『戦え! 少年傭兵団』





  第12章 『エデル市城』












  エデルの市城は、王国でもそれなりに権勢を誇る有力貴族のお膝もとというだけに、なまじの攻撃など寄せ付けぬだろう10ユルに及ぶ丈高き石積みの城壁に囲まれ、六ヶ所の物見塔をそれら城壁でつないだ市城のなかには三千人あまりの住人が暮らしている。
  久々に見た、まだ《破壊されていない》人の住む町…。


  「アレク兄、甘い匂いがする!」


  本人に自覚は皆無だが、レントの会話はすぐに大声になる。耳元の大声にびっくりしてそちらを見ると、数年後にはアレクの上背をやすやすと越えそうな大柄な子供が露店を指して飛び跳ねている。
  ああ、甘焼きの露店か。
  量の割りに高いんだよな〜。
  さりげに聞き流しながら、アレクは目抜き通りの先にある噴水広場に面したことさら古風な城館の佇まいに目をやっていた。
  町がもともと過密なつくりであるから、敷地はそれほど大きなものではないが、狭いながらも掘割と跳ね橋を備えた門と、その両脇にせり出した胸壁付きの物見塔、そして六本の塔を束ねたような高層の城館がエデルの城下町を見下ろしている。


  「あ、甘い揚げパンがぁ、売ってるよ〜(ズルリ)」


  アルローのはずむ声。小猿が袖を引っ張るが無視無視。
  むろん聞き流す。
  城館前の広場には、領主である伯爵家への請願者たちが列をなし、陳情の順番待ちをしている。盗賊の害が絶えないのだから、近隣の村長たちは必死だろう。何時間待っているのか、疲れ果てたように供の者と一緒に坐り込んでいる。


  (傭兵団は……お、いたいた)


  探す傭兵の姿は、中央の城館ではなくまわりの城壁の上にあった。
  そりゃ金払って雇っているのだ。面倒でつまらない役どころを押し付けるのが相場というものだ。いつくるかもしれない襲撃者にそなえて、城壁の上を動いている。


  「とってもいい匂いなの! あれを食べられたらルチアとっても幸せになれるかも〜」


  ひとりでふらつかないようにね。
  勝手にさまよい出そうとするルチアの襟首を引っ張ってみたり。
  苦労して通過した市城の正門へときびすを返し、手近にいる門衛を捕まえて城壁の上の傭兵について話題を振ってみる。


  「あの赤い羽根飾りは、《火竜のあぎと》団ですよね! 少し前に南街道で見たことがあって……あの、伯爵さまが雇われてるんですか?」


  無邪気な子供を装う、いわゆる『ネコかぶり』するアレクの様子にまわりの子供たちがきょとんとしている。そもそも見た目が子供のこいつらには分かるまい。力の弱い若年者が生きていくために身につける基本スキルのひとつである。


  「お、さっきのソマ村のガキか…」


  ついさっき官札をみせて門を通してもらったばかりである。子供ばかりのグループのことは覚えていたらしい。


  「たしかそんな団名だったと思うが、よく知ってるな。…傭兵にでもなるつもりか」
  「はい。あの、オレ挨拶したいんで、団のいるところ教えてほしいんですけど」
  「西門の兵舎があてがわれてるらしいが、あそこは団長なんかは来てないぞ。百竜長とかいう隊長が、その近くの宿に陣取ってるはずだが」


  ああ、全員で来てるわけじゃないってか…。
  まああそこは五百人からの大所帯だから、一気に全員丸抱えできる金持ちはそうそういないんだけれど。百竜長ってことは、百人来てるわけか。
  とりあえず向かう場所は定まった。
  ともかく、それよりも先に寝泊りする場所を確保しなくちゃな。正門近くの人混みを見て、前途の多難さに少し気が遠くなる。
  正門の前広場は市城へ逃げ込んだ幸運な難民たちで芋を洗うようにごった返している。アレクたちはリリアの領民の証である官札で入れてもらえたが、縁故のない難民たちは伯爵の定めた『特別通関税』なる税金を納めねば市城に入ることができない。有り金全部を吐き出して何とか入場を果たした彼らに余裕などあるはずもなく、安宿は相当な競争率となっているはずである。


  「あのあぶってるヤツ、牛の肉かな? それともトカゲの肉かな?」


  涎が垂れてるぞ。
  アニタのぼさぼさの後頭部を小突いて。


  「リリアさん、持ち合わせあります?」


  リリアはすまなそうに首を振る。
  盗賊団に襲われて連れまわされたのだ。お金など持っているはずもない。一応、聞いてみただけ。
  となると、いま持ち合わせは彼のなけなしの全財産、銅貨10枚という寒い結果となるわけだが。
  おいおい、お前らなんでそんな無駄遣いをオレに強要しようと睨んでくるかな。そんなジャンクフードに使うお金はびた一文ございません!
  彼がいくら持っているのか、期待を膨らます子供たちの目が痛い。あれは他人事の目だ。何か確実におごってもらえると信じ切ってる目だ。
  とにもかくにも、全財産は銅貨10枚。
  どんな安宿でも一泊ひとり銅貨3〜4枚は必要である。子供は半額だとごねるにしても、 銅貨12枚はいることになる。
  はい、もう完全に足が出ました!
  アレク一行には、選択肢などありません。
  幸いにして、持ち込んだ荷物が結構な量ある。
  ということは。






  もうそろそろ日暮れも近いというころあい、露店の並ぶ目抜き通りの隅っこに、素人商売全開に敷き広げた外套の上に『雑貨』としかいいようのない商品を並べる女子供ばかりの露天商が出現したとかしないとか。
  いや、出現はしました。
  盗賊たちの残していった物品は、彼らが『金目のモノ』と判断しただけのことはあって、品薄の市場にあって非常に売れ筋の物ばかりだった。
  銅の鍋にペティナイフ、獣皮を縫った頑丈な靴、馬の鐙、革の手綱、使い込まれてぴかぴかの青銅の手鏡、衣服類、そしてつましいながらもアクセサリーの類、そして農村とはいえ外敵に備えたのだろう安物の刀剣のいくつか。
  敷き広げた外套の上にそれらを並べていくうちに、子供たちの表情が輝いていく。あの、おままごとではないんだが。


  「これ、いくらだ」


  売れるかどうか心配していたその矢先に、客がついた。
  彼の付けた値段が安かったのか、その男性客が迷わず靴を買っていく。


  (もしかしてだいぶ物価が上がってるのか…?)


  安くしすぎたかもしれないと後悔するが、すぐにいやいやと自ら打ち消した。
  ともかく自分たちは早くこの荷物を現金化したいところなのだ。適正な価格でゆっくり売ることよりも、少し安めでも今夜の寝床が確保できる手持ち資金の確保のほうがより重要であった。
  第一、苦労して買い求めた商品ではもともとないのだから。
  安いと分かったのだろう、次々と客が寄ってくる。商品が見る間に少なくなっていった。


  (これでとりあえずは寝床確保かな…)


  アレクが皮算用を始めた頃、その素人露天商のまえに、いかにも人相風体の粗野な男がひとり立ち止まった。


  「おめえら、誰に断ってここでバイしてんだ? ああ」


  景気のよさそうなところに吸い付いてくる類のチンピラである。
  もしかして組織でもあるのか?
  アレクは一瞬だけ計算するが、城の守兵がこれだけいる街中で、そんな裏組織が幅を利かせられるものか? と首をかしげる。
  リリアを含めて子供たちまで首をすくめているのをみて、ここでひいては全部もっていかれると確信したアレクは、おのれの新たな武器である剣を杖のようにしてすっと立ち上がる。
  ガンのつけ合いなら結構自信がある。傭兵団の強面たちと寝食をともにしてきたのだ。目の前のチンピラなどかわいいぐらいである。
  むろん、剣の腕にいささかの自信があったことも彼の強気を裏打ちしている。


  「チッ」


  チンピラは上着の合わせに手を突っ込んだが、隠し持っているのはせいぜいナイフぐらいだろう。不利を悟って、悪態をつきながら離れていった。


  「アレク兄、すごい」


  アニタのソンケーの眼差しが気持ちよかったのは隠してもしょうがない。アレクは少しだけデレながらも、次から次へとやってくる客をさばくのに集中した。
  問題は去ったと信じたのはいささか早計ではあった。


  「てめえらか、勝手にバイしてるっていうガキどもは!」


  去っていったチンピラは、仲間を呼んで戻ってきた!








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