『戦え! 少年傭兵団』





  第9章 『旅立ち』












  盗賊たちとの戦いは、子供たちの戦線復帰であっけなく終結へと向かった。
  近づいてくる松明の列。
  四人の子供たちは両手にそれを掲げてアレクのもとへとやってきた。
  アレクのように夜闇をものともしない特殊な視力を持っているのならいざ知らず、普通の人間にはただ松明の数だけ人数が迫っているようにしか見えなかったに違いない。むろんアレクもそのように意図している。
  盗賊たちはおそらく「新手の同業者」が空き家に住みついたのだと思ったことであろう。そんな小屋程度で全滅覚悟の総力戦など、どう考えても算盤勘定が合わない。アレクでさえ開戦前にはそう思ったのだ。損得勘定に聡い大人がそう判断しない理由など欠片もなかった。
  盗賊たちは捨て台詞さえ残さず、逃げ散っていった。
  とにもかくにも、こうして子供たちは最初の勝利をその手に掴んだのだった。






  夜が明け世界が日の光に満たされ始めるまで、アレクと子供たちはまんじりともせず滝上で盗賊たちの動向を監視していた。
  もう逆襲はない……そう納得できるまで、その場から動けなかった。
  立ち上がろうとすると、膝がこわばって動かない。それでも子供たちがのろのろと動き出す。


  「お前たち、そっちの足を持て」


  明け染めた空からこぼれた光が、盗賊たちの《死》という峻厳な現実をあらわにした。恐ろしくて近寄りたくなさそうにするが、アレクは子供たちに現実から目をそらすことを許さなかった。
  木製の鋤をつくって穴を掘り、黙々と盗賊たちの死体を埋める。
  全部で四つの死体。
  それが彼らの小屋を守るために敵に強要した犠牲である。
  その《死》は、ほかならぬ彼らが望んだからそこにあった。
  すべての処理を終え、小屋に戻る前に盗賊たちが残していった荷物を余さず拾い集める。襲った村から奪い集めた財貨に食料、剣やナイフ、銅版から打ち出した器など、有用なものがいっぱいあった 欲深い盗賊たちも、おのれの命の危機にそんな財物など拾い集める余裕はなかったのだろう。子供たちにとって、それはひと財産といっていい僥倖な収穫だった。
  それらを集めている間も、子供たちは言葉を発さない。
  おのれたちのリーダー、アレクの背中をちらりと見ても、すぐに目をそらす。
  アレクもそれには気付いていたが、彼から声は掛けなかった。
  彼らはそこで、財貨以外のものも拾うこととなった。


  「あ、…りがとう」


  囚われていた女性は、そのまま放置されていた。手足の戒めを断ってやると、放心したまま助け手となった子供たちを見た。まさかあの凶悪な盗賊たちをこんな年端もない子供たちが撃退できるはずもない……そう思われて当然である。
  女性が現状を受け入れるのを悠長に待つつもりなどアレクにはない。


  「…んじゃ」ぞんざいに手を振って背を向けるアレク。


  おそらく彼は「白馬の王子さま」の役どころなのだが、あっさりと役得を放り出された相手の女性にしたらたまったものではなかったであろう。放置される予感が頬を叩いたのだろう、女性の魂が急ぎ足で帰宅した。


  「ちょっ……待って!」


  子供たちは素直に振り返るが、アレクは無関係の決意を貫いてスルーする。
  女性も集団のリーダーが誰かはすぐに見抜いたようだ。足をもつれさせながらもアレクの背に駆け寄ってくる。


  「あの、ついてっていいかしら」


  おのれの命を助けたとはいえ年下ばかりの集団に『お願い』するのはいささか抵抗があったのだろう。少しの葛藤の末立ち止まり振り返ったアレクに、女性は顔を赤くして目をそらした。


  「村までの帰り道が分からない?」


  こくりと頷く。女性はリリアという名らしい。
  最初は硬かったその表情も、子供たちの様子を見るうちに母性本能が刺激されたのか少しだけやわらかくなっている。


  「森のなかを連れまわされたので、方向も何も…」


  荒らし尽された村の最後を思い出したのか、感情の荒波が彼女の目じりをひくひくとさせたが、すぐにほんわりと表情を緩めて意味もなく近くの子供の頭をなでた。


  「いっしょしても、いいよね?」


  姉属性のお願いポーズにやられて突発的な失語症に陥ったアレクは、赤面してただ肯定を示すように首を振ることしかできなかった。
  重い沈黙を引きずりながら、アレクたちは小屋へと帰還した。






  ***






  四人も殺した…。
  おのれの手を、他人のもののように見下ろす。
  指が、手のひらが、肉の感触を覚えている。
  肉にもぐりこむ刃先。
  その刃先で脈動する他人の命…。




   (『お前には才能があるぞ』)




  父の言葉が心の底でうずく。
  闇のなかで、彼に見えないものなどなかった。
  なにも見えないくせに、彼に挑んできた盗賊たちは愚か者というしかなかった。そこは彼にだけ与えられた、特別な《狩場》であったというのに。


  (暗がりのなかなら誰にも負けない気がする…)


  背筋におののきが上る。
  彼はおのれに与えられた力の意味を、完全ではないが理解したような気がしていた。
  傭兵としての可能性。
  暗闇での戦闘に強いというのは、子供であるというのを差し引いてもかなりの『売り』になるだろう。いまならば、「証明して見せろ」といわれても、うろたえない自信がある。
  これが経験を積む、ということ。
  場数をこなす、ということ。
  小屋についてから、子供たちが三々五々散っていくと、疲れ果てているというのに無性に素振りがしたくなった。
  アレクは小刀を掴んで立ち上がると、小屋の裏手に出た。
  構え、そしてただ闇雲に振った。
  気の向くまま、ただひたすら小刀を振った。
  腕が疲れて上がらなくなるまで、振り続けた。
  頭のなかが真っ白になるまで振り続けて、気がつけば日が傾いていた。
  息を荒げながら彼は小刀を鞘に納めた。
  視線を感じて小屋のほうを見ると、明り取りの窓から撥ねッ毛のアニタの顔がのぞいていた。目が合うと、その顔はおびえたようにすっと隠れてしまう。
  心の隅で何かがしびれるような感覚がある。
  いつのまにか運命の神エンヤの籤をひいていたのかもしれない。
  吉か凶か。良しか悪しか。
  やがて、アレクの心は砂塵が地面に落ちるように平静を取り戻した。
  そのとき彼の心には、ひとつの決意が形をなしていた。






  小屋のなかでは、親を失い孤独にさらされていた子供たちが、かりそめの親を得たようにリリアにより添って戯れていた。母の優しさ、ふくよかさをリリアはたしかに持っていた。
  小屋に入ってきたアレクを見て、子供たちは怖い物から目をそらすように身を丸くした。あれほど気丈であった子供たちの心が、退嬰している。
  その光景を見て、アレクの中の迷いは吹っ切れる。


  「明日、オレはここを出ようと思う」


  小屋はしんと静かになる。
  大きな街を目指して、そこでどこかの傭兵団に入団する。
  そうして将来への道筋を付けようと思う。


  「今回は無事この小屋を守り通したけれど、次はそうもいかないかもしれない。逃げた盗賊たちも戻ってくるかもしれない」


  子供たちが不安そうに顔を上げる。
  リリアも、真剣な眼差しをアレクにぶつけてくる。


  「しばらくは大丈夫かもしれない。オレは神さまじゃないから保障なんてできないけれども、たぶんしばらくは安全だろう。冬になって雪が積もれば、こんなところまで上がってくるやつも減るだろう。…でも、絶対に安全だなんて思わないほうがいい。オレたち以外にもこの小屋を知っているやつらがいるのはあの盗賊たちで分かったはずだ。オレは冬がくる前に、街へ行こうと思う。そこで傭兵団に入る。もともとその予定だった」


  アレクは子供たちを見回した。
  リリアにすがりつくレントとルチア。
  その近くに遠慮がちに膝を抱えるアルロー。
  そしてぎゅっとこぶしを握って顔を上げたアニタ。


  「残りたいやつは残れ。食料も充分にある。小屋を補強すれば一冬ぐらいはしのげるだろう」


  じっと、子供たちの反応を待つ。
  街へ出たからといって、彼らがそこで暮らしていけるかは分からない。彼らの面倒をみる力をアレクは持っていないし、無責任に勧誘するつもりもない。この小屋で暮らし続けるほうがよほど堅実な判断と言えたかもしれない。
  ゆえに、子供たちが誰ひとり立たないのを観ても、顔色ひとつ変えなかった。
  盗賊たちから回収した財貨のなかから、大振りな剣をひとつ手にとって、


  「オレの取り分はこれだけでいい」と、ベルトに差し込んだ。


  これで傭兵を名乗るのに最低限必要な装備を手に入れた。
  剣を抜いてみると、刃こぼれ、錆だらけの安物であることは分かった。だがその武器を使うことで広がる間合いの利は、彼の剣法の幅を広げることにつながるだろう。
  小刀と比べれば何倍も重いが、振り回せぬほどではない。
  剣を鞘に収めて、


  「それじゃあ、オレは行く」


  アレクは背を向けて、歩き出した。








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