『戦え! 少年傭兵団』
第14章 『われ考える』
昔、酒場に居合わせた吟遊詩人が、勇敢な騎士さまの物語を語って聞かせたことがある。
悪いドラゴンに苦しめられていた村の窮状にその旅の騎士さまは立ち上がり、少しおっちょこちょいの従者を連れて討伐に向かうというありきたりなお話。
幾度かのピンチの果てに騎士さまは討伐を果たすのだが、旅の途中立ち寄った町で悪人たちをちょちょいと退治するくだりがあり、小さかったアレクはその巧妙な語り口に胸を躍らせたものだった。
悪人を懲らしめた騎士さまは、町中の人気者。
人々から送られる感謝感激、御礼の雨あられ、娘たちのキッスとたくさんのお土産までいただいて意気揚々と旅を再開したのだが…。
アレクは腕組みして考え込む。
なにか間違ったのだろうか?
硬い石床にじかに坐り込んだお尻は、痛みに耐えかねてもぞもぞと定位置を探っている。寝転んだりもしてみたのだが、結局坐っているほうが楽だと判明して、壁際に背を持たせかける格好で胡坐をかいていた。
「このまちはワルモノのまちなのよ、きっと」
彼に習ったものか、難しい顔をして隣で腕組みするアニタ。
「おれたち、死刑かな…」
両膝を抱え込んでしょぼんと坐り込むレントの横で、
「それは、ないよ。たぶんムチ打ち…(ズルリ)」
袖口で洟をこするアルローが以外に世知に長けた見解を示す。
「ケンカは、ムチ打ち。罰金を払えば、回数が減る」
アルローの知識は正しく、たいてい銅貨一枚払うごとに、ムチ打ちの回数が一回ずつ少なくなっていく。ケンカ出入りの派手な傭兵たちにはなじみの刑罰だ。
「ルチア痛い痛いはやぁだ」
ここに連れてこられてからずっと半泣きのルチア。アレクの服を掴んでゆすってくる。こっちに抗議されても、減刑のしようなどないんだけれど…。
ここはエデル市城の警衛隊詰所の留置所である。
罪状は《城内刃傷禁止令》違反というらしい。むろんエデル伯爵領内、おそらくはその市城内でのみ効力を発揮する領主令である。
たしかにゴロツキ相手に剣を抜いたことは間違いない。あまつさえ、それを振るってゴロツキの幾人かに手傷を負わせたこともたしかである。
だが、それでも納得できないのは。
「どうしてあたしたちだけが捕まるのよ!」
アニタの叫びが全員の頭のなかにあるわだかまりを代弁していた。
武器を最初に出したのはゴロツキのほうだし、あくまで彼らは被害者の正当な権利として防衛したまでなのに。
現実にはあとからぞろぞろと現れた市城警衛隊に彼らはしょっ引かれ、ゴロツキどもはさも当然といわんばかりに人込みにまぎれて立ち去ったのだった。
アレクが抗議もせずに黙っていたわけではない。すでに詰所の隊員相手に激しく論議をした後に、世の不条理を受け入れざるを得なかったのである。
「おまえらもの運がなかったな。やつらはああ見えても伯爵様の《徴税隊》だ。露店を開くにゃやつらの許可証を買わなきゃならん取り決めだ」
つまりは無許可営業の取り締まりにやってきた町の役人を、武器で追い払ったという格好なわけである。そういう言い方をすると、彼らは一方的に無法者である。
留置所は、ずいぶんと活況である。
戦火が広がりただでさえ食料の調達が困難になっているというのに、難民たちが安全な移住先を求めて市城に群がってくる。衣食住が不足すれば揉め事が起こらないはずもなく、警衛隊が出動するたびに留置所の人口密度は過密さを高めていく。
「ずいぶんとちいせえお仲間じゃねえか」
四十がらみの男が首筋の垢をこそぎながらにかっと笑うと、ルチアが顔を強張らせてしがみついてくる。難民なのだろう、ほとんどボロ布同然の旅装から伸びる手足がやたらと骨ばっている。入城を許さない衛兵を殴ってここに放り込まれたらしい。
ほかの者たちも似たようなものだった。ただ彼らが一応の落ち着きを見せているのは、警衛隊から振舞われた一杯の薄い野菜スープがいくばくかお腹を満たしていたからであろう。すきっ腹が揉め事の元になることを警衛隊も分かっている。
子供が留置所に入れられることが珍しいのだろう、かまいつけようとする人間が多い。
やれ親は健在なのか。
やれどんないたずらをしてここに放り込まれたんだ。
ひとり一杯と配給されたスープを少しでも多く手に入れようと、子供たちの手にあるスープの椀を指差して難癖をつけた手合いもいた。アレクが腹に一発入れて黙らせてから、さすがにそうした嫌がらせはなくなったが…。
「子供だけで旅か……そりゃまた無茶なことを」
今度は反対側から小さなつぶやき声がかかる。
留置場の隅に陣取る別の一団が無聊を紛らわすように会話に加わってくる。そちらはまた難民とはえらく趣の違う、汚れ具合では大差はないものの元はそれなりに高価そうな刺繍入りの長衣となめし皮の外套で身を包んだ体格のよい男と、フードを目深にかぶった小柄な人物が足を崩して坐っている。
その小柄なほうは顔は見えないがおそらくは女性なのだろう。足をそろえて坐っている様子が育ちのよさを思わせる。
「大きな町に行ったとていいことなどなにもなかろうが……どうせ故郷も残ってはおらんのだろう」
男の声は控えめであったが、もともと通りのよい声音なのだろう、騒がしい留置所のなかでも明瞭に聞き取れる。その鍛え抜かれた丸太のような腕が、アニタの頭をゴリゴリと撫で回す。ただでさえあまり整頓の行き届いていないアニタの髪がさらにぼさぼさになる。
「気の強い嬢ちゃんだ」
グーで腕を小突かれても、まったく小揺るぎもしないまさに丸太の腕である。
「あんたらもなにやらかしたんだよ。こんなとこに入りそうな感じでもないのにさ」
アレクが問うと、
「なに、いろいろとよんどころのない事情でな…」
ずいぶんと歯切れの悪い男の応えに、正反対の難民たちからあけすけな批判が上がる。
「そいつらは宿代を踏み倒したんだってよ。なんでも街の一等大きな宿屋の一等高い部屋で、ひと月も居座った挙句に踏み倒したってんだからたいしたもんだ」
難民たちの批判も致し方ないところだろう。彼らはこの市城に食うや食わずでたどり着いた苦労組である。市城にたどり着いてようやっと人並みの暮らしに戻れると勇んだところで有り金ほとんどを通関税に搾り取られ、ここにほうり込まれる原因ともなった殴りあいも命がけでやりあっているのだ。
街の宿屋に入っていたということは、市城に出入りする許可を持っていて、かつ最初の数泊分くらいの見せ金を宿屋に示し得たということである。身なりのよさから、どこかから流れ着いた没落貴族、という線もあっただろう。
「だまれ、下郎どもが…」
小柄なほうの声が、予想通り女性のものであったこともさることながら、言葉遣いから『没落貴族』の線が非常に濃厚になったことにも少し驚く。
たくさんの町や村が焼け、他国に蹂躙される荘園があとをたたない昨今、没落する貴族というのもさして珍しい話ではなかった。
ただ、そんな境遇の人々とこんな留置所のなかで出会うとは予想もしていない。貴族も落ちぶれるとここまで身を持ち崩すのだ。いろいろな意味で感心して、じろじろと眺めたのがいけなかったのか。
「貴様もだ、下郎の分際で…」
いらだたしそうな女性の声が、主従らしき男の背中に隠されて小さくなる。
護衛の騎士なのか、男は渋みのある苦笑を浮かべて、
「聞き流してくれ」とアレクを見て言った。
日が暮れる頃になると、留置所のなかは立錐の余地もないほど過密状態となった。警衛隊の涙ぐましい治安維持活動を讃えるべきなのか非難するべきなのか。
そのままアレクたちは、留置所のなかで一晩を過ごすことになった。
翌日、満杯の留置場を空にすべく、矢継ぎ早な刑の執行が行われた。
アレクたちの量刑は以下のようなものだった。
・主犯アレク、ムチ打ち20回。
・以下子供たち、ムチ打ち10回。
刑の執行のために警衛隊詰所の前に引き出されたときに、外で待っていたリリアが、昨日売り払った所持金を差し出してムチ打ちの回数を買い取った。
しかし全部を買い取ることはできず、子供の残り回数も含めて、すべてアレクが背負うことになった。ムチのひと叩きで、子供の柔らかい肌などすぐに裂けてしまうからだ。
アレクは合計26回に及ぶムチ打ちを受け、15回を数えたところで最初に気を失った。すぐに水を浴びせられ、ムチ打ちが継続する。
ムチ打ちは決して軽くはない残酷な刑である。皮を巻いた硬いムチは、たやすく人の肌をズル剥けにする。血まみれになったアレクを子供たちが泣きながら見物人の輪の外に運び出すと、彼に続いてあの没落貴族のふたりが引き出された。
二人に言い渡されたムチ打ちはそれぞれに30回。
そのすべてを騎士のほうが引き受けた。
背中に焼け火箸を押し付けられたような激痛に意識を薄れさせながらも、アレクはムチ打ちに耐える騎士のしかめ面をじっと眺めていた。
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