『戦え! 少年傭兵団』





  第15章 『路頭』












  その日から、アレクは高熱を発して床に伏した。
  むろん伏すような床はないので、いわゆる言葉のあやというものであるのだが、リリアが必死になって手当したその『床』は、かろうじて雨だけはしのいでいた。雨だけでもしのげれば万々歳である。無一文の彼に、贅沢を言う資格などあるはずもない。


  「アレク君、痛くない?」


  子供たちが正視に耐えないぐらいの怪我であるから、痛いに決まっているのだが、アレクは冷や汗を浮かべながら首を横に振った。






  エデル市城のもっともはずれとなる城壁の足元、市城をぐるりとめぐる外縁の通りには、街に流入した難民たちの粗末なテントがひしめいている。
  雨風をしのぎやすい狭い路地は難民物件では一等地。
  建物の軒が大きい場所は二等地。家の住人が寛容ならばなおよしといえる。
  ともかく城壁だろうが建物の壁だろうが、『壁ぎわ』であれば三等地。水はけの良し悪しで上等下等が大きく分かれる。
  どこにも寄る辺なく、難民たちのテントの隙間に頭を下げながらもぐりこむのが最下等である。同じ難民である隣人から見下されるその境遇は、まさに『最悪』と呼んで差し支えなかろう。
  ともかくそこは人口密度がすごいのだ。
  聖地オハラの参道にうごめく巡礼者のごとく、そこではわずかな雨風をしのぎうるスペースを難民たちが分け合っていた。
  アレクたちの陣取るテントは、立地的には壁際の三等地だが水はけは悪くない好立地にある。衛兵隊の詰所のそばという難点から奇跡的に空いていたスペースをリリアが確保したのだ。衛兵たちに邪険にされることにさえ目をつむれば、後発組には最上の物件であるといえただろう。
  さしかけた油布は、リリアがどこかで調達したものだ。布端の片側を、尖らせた木の枝に結びつけ、城壁の石組みの隙間に打ち込んで固定している。三角形の不恰好なテントはただでさえ狭いというのに、アレクを寝かしつけるスペースをとるためにさらにギュウギュウづめである。
  アレクたちが警衛隊にしょっ引かれていくのを見送るしかなかったリリアは、ムチ打ちの刑罰は避け得ないと判断、最低限叩かれる回数を買い取れるだけの銅貨を稼ぎのなかからよけた後、宿屋に依存しない長期滞在を可能にすべく油布と何枚かの毛布、それに塩を買い求めたのだった。
  翌日、ムチで打たれて昏倒したアレクを引き取り、ここへと運び入れた。子供たちが留守番をしていたのだが、その間周囲の難民たちが領土侵犯し続けるのを食い止めることができず、アレクを寝かしつけるスペースを回復するのも一苦労であったのだが。
  ともかく。狭いテントの壁際にアレクをうつぶせに寝かせ、残りのスペースに姉妹と子供たちがわが身をねじり込むように居場所を確保している。
  アレクの背中のケガは、年かさのリリアでさえも目を背けたくなるひどさであった。小さな開拓民の村の娘である彼女には、最低限の薬草の知識があった。リリアは官札を握り締めて城外へと走り、半日がかかりで薬草を集めてきた。
  それらをすりつぶす鉢もないため、彼女が口でしがんでから塗りつけた。
  そうしてさらに、アレクは熱を出した。
  仲間がかわるがわる看病するなか、アレクの意識は夢うつつに茫漠とした風景のなか漂い出した。






  いつのまにか、彼は怪我から回復していた。
  うそのような回復速度に不自然さを覚えないあたりそれは確実に夢なのだが、子供らしい快活さを取り戻した彼にはそんな客観視は無縁であった。


  (オレ、傭兵団の入団試験を受けるんだ!)


  そう宣言したアレクは子供たちの間でにわかヒーローになりあがった。


  (うわー、すげーな!)
  (どこの団に入団するんだよ)


  《オークウッド旅団》の子供たちは、長ずればたいていそのまま父親の跡を継ぐ形で入団してしまう。そのことに不思議など思ったこともないのであるが、誰しも世間で名の通った一流傭兵団に自分が所属する姿を夢想するものだ。
  おのれの尊敬する父親があそこの傭兵団はすごい、戦いっぷりはあの団にはかなわないなどと誉めそやすたびに、名の出てくる傭兵団に自分がいたら父親もびっくりするだろうぐらいの想像はある。


  (《火竜のあぎと団》に入団しようと思うんだ!)


  《火竜のあぎと団》…。
  大陸でも屈指の五百人の団員を抱え、十年前のかのウルダン・モスダン両翼戦争にも参加した伝統ある《火竜のあぎと団》は、むろんのこと各国の王侯貴族にも信頼を得ている。
  鶴翼の陣形で挟み込み、中軍正面へと誘い出した敵を強力無比な朱塗りの重騎兵で突貫するさまはまさに火竜の吐く煉獄の業火のごとく。
  《火竜のあぎと団》の朱塗り重騎兵は、斬り込み隊長《朱槍》ハルバル・チザンに率いられる一の隊のみ。精兵中の精兵である。《朱槍》の下で働いていたといえば傭兵稼業で食い詰めることはあるまい。
  《朱槍》に認められて、父さんをびっくりさせてやろう。
  アレク・ハンゼの名を世にとどろかせてやる…。
  《オークウッド旅団》にいるのにずいぶんと団に失礼なことをのたまっているのだが、怒ると怖い団長の目も気にせずに吹き上がる彼にそんな懸念はまったく思い浮かばない。
  《火竜のあぎと団》にオレは入団するんだ…。
  そのまま、アレクの意識は深い深い暗がりのなかに沈んでいった。






  ***






  もう、時間の感覚も怪しくなっている。
  二日?
  それとも一週間?
  どれほどの時間そうして寝ていたことだろう。
  意識のなかにかかっていた霧が晴れて、アレクがもそもそと周囲の仲間たちを目で探していると、そこに目をうつろにさせたレントの姿を見つけた。


  「カビたのでもいいからパン食いてーな…」


  なんだか細くなった観のある子供組の最年長者は、起きているのか寝ているのか、ゆらゆらと頭を揺らしている。
  さらに首を回して見ると、感じていた気配のとおりにほかの子供たちも疲れ果てたように横になっている。
  寝ているのか……そんなふうに気楽なことを考えてから、いやまてと思いなおす。
  もしかして彼らは『干上がって』いるのではないか?
  腕を突っ張り、体を起こそうとすると背中に引き攣れたような痛みが走る。痛いがそれでも我慢できないようなものではない。
  起き出そうとしているアレクにレントが気付いて、目を見開いた。


  「あ、アレク兄ぃ」


  レントの声に、重なるように横になっていたほかの子供たちが起き出した。目をこすりながら起きる彼らにアレクは胸の奥がきゅうと締め付けられた。
  ずいぶんと頬の肉が削げて、痩せている。
  自分は何日寝ていたんだろう。


  「アレク兄、もう痛くない?」


  寝癖で爆発した髪の毛を気にすることもなく、アニタが気遣ってくる。
  どれだけ腹を空かせているかも分からないのに、彼を気遣っている。
  自分はこいつらに命を救われたんだ…。
  情けなさが悪寒のように背中をのぼってくる。
  体には包帯のように裂いた布が巻かれている。出血もまだ止まっていなさそうであったが、痛みさえ目をつむれば動くことはできそうである。


  「もう大丈夫だから」


  体をひねってお尻をつき、本格的に上体を起こす。仰向けになるなど何日ぶりなのだろうか。体がとにかく硬い。
  目をこすっているアニタの髪の毛を整えてやってから、アレクはよろよろと立ち上がった。
  リリアの姿がない。彼女は食料調達に出ているらしい。でも満足に食べ物など持ち帰ったためしはないという。
  動けるうちに食い扶持を稼がなくては。
  最初の数歩は、子供たちの支えを必要としたが、顔色を暗くさせる子供たちににやりと笑ってみせる。歯を食いしばるのは心のなかだけでいい。
  小刀を肩に担いで、少しだけ息を整えてからふてぶてと笑う。


  「《火竜のあぎと》団のとこにいってくる」


  中剣の重さを扱える自信などなかった。
  たった数日寝ていただけで、腕力の衰えをはっきりと感じた。








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