのれの性質についての考察を著しく欠いていたことを、このさい素直に認めるしかなかった。






  (う、うるさい…)


  彼は頭を抱えた。


  「あっ、それあたしのサカナだよ!」
  「うぬへー(もぐもぐ)」
  「ルチア小骨嫌い〜(ぺっ、ぺっ)」
  「にがー、この実なに?」


  炭焼き小屋は、決して大人数で住むようには作られてはいなかった。食事時は土間の竈のまわりにしゃがみこんでわいわいやっていると思ったら、腹がくちくなると今度は小屋中を駆け回る。だからこんな狭いところでかくれんぼとかやめてくれ。アレクはふつふつと苛立ちの熱が全身にみなぎることを感じずにはいられなかった!
  雨も上がり、晴れの日が続いている。
  こっそり小屋を出て野宿を敢行しようとしたアレクであったが、子供たちに敏感に察知され、すでに不発に終わっている。自分たちもついてく。お星さま見ながらみんなでお外で寝るなんて楽しそう! とか言われて、本気で外出する気にもならないアレクであった。


  「どこいくの?」


  立ち上がったアレクを見上げて、ルチアがくりくりした琥珀色の瞳を瞬きする。


  「修行」
  「シュギョウに行くんだ! ルチアもついてく!」
  「ダメ。くんな」


  にべもなく言って、アレクは荷袋を懐にたくし込み、小刀片手に小屋を出て行く。そのとき背後で、子供たちが動き出す気配。


  (アレク様についてこられると思ってるのか…)


  振り向きもせず、全力疾走!


  「うわぁっ」


  鈍いレントが転んで、追走劇から真っ先にリタイア。


  「うわああああん! おいてっちゃやだぁ!」


  おのれの脚力では到底ついていくことができないと悟ったルチアが立ち止まって泣き叫ぶ。知るか。
  順当に脱落したふたりは、まあ予定通り。
  油断ならないのがアルローとアニタのふたりである。このふたり、相当にすばしっこく、しかも持久力がある。
  誘惑に負けて、アレクが振り返ると、




  にやり。




  ふたりの子供の勝ち誇った笑みにぶつかった。


  (ようし、それならば)


  アレクは大人気ない(まだ彼も充分に子供だが)逃げ切り作戦に出る。沢の水辺で、石を伝って対岸へ移動する。そこは沢といっても水が溜まり、せせらぎの幅が太くなっている。しかも飛び石の間隔がけっこうアレク仕様ときている。


  「やぁっ!」




  ざばんっ。




  アニタの悲鳴。沢に落ちたらしい。
  むろんおぼれるような深さはないし、その年にして自立生活を送っていたようなたくましいお嬢である。心配する必要もなし。
  そうして最後まで残った追っ手は、痩せぎすのアルローだった。
  小猿のようにすばしっこく、山道に入っても何とか彼の背中に食いついてくる。魚採りがうまいのもうなずける。こいつはたぶん、いつも険しい沢の奥地にまで入り込んでいたりするのだろう。
  目的地の丘の上の草地までたどり着く頃にはそれなりに引き離していたが、小刀で素振りを始める頃には追いついてきた。そうしてアレクの顔を見て、にやりと不敵に笑う。鼻水を垂らしながら。


  「おいらにも、『剣』を教えてよ」


  まだ人に教える技量もないと分かっているアレクは、真似したきゃ真似ろ、と目で語る。傭兵団での子供の訓練も、基本学もない大人たちばかりであったから、やはり「見て覚えろ」ということが多かった。
  アルローはその辺から木切れを拾ってきて、アレクの型を真似し始める。
  たとえどれだけ魚採りがうまくても、この乱れた世の中で生きていくためには戦う力が要る。アルローの幼い目の奥にも、その理を知っている者の厳しい光が潜んでいる。
  しばらくして、ずぶ濡れのアニタも合流した。


  「あたしだってシュギョウするもん!」


  同じく木切れを拾ってきて、並んで振り始める。
  男だとか女だとかは関係がない。
  いまこのときの平穏が、薄氷のごときもろい状況の上にあるということを、幼い彼らは知っていた。


  (こいつらはもしかしたらモノになるかもしれない)


  アレクはほんの少しそう考えてから、練習に集中した。
  この剣を練習している間だけ、子供たちは寡黙になった。木切れを振るうのに必死なのだ。
  こうして訪れる、アレクの心のなかの平安。
  子供たちを引き離すことができなかったのは不本意ではあったけれど、静かに木剣を振っていてくれる分には静かでなんら差し支えがない。静かなのが一番なのである。


  (どうせなら、こいつらも鍛えてみようか)


  いずれこの集団生活も終わるときがくるだろう。剣の腕に自信さえつけば、アレクは傭兵団の集まる大きな街へ行くつもりである。そのとき、残される彼らがこの小屋で生活を続けるかどうかはともかく、自分の身ぐらいは自分で守れるようになっていなければならないだろう。
  いつまで教えていられるかは分からないけれど。






  アレクはその練習の帰り、木の実や山菜を採取しつつ、木の太い枝をカットして小屋へと持ち帰った。
  アルローは痩せぎすだけれども手足が長い分、得物も長いほうがよいだろう。大人になったら細剣(レイピア)とかが合っているのかもしれない。だから、木剣は長めのつくりにしよう。
  アニタは勝気だから、女の子だからナイフを使えといっても嫌がるだろうし、意外と腕力もありそうだから中剣(バスタードソード)に近い大きいやつを作ろう。
  木の枝からせっせっと木剣を削りだし、翌日ふたりにそれを渡した。柄に布を巻いただけの粗末な木剣であったが、それを与えられたふたりは目を輝かせて大喜びした。


  「……」
  「……」


  そのふたりの様子を蚊帳の外で聞くことになったレントとルチアが、その日の訓練に死に物狂いで追撃したことは言うまでもない。


  「オ、オレにも剣ほしい!」
  「ルチアもほしいの!」


  人の物欲とはかくも強きものなのか。
  アレクはその日の夜も、眠い目をこすりながら夜なべして木剣を削り出さなくてはならなかった…。






  ***






  子供たちの集団生活が始まって半月あまりの頃。
  木立の中から黒い人の群れがこぼれるように沢へと降り下った。戦乱の世さえ遠く感じる静かな森は、そのとき殺伐とした気配をまとった。








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