『戦え! 少年傭兵団』





  第7章 『小屋を守れ!』












  盗賊たちは、すぐに小屋を目指すことはなかった。
  やつらがこらえ性もなく滝のほとりで宴会を開き始めたのが、わずかながら彼らに迎撃の準備を許すこととなった。
  不幸中の幸い?
  なにかそれは違うような気もするが…。






  すばしっこいアルローとアニタが交代で斥候となる間、アレクは時を惜しんで迎撃のための準備を進めていた。
  まずたくさんの松明。木切れを竈に寝かせ掛け、いつでも用をなすように火をつけておく。
  そして森のなかから引き剥いできた縄代わりのツタ。本来なら落とし穴でも用意したいところであったが、掘る道具がないことと人手がないこと、なにより時間が不足していることがアレクを断念させた。
  簡単な縄のトラップを滝からの溯上ルートに仕掛けていく。罠など数を用意して何ぼである。そのうちどれだけを使うことになるかは保証の限りではない。戦いの情勢と位置関係、そんなものは刻々と変化していってしまう。罠などちょうどそこにあったとき活用するというぐらいのつもりで、ばら撒いておかなくてはならない。
  むろん縄で敵を転がしたとしても、子供たちには戦いに不可欠な殺傷力が不足していることにかわりはない。そこでたった一つ、ルート上の要所に、傭兵団時代の記憶を頼りに『蜂のひと刺し』を設置する。先をとがらせた杭を弾力のある若木の先に固定して、ツタで若木をあらかじめ引き絞っておく。こいつのコツは、若木のうまく固定できる塩梅のいい間隔の二本の木と、若木が振り回される半径の障害物のなさ、そして敵の逃げ道を限定する何かがある場所を的確に選ぶことだ。とげとげのイバラとかが自生している場所など、敵の位置がぶれなくて非常に当たりやすい。
  準備に許されるのは、今夜の数刻のみである。盗賊たちは、夜が明け次第小屋を目指して動き出すであろう。
  盗賊に攻撃を仕掛けられるのも暗闇が味方する今夜のうちである。
  準備を開始してから、月が頭上を通り過ぎた。おのれに許された時間を冷静に読んでいたアレクは、最後の罠を仕掛け終わったときに「準備はこれでやめよう」と小さく言った。
  人事は尽くした。
  あとは神様のご加護があらんことを祈るばかりである。
  アレクのそうした割り切りのよさが諦観から来ているのを子供たちは察し得ない。ただリーダーの指示としてその言葉を受け入れる。


  「…まだ気は変わらないか?」


  再度の確認。
  子供たちの表情に不安がないはずもない。
  だが揺るぎなくアレクを見つめて、こくりと頷いた。おのれたちが再び寒空に放り出されれば、足音を忍ばせてやってきている冬の冷気が、遠からず彼らの命を奪うであろうことをその目は知っていた。雨に打たれ続けて身体の芯まで冷え切ったあの時、仲間が高熱を発して身動きがとれなくなったあの岩屋で、彼らはすでに一度進退に窮していた。アレクが彼らを受け入れずにそのまま捨て置かれていたならば、いまここでこうして息をしていることさえなかったかもしれない。
  おのれの無力を、彼らは知っている。
  ゆえに、生活の盾として、彼らは小屋を必須としていた。
  小屋は彼らの世界のすべてであったのだ。


  「わかった。…それじゃあ始めようか」


  小刀を肩に担いで、アレクは父親がよくそうしていたように、ふてぶてしく歯を見せて笑った。






  「オレの指示通り動け。余計なことは一切するな」


  役割分担は誤解を生まぬよう単純明快に。
  子供たちは罠担当。
  直接の攻撃はアレクが専任する。可能ならばその場で相手を倒す。体力、技量的に彼がもてあましたときに、敵を罠へ誘導する。
  子供たちが敵を罠にかけ、体勢を崩させたところにアレクが止めを刺す。
  基本的な戦い方はそれがすべてである。


  「絶対にやつらの前に姿を見せるな。むやみにしゃべったりもするな。子供の声はよく響く」


  目配せでアルローが配り出したのは、大きな葉に目の穴を開けただけの仮面。輪っかにした紐を頭に掛けることで固定できる。
  《ウォルシュテイン鉄仮面団》という有名な傭兵団がある。不気味な仮面を付けて戦場を駆けるその姿は、子供がお漏らししてしまうほどおっかない威圧感がある。アレクはそこからアイディアを拝借して、子供たちの正体を隠すことにした。夜の暗がりは、彼らの姿をかなり不気味なものに見せるだろう。


  「木剣を使うときがあったら、叩くな。突け」


  子供の力では、殴打よりも刺突のほうがずっと威力がある。傭兵団でも乱打稽古でそれを使うことは禁止されていた。
  本当にそんな瞬間があったなら。
  果たしてこの子たちが人の体を突き刺すことができるのだろうか。アレクでさえおそらく多少の逡巡を覚えるだろうその加害の意思。できるならばそんな瞬間を彼らに与えたくはない。すでに一度人を斬ったアレクは、彼の手向かいではらわたをはみ出させたあの男が、その後まもなく血の泡を噴いて息を引き取るのを見てしまった。その死に顔を、いくたびも夢に見てうなされた。
  あんないやな思いは、しなくていいならしないほうがいい。
  この戦いが終わるまで。
  できうる限り盗賊たちを苦しめて、最後に逃げ出すそのときまで。
  盗賊たちの武器の前に身をさらすのは自分だけで充分なのだ。
  子供たちは、滝にもっとも近い場所にある罠の近くに身を潜めた。そこを通りかかる盗賊がいたならば、迷わずツタを引っ張り転ばせる。それが彼らに与えた任務。
  転ばせた後は、わき目もふらず次の罠の場所まで撤退。
  止めは、彼が入れる。


  「頼んだぞ」


  アレクは小刀を手に携え、森のなかへと姿を消した。






  盗賊たちの数は、やはり八人。
  二十から四十ぐらいまでの、いかにも体力のありそうな男たちだった。
  滝つぼのほとりに焚き火を焚いて、肉をあぶっている。その脂の焦げた匂いがアレクの鼻をくすぐって、小さくお腹がなった。


  (うまそうだな……ウサギか何かかな…)


  益体もなく考えて。
  湧き上がる食欲を振り払うように、観察を続ける。
  人数は、正確には9人。
  物陰に隠されるようにして、攫われてきたらしい女の姿がある。あぶり肉を魚に宴に興じている男たちの車座からややはなれたところで、縄につながれたまま呆然と坐り込んでいる。年齢は20ぐらい。長い髪を後ろでまとめて、大人がよくそうしているように白っぽい髪覆いをかぶっている。
  人買いに売るために連れ歩いているのか。
  彼女の運命には同情を禁じえないが、最終的には逃走を予定しているアレクにはその救出など選択の余地もない。
  アレクは息をことさらに潜めた。
  暗闇に溶け込むように。
  草木と同化するように。
  盗賊たちは酒に酔いしれている。
  酒飲みの大人たちは、たいていよく小便に席を立つものだ。アレクはまだ飲んだことはないが、そう言うものであるらしい。


  一、二、三…。


  頭のなかで意味もなく数を数えて、それが百に届こうかという頃。


  (きた…)


  アレクはうっすらとその光景を認識した。
  もともと日の光になど左右されない彼の目は、立った男の細かな顔立ちから顔の汚れ加減、さらには開いた口の中の前歯が二本欠けているなどというどうでもいい情報まで拾っしまう。
  アレクは音もなく立ち上がった。
  その肩がかすかに草に触れてかさりと音がした。
  アレクはぎょっとするが、標的の男はそんなかすかな音には何の反応も示さず、用を足せる物陰を求めて森のなかにはいってくる。
  アレクは覚悟を決めて、息をつめた。音を立てぬよう細心の注意を払い、おそらく特殊な視力を持つ彼にしかなし得ないであろう夜闇の森の草木を完全によける無音移動。しのび足でするすると接近する。


  (覚悟を決めろ…)


  小刀を構える。
  男の無防備な背中が接近する。
  もっとも確実に敵をしとめられる、最強の立ち位置。


  「ふーっ、村のやつらがはむかってきたときはオドレエたがよ、…ヒック。…久々に殺りまくったな…」


  独り言を聞き流して、小刀を振り上げる。
  小便の湯気が立ち上る。
  そういえば、少しこの辺りも冷え込んできたのか…。
  無心のなか、どうでもいいことに心が動く。
  この盗賊たちは、どこか近くの村を襲って暴虐の限りを尽くしてきたのだろう。あの娘も、その村の者かもしれない。


  「村で姦りまくったからとっといたが、小屋についたらあの女もかわいがって…ケヒヒ」


  最前までどこか迷いのあったアレクの心が急速に定まっていく。
  どれだけ無辜の人間をその手に掛けてきたのか。
  他人を踏みにじり、その財産を、命を、そして家族を奪い去り、少しも顧みることのない卑劣漢。あの腰に下げた剣で、何人の村人を切り殺したのか。その全身から漂う獣臭は、どれだけの村女たちを無理やり組み敷いてきたのか。
  係わり合いがなければ現実感のないそうした話も、こうやって息遣いさえも肌身に迫る距離で接すると、まるでわが事のように憎しみがわいてくる。
  彼のなかにある青臭い正義感は、この盗賊たちを懲らしめろと騒いでいる。
  だが同時に、自分ひとりの手には余るだろうと判ずる自分もいる。
  人の命をどうこうする権利を自分が持っているとは思わない。説法好きの坊さんなら彼をつかまえて命の大切さを懇々と説いて聞かせたに違いない。父親はそんな青臭い説法に鼻くそをほじって応じたものだ。


  「俺らは殺してナンボの傭兵だぜ」


  とりあえず、この男だけでも殺そう。   殴って昏倒させようという甘い気持ちは消えた。
  命を救ってやっても、けっしてろくなことにはならない。






  ひそやかに忍び寄る。
  そうしてアレクは、男の口を左手でふさぎ、背中から脾臓を貫いた。
  そこが人体の急所のひとつだということを、彼は大人たちから教えられて育った。そんな彼の手に握られた小刀は、人の命をあやめるために作られた道具だった。
  しばらく痙攣した後、盗賊の男は絶命した。








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