『戦え! 少年傭兵団』





  第10章 『夢に向かって』












  森の沢を下り、街道へ出るまでしばらく。
  体調の悪いままふらふらと上っていった死にかけの病人には果てしない距離に思われたそれも、健常さを取り戻し足腰に力を蓄えたいまでは苦にもならないものだった。
  すっかり日も暮れた頃、たどり着いた街道と沢の交差する辺りには、何組もの難民たちが足を休めて水を口にしていた。今晩はここで野宿するつもりなのだろう。難民は自衛のためにたいていかたまって行動する。
  気分の高揚がアレクの体力に福音をたれているのか、暮れなずむ暗い街道を目にしても休もうという気にはならない。夜っぴいて歩けばこの一帯で一番大きいエデルの市城にたどり着けるだろう。
  エデル伯爵領の城下町であるその市城に、もしかしたら雇い入れられた傭兵団が滞在している可能性もある。そのときは飛び込みでもなんでもいいから入団させてくれるよう交渉してみよう。
  道端でうずくまり、満足な煮炊きもできずうつろな視線を向ける難民たち。この荒れ果てた時勢に希望に燃えた目でずんずんと歩く少年たちの姿は、彼らにとってまぶしすぎたのかもしれない。翻っておのれの現状に思い至り、彼らは疲れたため息を漏らした。
  少年たち?
  アレクの眉が、ひくひくと引き攣る。
  彼はつと、立ち止まる。
  後ろからついてくる足音も、そのとき一緒に止まる。


  「…つかれた」


  ボソッと、子供の声。


  「しーっ。声出しちゃだめよ」


  たしなめる女性の声。
  あのー、まる聞こえなんですけど。
  どうしてこのような展開になったのかいまいち考えがまとまらず、少しだけイラッとするアレク。
  少しだけ息を吸い込んで。
  ダダダダ〜ッ!
  アレクは街道を全速力で駆け始めた!






  ゼーッ、ハーッ…。


  路傍の倒木に腰掛けて息を整えている間に、後続のストーカー軍団が追いついて来た。
  もともと山で自活していた子供たちは彼が手ずから訓練もしていたから持久力があるのは分かる。それよりもあまり外仕事しているようには見えなかった女性たちが幾分遅れつつも脱落することなくついてこれたことに少しだけ驚く。


  「ひどいよ、走るなんて…」
  「アレク兄のイケズ…」


  文句をいわれる筋合いはないと思うんだけれど。
  結局、小屋を出発してからものの半刻もせず、子供たちはアレクを追って小屋を引き払ってきた。
  その背には盗賊団から奪った荷物の一切合財が抱えられている。その荷造り分遅れたというところだろう。
  これからの生活を考えれば、銅貨一枚の価値の物でも貴重な財産である。それらの大荷物を抱えてついてきた子供たちの欲深さ(?)が、逆にアレクにとっての評価ポイントとなった。
  こいつらは、生活の大変さが分かっている。
  なにも考えずに身ひとつで追いかけてきたなら、それはもうアレク依存一〇〇%の決意表明であるから、そのときは蹴ってでも追い返していたことだろう。
  追いついて来た娘ふたりも、普段は山仕事でもしていたのか休みつつも口を開く余裕があった。


  「助けておいて……ほっていくなんて、ひどいです」


  妹の手をひいて走ってきたリリアなどは汗みずくだが、チュニックのはだけた襟ぐりから覗く汗ばんだうなじが大人の色気全開で、視線を引き剥がすだけでもぎこちなくなるアレクである。


  「女性を助けたんですから、こういうときは最後まで責任とってくださるのがいい殿方というものですよ。…アレクさん?」
  「せ、責任って、どういうことだよ」


  えっ?
  オレが責められるのか?
  予想外の口撃にうろたえるアレクを値踏みして、リリアは魅力ある女性にしか許されぬ効果的な手管を遺憾なく発揮した。はずむ息を整えながら、色づく顔を近づけて目線を離すことを許さない。


  「わたしを生まれた村に連れて行ってください。あんなどこともしれない山のなかに、女子供をなにもせず放り出して行くなんて、それはありえませんしわたしたちにもとっても失礼です。わたしに関心がないのなら、せめて故郷までつれてっていただくぐらいのことはしてもらわないと」
  「なにもしないって……責任って…」
  「あんな山小屋にほうっておかれたら、わたしたちだけじゃ早晩誰かに見つかってひどい仕打ちに逢うに決まってます。だから、わたしを救ってくださった『いい殿方』が、よきように責任を取ってくれるのが筋というものです」


  すっと、アレクの手を彼女の両手が包み込む。
  すべすべした手に包まれると、アレクの心臓が跳ね上がった。


  「お願い……村まで連れてって?」


  そんなふうに、押し付けないでください。やらかいのが当たってますからっ。
  座る場所をいざりながら逃げるアレクが顔を真っ赤にしていると、そのすぐそばでこちらを面白くなさそうに見つめるアニタの目があって…。
  アレクは姉属性のお願い攻撃にあっさりと陥落した…。






  盗賊たちに山のなかを引き回されたのは半日ほどであったという。
  ならば村はそれほど距離の離れたところではないだろうとは思っていた。
  ソマ村という名は聞いたことがないし、エデル伯爵領の周辺にあるそれなりに大きな村は、傭兵団とともに移動して暮らしたアレクも名前ぐらいなら知っている。
  ということはほとんど知名度のない、村というのもおこがましい開拓農民の集落、というのが正しいだろう。
  エデルの市城から、歩いて一日ほどのところ、という説明から、おおよその位置は推測できる。これはアレクの中の脳内地図で簡単にはじき出せる。
  ここからエデル市城までは、歩いて約一日半ぐらい。
  リリアが連れまわされたのは半日。
  リリアの村からエデル市城までは歩いて一日。
  山小屋の位置で半日で移動できる半径を円で記し、エデル市城から一日で移動できる範囲を、倍の半径で記す。その円の交差する一帯がソマ村の位置である。
  傭兵団で地図読みになれたアレクには当然の知識であったが、リリアは感心しきりである。


  「アレク君頭いい…」


  ほか子供たちも感心している。


  「アレク兄頭いい…」


  よくよく考えれば、ただでさえ市井の民が学問に触れる機会は少ない。地図など見たこともないし、計算など指を数えて折ったりする。そんな程度だ。
  アレクも正式に学んだことがあるわけではなかったが、これは比較対象が無学すぎたから起こった珍現象であろう。


  「どうも道すがらっぽいし、ついでだから送ってくよ」


  さて、と。
  アレクは地面に書いた手書きの地図を踏み消して、おのれの荷物を抱え上げた。膳は急げ。鉄は熱いうちに打て。


  「…え?」


  驚くように顔を上げるリリア以下子供たち。
  思い立ったが吉日。


  「もう夜よ」


  抗議の声はスルー。
  だって、もう動き出した彼は一刻も早く夢の尻尾に取りすがりたい一心なのだ。とりあえず今夜は疲れ果てるまで寝られない自信がある。


  「いまからいけば、つくのは朝だろ。探す時間もあって効率いいじゃんか」
  「朝に出発しても、昼過ぎにはつきます」
  「オレもうつかれたー」


  ぶうたれるレントの頭を殴りたくなってこぶしを握る。
  こいつはほんと、一回叩きなおさにゃなるまい。
  ルチアはもうリリアの袖を掴んで、半分おねむになっている。おきろよ、ガキンチョ!






  「アレク君、大丈夫なの?」
  「まあ、しかたがないっていうか…」


  アレクは背中にぐっすり眠ったルチアを負って、背中に収まっていた剣を小刀と一緒にベルトに挿した。ちゃんとしたベルトを買わなきゃ、ズボンが落ちてきて気持ち悪いな…。
  ずれたズボンをたくし上げる。
  傭兵団の給料が出たら、まず最初に剣帯を買おう。
  ささやかな夢を追加して、アレク一行は夜の街道を歩き出した。








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