『戦え! 少年傭兵団』





  第22章 『自己証明』












  父は、農民から傭兵になった。
  きっかけは、田畑を異国の軍勢にめちゃくちゃにされたことだったらしい。田畑を受け継いで日の浅い若かりし頃の父は、血の気の多い仲間と語り合って《オークウッド旅団》を結成した。
  オークの木のように堅い(硬い)絆で結ばれた一団、という意をこめたらしい。
  昨日まで鋤や鍬を抱えていた男たちが、次の日には大挙してとなり町の武器屋に駆け込んで、二束三文のくず鉄のような剣を手に取った。
  父の傭兵稼業は、そこから始まった。






  傭兵に必要な物は、頑健な体と、戦うための武器、そして生き残ることへの貪欲さだと聞いたことがある。
  アレクはおのれを振り返る。
  食糧事情はあまりよくはないけれど、体は割と健康だ。それなりに鍛えられた体は年相応のしなやかさを保ち、多少なりとも乱戦を戦い続けるだけの持久力も備えている。そのことにはいささかの自信はある。
  武器も手に入れた。
  小刀と、ぼろっちいが頑丈な中剣。それで充分に戦場働きは可能だ。
  そして心構えでも。
  簡単に死を受け入れる質ではないし、負けるとなったら恥も外聞もなく逃げ出した《オークウッド旅団》の大人たちの背中を見て育ったのだ。バカな騎士にさげすまれようとも、ぬらくらと生き残ってみせる自信がある。傭兵に潔さなど必要ではない。
  傭兵として必要なもの、それらすべてを一応は備えていると思う。
  もしも《オークウッド旅団》がまだ存在していたなら、彼はいまごろ父とともに初陣を果たしていたであろうし、旅団の新しい『剣』として一人前とはいいがたくも足手まといにもならなかっただろう。
  ただひとつ、瑕疵があるのだとすれば。


  (…でも、オレにはちゃんと、『全部』が観えてる)


  ずっとそうではない振りをしていた。
  観るものがそちらにあれば目もそちらを向いていたし、瞬きもしている感覚もある。一緒に暮らしている子供たちにもばれてないと思う。そのことについて別段聞かれたこともないし、不審げな顔をされたこともない。
  何より、ちゃんと戦えているではないか。
  こうして《守護騎士ゼノ》の攻撃だってかわすことができる。けっして能力的に劣っていることはないはずだ。ゼノはおのれの言葉が及ぼした負の作用に驚いて取り繕おうとしたが、もはやアレクの耳には届かなかった。


  「言葉が足りなかったようだ……わたしが言いたいのはそうではな…」
  「オレは傭兵だ」


  アレクは中剣を捨てた。
  まだこの重い武器では、ゼノの動きについて行くことができない。
  証明しなくては。
  《東方の三剣》に。おのれの力を示さなくては。
  小刀を構え、ぴたりとその動きを止める。気息を静めて五感を研ぎ澄ませる。
  どうせ生半可な打ち込みなど容易く弾かれて、彼の心ごと戦闘力をひしぎ折られることだろう。
  最初は戸惑っていたゼノも、アレクの様子からもはや言葉では届かぬと断じたか。構えた大剣がその届きうる範囲を死地と定めた。その中にはハエ一匹たりとも無事には入ることができないだろう。感情の色を消した双眸が、アレクをひたりと見据えて動かない。




  (イチドタタキオルカ…)




  ひそりと声がする。
  アレクは目を見開くが、動揺は一瞬だけだった。
  前にも同じようなことがあった。




  (コノ《サイ》ニハ、テキセツナミチビキガヒツヨウダ…)




  才?
  何のことかはわからないが、ゼノが彼の小刀をはたき落として、決着することを想像しているのが分かった。
  はたき落とすつもりならば。
  それならば武器の上手をとられないようにすればいい。はたき落とすつもりなのが分かれば、それを逆手にとって敵の手を誘い出すことだってできるはず。
  ひとつ呼吸する間に攻撃の流れを組み立てたアレクは、手に力をこめた。
  《ハヤブサの型》から刺突を放ち、その突きを囮としてゼノの剣を振るわせる。あの大剣はアレクの中剣の何倍も重いはずである。一度動き出したら簡単には止まらないし、そこに隙が生まれよう。
  突きの動きを横に流して、小刀の刃先をゼノのがら空きの腹に突き気味に叩きこむ。中途半端でも、あの《東方の三剣》にひと太刀いれたのならば、それが彼の『傭兵』としての力の証となるだろう。
  わずかに、力をこめただけであったのに。ほんの少し足先をずらしただけだというのに。




  (《ツキ》ニクルカ……ソシテソレヲ《オトリ》ニ、チガウセメヲスルカ)




  あっさりと読みきられる。
  さすがは剣匠と呼ばれる達人だけのことはある。背中に嫌な汗が浮かぶ。この達人に比べれば、彼の習い収めた剣法などまさしく児戯である。
  ゼノが驚愕するような奇襲を掛けたいところであるが、彼が繰り出しうるそれなりに研鑽した技は《ハヤブサの型》と《円の歩法》しかない。
  決めた。
  決意と同時に、アレクは突進した。




  渾身の突き。
  迂遠なすり足などはなから無視して、蹴り出しの足の力だけで飛び出した。
  間合いは遠いが、かろうじてゼノの体の一部には届く。
  はたき落とそうとするゼノの振り降し、その伸びた腕の先になら。




  (……ッ!)




  ゼノがわずかに気をそらしたのが分かった。
  アレクの狙いに気付いたのだ。だがすでに剣匠の体は動き出してしまっている。握る手をかばおうと手首をひねり大剣を立てようとするが、勢いを殺し切ることができず剣先が中途半端に宙を泳いだ。篭手を狙った突きはわずかに及ばず弾かれたが、アレクは最初から失敗を織り込んでおり小刀の動きは止まらない。小刀を引きながら右側へと体を入れる。
  アレクの右足が、軸足となって体を回す。


  《ハヤブサの型・二の足》


  思い出した。
  父の得意技であった薙ぎ技。《ハヤブサの型》を間合いを詰めるためだけに使い、突きで相手をひるませた隙に踏み込んだ足を軸に薙ぎ払いに入る。
  気の弱い相手には面白いように決まる技だと父は笑っていた。いままさに問いたい気分である。


  『気の強い相手だとどうなるんだろう? ちなみに相手は剣匠』


  父はたぶん面白い冗談だと大笑いすることだろう。




  ガツンッ!
  止められた…ッ!
  アレクは愕然とする。完全に決まると思っていたのだ。
  上からでなく、下から。
  ゼノは恐るべき膂力で子供の体重ほどもある大剣を切り返して、ごぼう抜きのように下からアレクの小刀をカチ上げたのだ。
  アレクの手を離れた小刀は宙を舞い、井戸の近くにまで飛んでいった。王女さまが結構危なかったのだが、ゼノは主君の悲鳴が上がるまでアレクから目を離すことができなかった。




  (ワタシノテヲ、ヨンダカ…)






  ***






  足元に突き刺さった小刀に腰を抜かした王女さまが、駆けつけた騎士に向かってつけつけと文句を垂れ始める。まるで借りてきた猫というのはこういうことなのだろう。あれほど偉大な剣の達人が、王女とはいえたかが小娘にいいように言われている。
  わずか一合の打ち合いをしただけで、肩で息をしているおのれに気づくと、アレクは力なく笑った。


  (やっぱり、届かないか…)


  結局一撃も当てられなかった。
  主君相手に悄然と背中を丸める騎士の様子を忌々しく眺めながら、ゼノという壁の高さが世界の高さなのだろうと思う。まだ彼の背の高さでは、壁の向こうになにがあるのか見ることもできない。
  がいまはわずかでも、《東方の三剣》ゼノを驚かせられたことに満足しなければならないのかもしれない。
  いずれにせよ、彼が傭兵たるに足りるかどうかは、戦場での実績でしか証明のしようがない。
  エデル伯爵領に、敵が攻め込んでくれば証明のチャンスなどいくらでもあるのに。物騒なことを想像するアレクであった。






  冬を間近に控えたヘゴニアに、静かに暗雲が垂れこみ始めている。
  その物騒な想像が近々に真実となるなど、むろんアレクは知る由もなかった。








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