『戦え! 少年傭兵団』





  第18章 『従卒』












  《火竜のあぎと団》がエデル伯爵により呼び寄せられたのは約一ヶ月前。
  それはくしくも、アレクの父ドーゼ・ハンゼが斬り殺されたあの乱戦が直接の要因であったという。






  このヘゴニアと呼ばれる地方は、もともと大アラキス王国という伝統ある王国の一部であったが、内乱によって王統が断絶するや、周辺の諸勢力の草刈場と化した。
  強大な経済力で周辺諸都市を飲み込んだ自由都市ローニュの都市連合、古来からの封建領主が会盟する大アラキス同盟、大国フランドルの後ろ盾を得て伸張するマリニ公国……この三つの勢力が、日夜寸土を争っていた。
  それほど豊かな土地ではない。文化の進んだ西方列強国が集う中原から遠く離れ、東方の辺地と言ってさえいい。
  が、大陸交易の要衝としての地勢的な価値が、つましい地方をそっとしておいてはくれなかった。
  《東方の火薬庫》と呼ばれるに至ったヘゴニアには、ゆえに引く手あまたの傭兵団が誘引され、各所で剣戟を交わしていた。
  《オークウッド旅団》はローニュを雇い主に、都市連合の前線に出張っていた。そして都市連合内での内紛から勝手に撤退を始めた友軍の捨て石にされた。
  その《オークウッド旅団》を攻囲した一翼を担ったのが、大アラキス同盟に与するエデル伯爵私家軍であったらしい。
  父と仲間たちを殺した仇を見出したわけだが、アレクにはそれを恨む気などほとんど沸き起こらなかった。旅団も各地で散々人を殺してきたし、その最後の撤退戦でも、彼らを囲んだ敵を散々に痛めつけたのだから。


  (だから兵員が欠乏したのか…)


  多くの兵士を失って、エデル伯爵はあわてて『つなぎ兵力』として傭兵団と契約した。領民から兵を補充するにしても、相当数に年月がかかる。
  傭兵団の契約期間は一年。


  「だけどそんなんアテにならねえんじゃね?」


  トマっぽことトマ・エサルの論評は的を得ている。


  「兵士なんてもんは、森に生えるキノコじゃないんだし、一年でポコポコと刈り取れるわけじゃないし。…どうせ二年三年と契約延び延びになって、最後は契約金不払いの挙句『無駄飯ぐらい』めらとか文句言われて追ン出されるのが関の山じゃね?」


  エデル伯爵の領地がどのぐらい豊かなのかは知らない。だが田畑を焼かれたりすることの多いこの時代、経済的にゆとりのある貴族などというものを見たことはあまりない。
  エデル伯爵の与する大アラキス同盟は、旧王国の封建領主たちが自衛のために集まった集団だけに兵数など基本的な勢力は他を圧倒しているのだが、『客より船頭のほうが多い船』と揶揄されることが多いこの勢力は、足並みがそろわず『負けっぱなし』の観がある。エデル伯爵に傭兵団を複数年抱えられるほどのゆとりがあるとはたしかに思われなかった。
  現在のエデル伯爵私家軍の兵数は50ほど。付き従う騎士家は3。
  なるほど、それではちょっとした盗賊団さえも追い払うことができない。
  兵士の錬度もお世辞にも高いとはいえない。現に城壁上で歩哨の任についているのは傭兵ばかりで、伯爵家の兵は『監視』役がひとりあくびを噛み殺しているだけ。たまにある仕事はトマ村で見たように襲われた領村の後始末ぐらいである。
  《火竜のあぎと団》の任務は、平時は市城の守備である。日に三度の食事のたびに当直が交代する形で、3小隊30人あまりが歩哨の任につく。
  《火竜のあぎと団》三番隊の構成は、百竜長のレフ・バンナを筆頭として、10人の十竜長、そしてその下につき従う10人の隊員がいる。兵舎の管理維持に従事する第10小隊を除いた第1から第9までの小隊が、当直ごとの3チームに分かれている。
  アレクは第9小隊に配属された。むろん、隊番が末尾になるほどに相対的に『未熟者』分類される傾向があるようだ。個人的な武勇によりそうでないケースも多々ありはしたのだが。
  第9小隊隊長、十竜長は女性だった。
  シェーナ・ロブソン。
  言っては悪いが、多くの隊長が身震いするほどの『女傑』であった。






  「なるほど、たしかに『ぼうや』だ」


  ぺろりと唇をなめたシェーナの偉容に、アレクは度肝を抜かれた。
  背は2ユルにはさすがに届くまいが、それでもアレクより頭ふたつは上にそそり立っている。鍛え抜かれた腕の筋肉が、少し動くたびにみしみしとよじれるさまは圧巻である。
  体形は女性らしさを失ってはいないが、男とはデリケートなもので、本能的におのれよりも『強者』と認識される相手にそっちの方面の幻想を抱き得ないものである。
  配属先の隊長に挨拶をしてこいといわれてやってきた彼は、シェーナの一瞥で運命を決定された。


  「おまえ、あたしの従卒。決定」


  じろじろと全身をなめるように見つめられて、アレクはヘビににらまれたカエルのように硬直した。なぜかそのとき、シェーナの横にいたもともとの従卒らしき男が心底ほっとしたように観えたのはなぜに?




  ヤッタ…




  そのあふれるような喜びの声が心にまで届いているんですが!
  ユーリという名のこのモミアゲが印象的な金髪の優男は、シェーナの従卒に指名される前は団でも名うての『遊び人』であったらしい。無論それはあとで知った話。
  かくしてアレクは第9小隊隊長シェーナ・ロブソンの従卒となった。
  彼の主任務は歩哨ではなく、シェーナの傍近くにいつも控え、その雑用をこなすこと。伝令に走ったりすることもあるらしい。
  ともかく背中の傷のこともあり立ち仕事からはずされたことは歓迎すべきであったが、シェーナの人使いの荒さが分かってくるにつれ前任者のあのときの気持ちのほとばしりを理解するのにそう時間はかからなかった。


  (歩哨のほうがずっと楽だ……きっとそうだ)


  「喉渇いた。蜂蜜水持っておいで」


  はいはい、ただいま!


  「肩揉みなさい」


  ここですか? このぐらいの加減でいいですか?


  「ガレムのクソ野郎(第5小隊長)に、いっぺん死んでこいって伝言頼むわ」


  なにかトラブルでもあったんですか? もちろんできませんとも。まだクビになんてなりたくないですから! えっ? やらないとクビ? し、死ぬ気でやってきますとも! お待ちくださいレディ!


  「さっさと運ばないか! 食い物は熱いうちが華なんだよ!」


  あの、食事の時はもっとよく噛んだほうがよいのですよ? そんな飲むように食べてたら…。ああっ、はいはい、お待ちくださいませ! 厨房から少し遠いんで……部屋食はおやめに……いえ、けっして批判なんかでは!


  「食べ過ぎたわね…。マッサージなさい」


  足のほうからゆっくりと揉みあげて…。


  「そうそう、うまいじゃないか。そうやって少しずつ上まで揉んでいきなさい」


  ずいぶんと凝ってますね! って、ああこれは『筋肉』ですか。いえいえ、けっしてゴツコツなんかは…。


  「なんだかもよおしてきた…」


  へっ…?
  何かおっしゃいましたか。


  「ムラムラしてきた」


  えっと、それはどういった症状で…。
  ぎゅむっ!
  突然起き出したシェーナに思うさまハグされて、窒息しかけるアレク。折れます。肩が……肋骨が……死ぬ。
  息が荒いんですけれど、まさか。


  「ドウテイでも、やりゃあできるでしょ」


  そんな……オレ……なんか……まだま……コドモ…。
  カクリ。
  アレクは目の前の現実から気を失うことで逃げ出すことに成功した!






  「アレク兄……フケツ」


  アレクが貞操を守りぬいたかどうかは定かではない。気を失っていたのだから仕方がないと思う。不可抗力というものだろう。
  部屋で目を覚ましたアレクは、そこを住処とする住人たちの忌避の視線にさらされて往生した。
  見ると、はだけられた胸元には無数の痣が…。
  こっ、怖すぎる!


  「アレクくん、フケツよ」


  なにか感に堪えない様子で口元を隠して赤くなるリリア。
  うれしそうに観えたのはなんでなんですか?








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