『戦え! 少年傭兵団』





  第13章 『多対一』












  うわ。


  最後の客に釣を渡しながら顔を上げたアレクは、そこにいかにも人相の悪いゴロツキたちを目にすることとなった。
  いかつい体に着崩しただらしない身なりの男たち。全部で6人ほどが腕組みしたり指を鳴らしてみたり、威嚇行動実行中である。
  やっぱり組織だったらしい。
  それが総勢だと思いたいが、まだいるものと思っておいたほうが後でがっかりしないで済むだろう。全員、すでに武器を剥き身で手にしている。
  ナイフふたりに、短剣ひとり。残りの三人はゴロツキにしては立派な中剣を構えている。
  かたやこちらはアレクひとり……おおっ。ちびっ子たちが俄然やる気を出したぞ! 次々に木剣を取り出して、勇ましくアレクの横に並んだ。


  えーっと。


  一応戦力比としては、6対1+0.1+0.1+0.1+0.1というところだろうか。ちびっ子どもは合わせて0.4だ。これでも過大評価気味だとは思うがけして身びいきしているわけではない。
  6対1.4。
  これは誤差という以外、足手まといとしか表現が難しいな…。
  いちおう「下がってろ」とリーダーシップを発揮しようとしたが、アニタが


  「今度はあたしたちもやるもん!」


  といらぬ決意表明をしてしまったものだから、むげにその気持ちをひしぐ気にもならなくなる。先の対盗賊戦でのことが引っかかりとなっているのだろう。アニタの目は幼いながらも強い意思を表している。
  彼らの動きを呆然と眺めていたゴロツキたちは、まるで1対1で相対すように展開したちびっ子たちを見て、「おい保護者!」と非難がましくアレクのほうを睨みつけてくる。やっぱりそう見えるよな。もしかして少しだけ恥ずかしいシチュエーション?


  「刺されたら、痛いぞ?」


  アレクが翻意を促してみるものの、


  「それはちょ「いたいの、我慢する!」っと…」


  レントあたりは異議がありそうな気配であったが、アニタが男らしく(?)言葉をかぶせてしまう。
  もはや制御不能の雰囲気である。


  「お前ら、無理だけはすんな」


  アレクは中剣を構えて完全に非戦闘員であるリリアの前に出た。ゴロツキたちの武器も、ことごとくがアレクのほうへと向けられる。
  アニタが憤慨するが、これはいささか都合がいいので無視することにする。


  多対一。


  子供たち相手のお気楽モードから意識を切り替える。
  急にアレクの中の世界は静まり返り、相手のそれぞれのリズムを刻む息遣い、衣擦れの音、くちゃりと何かをしがむ口の音が耳に届く。
  周囲の無関係な通行人たちは、面倒ごとを嫌って足早に通り過ぎるか、好奇心に負けて野次馬の一部と化してゆく。やや遠巻きにできた野次馬の人壁は、おそらくそれが他人の目に映る『武器の被害が及ばない』安全圏の外縁ということなのだろう。
  アレクは剣を構えてみて、まだ中剣が体の一部とはなっていないことを自覚する。




  (重い…)




  小刀の倍できくだろうか。ずっしりとしたその重さは、その分だけ彼に打撃力を保障するものである。思い切り叩きつければ、防具を着けた兵士でもただでは済むまい。
  同時に、相手の強力な武器を真正面からはじき返すだけの防御力も備えている。敵の三振りの中剣に対して、通常の防御もある程度は可能ということである。
  アレクの意識のなかで、野次馬たちは無意味な《壁》と認識された。害意がない人々の気配が、無用の物としてアレクのイメージで黒く塗りつぶされる。
  そうやって意識を整理しつつ広げていくうちに、人込みのなかに《害意ある敵》が潜んでいることに気づく。やはりゴロツキは6人で全部ではない。彼らの逃走を妨害するつもりなのだろう、野次馬にまぎれてこちらの様子を伺っている。
  全体が観え始めると、アレクの高まっていた鼓動が静まっていく。
  重い剣に振り回されないように。
  ゴロツキのひとりが、彼の横に回りこもうとしている。彼の背後にかくまわれるリリアを人質にするつもりなのかもしれない。
  わずかずつアレクの右足が地面を嘗めるように進められる。




  《ハヤブサの型…》




  敵に悟られぬように、おのれの間合いへと相手を引き込む技。
  ちらりと中剣を構えるゴロツキたちに目をやった瞬間、回りこもうとしていた男は隙と見てリリアに掴みかかろうとした。
  アレクの踏み出した一歩は、左へとそれて踏みしめられた。突きの一撃は、そのゴロツキへの牽制に費やされた。首筋に迫った冷やりとする感覚に、その男は賢明にもたたらを踏んだ。
  重い。
  まだこの武器は扱うには早かったかもしれない。アレクは後悔するが、目の前の中剣相手に小刀で打ち合うわけにはいかない。小刀にどのくらいの耐久力があるのかは分からないが、中剣より丈夫ということは絶対にない。


  「こいつ、やるぞ」


  ゴロツキたちの目つきが変わった。
  戦火の絶えない乱れた世の中に、命をやり取りなどまったく珍しくもない。たかがゴロツキどもとはいえ、切った張ったの荒事には慣れているようだ。
  一対一では苦戦しそうな相手でも、多勢に任せるやり方ならば彼らも心得ているのだろう。脅しの効かない相手と見切られたアレクは、彼らの一斉攻撃にさらされることとなった。
  中剣で武装したゴロツキたちが次々に斬りかかってくる。
  最初の一撃を中剣の無骨に任せて受けようとして、アレクは何かに背中を押されるように一転してかわすほうへと動きを切り替える。
  剣風を頬に感じながら、《円の歩法》で体を入れ替えたアレクに、続けざまに別の一撃が到来した。


  (受けていたら、やられていた!)


  おそらく最初の一撃をまともにつばぜり合いしていたら、続くこの攻撃で腹を裂かれていただろう。続くもう一撃が今度は彼の足元を刈り取ろうとする。
  三本の中剣が連携して初めて可能な攻撃。ひとりが必死になって攻防する必要はない。続く攻撃は仲間に任せればいい。それでなまじの達人すら不可能な高速の連続技が完成する。
  それが多対一の定石。
  かわすことしかできない。中剣は防御に使えないと判断したアレクは、迷わず中剣を捨てた。


  (どうせ受けられないのなら、軽いこいつのほうが有利…)


  腰の小刀を抜き放つ。
  しっくりと手になじむ感触。その重さも、彼のいまの膂力には適当であったのだろう。
  突然中剣を捨てたアレクに驚いたゴロツキたちの隙を見逃しはしない。格段に鋭さを増したアレクの攻撃が、中剣を持つゴロツキのひとりの腕を肘から二の腕まで切り裂いた。


  「ぐわぁッ」


  しゃがれた悲鳴。
  突然のことにぼうっとなったもうひとりの手首を、返す刀とばかりに峰で殴りつける。ごきりと硬い感触が伝わる。


  「くっ!」


  手首の骨を折られたゴロツキが中剣を取り落とす。そのままアレクの致命的な攻撃を恐れてまろぶように後退してゆく。
  これで中剣を持つ敵がひとりになった。小刀の間合いを考えれば、彼よりも優勢な武器はこの最後の中剣の持ち手だけである。
  男は明らかに動転していた。まさか絶対有利と思われた状況から、一対一を強要されるような状況まで悪化するとは露ほども思っていなかったらしい。
  そのときゴロツキたちを、痛恨の一撃が見舞った!


  「「「えいっ!」」」


  戦闘の蚊帳の外におかれていたちびっ子たちのかいしんの一撃がゴロツキたちに襲いかかったのだ!
  レントの木剣はナイフ男のわき腹を。
  アルローの木剣は短剣男の足を刈り。
  ルチアの木剣が、別のナイフ男の太ももをしたたかに突き上げた!


  「あまく見たムクイよ!」


  アニタの木剣が、硬直する中剣男の股間から、貫通するように突き出していた! その想像を絶するだろう苦痛を思いやって、アレクは思わず内股になった。
  子供たちの攻撃が命中した時点で、ゴロツキたちは野次馬たちの爆笑に包まれた。もはやどれだけすごんでも喜劇にしかなりようがない。


  「まだやる?」


  小刀を喉もとにつきつけられて、股間を押さえて硬直した男は引き攣った笑いしか浮かべられなかった。


  「おっ、覚えてやがれ〜ッ」


  走り去るゴロツキたち。
  エデル市城の通りに、野次馬たちの歓声と子供たちの無邪気な凱歌が上がった。








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