『戦え! 少年傭兵団』





  第16章 『入団試験』












  エデル伯爵に雇い入れられた《火竜のあぎと団》百竜長、レフ・バンナはふてぶてしい男であった。
  体を使う雑務は部下の仕事とばかりに宿舎にあてがわれた兵舎になど見向きもせず、街の繁華街に近い……もっと直截な言い方をすれば色街に近いそれなりに大きな宿屋の部屋を借り切り、『執務室』と名づけて居座っているという。
  傭兵団訪問に子供たちがついてくるといって聞かなかったが、テントをほかの難民に盗られる可能性を示唆すると、男組のレント、アルローが留守番を買って出た。お土産にパンを買ってくるとささやいたことは秘密だが。
  左手にアニタ、右手にルチアを連れながら、もう少し年がいっていれば違う感想もあったんだろうなと想像するアレクであるが、いっては悪いが汗臭くて小便臭いだけの子供ふたり連れてそれはないなと首を振る。


  「おくび、痛いの?」


  ルチアが心配してくれるのに、「すまん」と内心頭を下げる。少しいけない想像してみただけだから。
  レフ・バンナの逗留する宿屋は、《妖精の酒壺》という名の、宿屋兼あっちの遊びを提供する女衒酒場であった。


  「うっそ。信じらんない…」


  以外とこういうことに潔癖なアニタが顔をしかめ、ルチアが見るからにビビリ入ったのは幼少とはいえ女性ならではの嫌悪感からであったのだろう。アレクは存外に平気であったのだが、傭兵団育ちが助平だという先入観を持たれないためにいくばくか躊躇いを演技したあと、「しょうがないから」と宿屋のなかへと踏み出したのだった。
  宿屋の一階はむろん酒場である。
  いわゆる普通の酒場と違うのは、昼日なかだというのに怪しげな香木を焚きこめ、ほとんど裸の女たちが柱にすがりつくようにくねくねと踊っているところであろうか。店のいたるところでやに下がった男たちが、ポン引きたちと金額交渉をしている。
  こういう宿を選んでいるあたり、百竜長レフ・バンナの人となりがおおよそ察しがつくというものである。アニタとルチアはアレクにすがりつきながらでしか歩けないほどドン引きしている。
  テーブルの間を泳いでカウンターにたどり着くと、レフ・バンナの部屋を聞いた。言い渋られるのではと警戒していたのはあっさりと肩透かしとなった。
  レフ・バンナを訪問する人間があまりに多いらしく、店主はトイレの場所を教えるほどの気軽さで部屋番号を告げたのだった。
  301。三階の一番奥の部屋。
  階段を上っていくと、三階廊下には強面のお兄さんたちが複数たむろしていらっしゃいました。食い詰めて腕っ節で稼ごうと決断した難民の若者なのか、市城市民の冷や飯食いの次男、三男の類なのか、就職の競争率を上げる新参者を快く思っていないことを目力に添えてガン見してくる。
  列の最後尾を見定めて、アレクはそこにどっかと坐った。


  「ガキがなんの用だ」


  いきなり威嚇してくる兄ちゃんを軽やかに無視して、抱えてた来た小刀を何度も握りなおしてみる。重さが違和感として手に伝わってくる。少々まずいかもしれない。


  「次〜ッ」


  強い声が部屋のなかから上がった。
  そのあとで部屋から蹴り出される入団希望者。
  平和な時代ならば子供たち相手ににこやかに笑っていれば済んだであろう柔和な顔つきの男が、馬がいななくような悲鳴を上げて廊下にうずくまった。尻を蹴られたらしい。
  あれは不合格だ。
  廊下で順番を待つ者たちは、敗者を哀れむように、男の醜態を沈痛な面持ちで見物していた。次はわが身かもしれないのだ。
  レフ・バンナはずっとそうした面接に時間を費やさされているのだろう。女衒酒場に宿をとったことで生じた誤解を若干修正するアレク。いまはどこにいっても似たような状況なのだろう。少しでも入団希望者が減るように、怪しげな宿に逗留することも頷けるというものである。
  面接は至って短かった。
  むしろ戦慄するぐらいにあっけない審査の連続に、アレクは手のひらに汗を感じた。レフ・バンナは面接に相当に嫌気をさしている。ということは、入団試験は相当にハードルが高くなっているということである。
  アレクは自分よりも順番の早い入団希望者たちの動向を伺った。
  人数は六人。
  どれもアレクよりも年かさでふてぶてしい面構えである。見た目で選ぶなら、決して自分は選ばれないであろう。彼はまだ13歳にしか過ぎないのだから。
  待つこと半刻。
  アレクが様子を伺うその目の前で、六人の入団希望者が全滅した。
  体格、面構え、どれをとってもアレクよりも世間的には評価されておかしくない者たちだった。


  「次〜ッ」


  とうとうアレクの番だ。子供たちの握る手に力がこもるが、部屋のなかに連れて行くわけにもいかない。頭をひとなでして、廊下に待っているように言う。なに、面接は速攻で終わる。
  ドアをノックしようか迷ったが、文官試験ではないのだ。傭兵にそんな礼儀作法をとやかく言うようなことはない。ドアを開け、なかへと入る。
  部屋の窓際に、日差しを受けてソファに座る男がいた。
  《火竜のあぎと団》百竜長。レフ・バンナの名は、業界ではそれなりに通っている。この男がそうなのか。
  座っていても、その雄偉な体格が分かる。組んで投げ出した足が、それだけで子供ひとり分くらいの量感がある。
  でかい男だった。
  半白髪の口髭をじょりりとなぞって、アレクを見据えるその目。まるで冬眠開けの灰色熊のように獰猛な力をたたえている。


  「名は」


  短く聞かれた。
  虚を突かれたのは一瞬のこと、アレクは小刀をベルトに差し込んで、


  「アレク。《オークウッド旅団》斬り込み隊長ドーゼ・ハンゼの息子、アレクハンゼ」


  《オークウッド旅団》の名を聞いて、わずかに目を細めたレフ・バンナは、


  「その刀は、父親のものか」


  と短く問うた。
  アレクが頷くと、それを抜いて構えてみろと言う。
  いったいどんな試験をするつもりなのだろう。警戒しつつも、アレクが小刀を抜いて構えると、そのまま斬りかかってきてみろという。
  ソファにくつろいだまま。
  一瞬、アレクの頭の奥で、かぁっと何かが燃え上がった。子猫でもじゃれ付かせている程度の認識なのだろう。左足をすり足で接近させる。
  そして、俊足の突き!
  むろん本当に突こうなどとは思っていない。紙一重でレフ・バンナの喉元につき付けるつもりであった。


  「《ハヤブサの型》か…」


  アレクは驚愕した。
  いつの間に立ち上がったのか。
  彼の小刀の刀身を首の皮一枚でかわしながら、鼻息がかかるほどに顔を接近させたレフ・バンナ。そのごつい指が、アレクの顎をとらえて上向かせる。


  「ドーゼの息子か。やつとは何度かやりあったことがある」


  気圧される。
  圧倒的な膂力の差ではない。それ以前に、そこに生物として『ある』という存在感が圧倒的なのだ。
  これが歴戦のつわものの迫力。覇気というものか。


  「もう終わりか」


  あっけにとられつつも、アレクは半歩下がって体勢を立て直そうとする。だがそれに合わせてレフ・バンナも半歩進む。間合いがまったくとれない!


  「くっ…」


  アレクはレフ・バンナが前傾姿勢をとり続けているところに目を付けた。
  身を沈みこませて、足払いをかける。体格の圧差が、その動きを容易にしたのだが…。
  足が!
  後ろから半ば引っ掻けるように蹴り付けた彼の足が、まるで立ち木にでも引っかかったように止まった。
  微動だにしない。
  蹴りが不発に終わって体勢が中途半端なままのアレクを、レフ・バンナは酒場のドアでも押すようにとんっ、と押しのけた。
  たったそれだけで、アレクは不様にしりもちをつかされた。その衝撃で、体中に激痛が走る。くっつきかけた皮膚がはがれたかもしれない。いやな汗が滴り落ちる。
  このままでは不合格になる。
  傭兵は死ぬまでみっともなくあがくものだ。死んだらなにも残らない。約束の給金さえも雇い主にちょろまかされる。
  傭兵は、生き残らなければ意味はない。
  この男の急所は!
  目、それとも喉か。
  金的はおそらくガードを仕込んでいるはず。ならば!
  体を横に転がしつつ壁際まで逃れたその瞬間、手を突いて方向を反転させる。体をひねりながらの胴回し蹴り! 
  狙いは男の延髄!
  体術は、戦場で武器を失った傭兵が最後にすがる切り札である。《オークウッド旅団》の男たちが、子供にそれを教え込まなかったはずもない。派手好きの子供は嫌って剣ばかりに執着するものだったが。
  アレク自身、ここで体術を使う破目になるとは想像もしていなかった。
  アレクの渾身の蹴りが、レフ・バンナの延髄に叩きこまれた。
  レフ・バンナは目を見開いた。
  いままさに、《ドーゼの息子》ではない別の人間を目の当たりにでもしたように。その巨体が、かしぐ……かのように観えた。


  「いっぱしに……《傭兵》やってるじゃないか」


  巨体はその場で彼の蹴りを受けきっていた。
  腕でガードするわけでもなく、かわすわけでもなく。
  レフ・バンナは、彼の一撃を首そのもので受けきってみせたのだ!








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