『戦え! 少年傭兵団』
第17章 『新米』
「使えねえやつを置いとく余裕はねえぞ」
レフ・バンナが彼のことをどう評価したのかはあまり定かではなかったが、首にかかった足を邪魔そうにどけると、巨躯をもたげるように立ち上がった。
それで、試験は終わりのようだった。
首のあたりをひと撫でして不満そうに鼻を鳴らしたあたり、彼の体術のデキに不満がありそうではあったが、部屋から叩き出されるような気配はなく。
レフ・バンナが隣の部屋に続く壁を叩き壊す勢いでどやしつけると、従卒らしき若い男が部屋に飛び込んできて直立不動になった。
「こいつを兵舎に案内してやれ」
「か、かしこまりました!」
レフ・バンナ付きの従卒トマ・エサルは、必要以上に上司に近寄ろうとはせず、カニ歩きするようにアレクの背中に立った。
「ついてこい」
くいくい、と指を動かす。
退室ぎわにレフ・バンナを振り返ると、
「傷は早く直せ」すべてお見通しとばかりにニヤニヤと笑っていた。
自分では見えないが、服の背中に血が染み広がっているのかもしれない。わりと大怪我なのだがそれについて気遣いの言葉もかけられないあたり、この傭兵団は相当にタフな集団なのだろう。
アレクの口元にも、自然笑みが浮かんだ。
廊下に出ると、試験の間廊下で待っていたアニタとルチアがぎょっとしたように立ち上がった。聞き耳でも立てていたのだろう。
「受かったの?」
「たぶん、…受かった?」
疑問形ではあるものの、兵舎に通されたのだからおそらくは受かったに相違ない。そうして試験が終わってみて、自分があまりに準備不足なまま試験に挑んだことに思い至る。たいていこういう試験というものは、おのれのもっとも自信のある『技術』を効果的に売り込むものであるからだ。《オークウッド旅団》でも、入団希望者への審査はことのほか厳しかったのだ。
使えないやつは要らない。
おのれの背中を任せられないような腑抜けを入れたところで、団の評判を落とすだけなのだから。
(よくよく考えたら、危なかった…)
ずっと入団試験については戦術を考えていたのだ。彼のいま現在のもっともウリとなる特徴は、いうまでもなく『暗いところで使える』というやつである。
日の落ちた夜を狙って押しかけたり、団の訓練所の暗がりでタイミングを計って潜伏したりなどといろいろと手を考えていたのだが。
怪我のせいで少々冷静さを失っていたらしい。受かったからよかったものの、これは冷や汗ものである。
まあ、ともかく。
その短かなやり取りで、幼女ふたりの表情がぱっと明るくなった。
「それじゃあ、今日はパンが食べられるのね!」
「ルチアはおいものスープが飲みたいの!」
二人の背後に光臨した食欲の守護天使が、いらないやる気を出して翼をはためかしている。いやいや、待て待て。
まだ支度金さえもらってないのにそれは無理だろう。
その幼い扶養家族を見た案内のトマ・エサルは、子供好きなのかふやっと表情を緩めた。
「アレクとかいったか。…おまえ、大変そうだな」
「支度金とか、出るんですかね…」
「規則で銀貨一枚だ。伝えとくから、兵舎の寮監に貰いにいけ」
銀貨一枚!
その言葉を聞いただけで、アレクの心にあたたかな熱が生まれる。
長らく見たこともない色の硬貨だ。世のなか金じゃないと彼も思ってはいるのだが、金がなければ生きていけないのもこの世の習いである。これでまだしばらくは生きていられる。その安心感は、なによりも代えがたい。
種類にも由るが、エデル伯爵が負担しているそれならばマルクト銀貨であろう。その銀貨一枚のいまどきの相場は、銅貨にして32枚くらいだろうか。つましい生活なら、家族五人で二週間ほどは食いつなげるだろう。
トマ・エサルの後ろをアレクが追い、その後ろを子供二人がついてゆく。女衒酒場を抜けて通りに出ると目の前は市城の西門であり、その西門を袋のように囲む石組みの建物が宿舎であるらしかった。立ち番の傭兵にぞんざいに挨拶すると、裏口のステップを上がって建物に入る。
掃除などほとんどされていないのだろう、埃っぽい廊下は傭兵たちの汗臭さが染み込みつつある。廊下には、カーテンで仕切られただけの個室がずらりと並んでいた。
「この部屋を使ってくれ」
《火竜のあぎと団》への厚遇なのか、それともエデル伯爵私家軍の人員が大きく欠乏していたのか、団の傭兵百人が個室使いしても余るほどに兵舎に空き部屋は多かった。
二段ベッドとわずかに空いたスペース。それだけの狭い部屋であったが、個室として使えるのなら充分な広さがあるといえる。ベッドの柔らかさを想像してふわふわと近づいていたアレクを、幼女二人が脇から追い抜いてゆく。
わあっとばかりに先に駆け込んで、ベッドにダイブ!
「お布団、かたーい」
「あたしが上で、あんたは下よ」アニタは自信満々に早くも領土分割を提唱し始める。
いやいや、待て待て。そこはお前らのスペースじゃないから!
案内人の顔色を伺いつつアレクが子供たちを追い出そうとするが、
「ま、いいんじゃないの」トマ・エサルはあっさりと言ったものだった。
「家族呼んだやつもいるし、女引き込んでるやつもいる。世の中物騒だし、手元に置いときたいのもしかたないんじゃね?」
えっ。そうなんですか。
たしかに傭兵は家族を連れて移動するが、たいてい家族は本拠みたいなとこで集団生活するものである。《オークウッド旅団》みたいに本拠の定まらない小規模の傭兵団はしかたなしに家族を連れまわすが、《火竜のあぎと団》のような大所帯はそんな危険なことはしなくていいはずである。団の本拠といえば堅牢で鳴る城塞都市リュベック。そこにいたほうがずっと安全だと思うんだけれど。
「それがなかなか仕事が多くてさ、団員もなかなか家に帰れねえんだ。…だから結局呼び寄せちまうやつが多いらしい」
まあ、いろいろと事情はあるらしい。
とりあえずベッドの上段に陣取って外敵(むろんアレク)を威嚇してくるアニタをえいっと放り投げて、『ここはオレの陣地』とばかりに小刀を置く。上の段は譲れませんとも。何とかと煙は高いところに上りたがるものだが、『何とか』ではないと一応断言しつつアレクも高いところ好きである。
肉のあまりないアニタの体重など軽いものだが、たいした動作をしたわけでもないのに、背中の激痛にベッドに寄りかかる。くっつきかかった皮膚がはがれていく違和感。
「傷の手当もしたほうがいいんじゃね?」
団には医者の真似事ができる人間もついてきているらしい。タダで治してくれるのなら、願ったり叶ったりだ。
領有権闘争を開始しようとしたアニタも、彼の顔色の悪さに気付いて悪態を飲み込んだ。
「アレク兄…」
「オレのことはいいから、テントに戻ってあいつら呼んで来てくれ」
住んでよいのなら、あいつらもここに寝起きさせてやろう。給料が貰えるようになったらどこかに家を借りることも考えていたのだが、すぐにそれを実行できる資金力もない。六人で寝起きしたらさすがに狭かろうが、難民たちのテントに比べればまさに天国と地獄の差がある。
何よりここは嵐が来たって大丈夫なのだから。
居が定まるということは、難民から市民レベルに格上げといったところか。生活も格段に安定するだろう。
朗報を伝えるために駆け出した二人を見送ってから、アレクは従医の場所を聞いた。すぐにでも寮監のところに出向いて支度金を手にしたい気はあるのだが、背中の傷を何とかしないとあとあと大変なことになりそうであった。
(使えねえやつを置いとく余裕はねえぞ)
レフ・バンナの言葉が耳によみがえる。
使えないと分かったヤツは、すぐに団から放り出される。いかに大怪我をしているからといって、給金を貰っているのだからサボっているわけにはいかない。
「当番は三直だ。飯のときに交代する。とりあえずアレっちは夜番からでいいんじゃね?」
トマ・エサルはそばかすの浮いた頬を笑みに緩めた。
もしかして『アレっち』はアレクの愛称のつもりなのだろうか。
「おいらはトマでいい。『トマっぽ』とか呼ぶのもいるんだけど、希望としてトマさんで」
そういう気風の団なのだろう。
とりあえず『アレっち』はないと思いつつも、上下関係のはっきりしたこういう集団で、先輩に向かって『トマっぽ』は殺される。
トマさん、と呼んでみると、トマはうれしそうな笑顔になった。どうやら正解であったようだ。
「詳しい配属は、追って連絡する。とりあえず傷の手当してくればいいんじゃね?」
「ありがとうございます、トマさん」
後で分かった話だが、《火竜のあぎと団》の出稼ぎ組は年少者を置いていくものらしく、レフ・バンナ率いる三番隊も本拠のリュベックに何人か残してきているのだという。
今年で18というトマがバンナの従卒のなかでもっとも年下であったわけで、『トマさん』と呼ぶのはアレクだけであった。
ちなみに、その日からアレクは『アレっち』となった。
むろん、新人使いっぱだ。
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