『戦え! 少年傭兵団』





  第23章 『大アラキス同盟』












  かつて、というほどに昔のことではない。
  ほんの十年ぐらい前まで、このヘゴニア地方は東方でも有数の大国の一部であった。
  大アラキス王国。
  内陸のヘゴニアから北方海へと至る広大な版図を持っていた彼の国は、先王の崩御ののちに起こった後継争いの大乱によって不幸にも王統を断絶した。有力諸侯に推された幾人もの僭王が乱立し、そして次々に暗殺されていったのだ。
  もはや説得力のあるほどに濃い血を継いだ王族はなく、アラキス王家の遠い血縁を盾に継承権を訴える周辺国が王国南部、ヘゴニアを侵した。以来、ヘゴニアは戦火のただなかにある。
  エデル伯は、旧王国の封建領主のひとりである。既得権の保全に汲々とする封建領主たちは、血がつながっているかも定かでない姫を旗頭に血盟した。




  《大アラキス同盟》…。




  かくして日々失われたヘゴニアの失地を回復すべく、彼らは不毛な出戦を続けているのだった。






  「ようやく稼ぎどき到来ってか…」
  「ボーさん、市城に帰ったらバンナのおやじの店に乗り込んで、エールを樽買いしてやろうぜ。がっぽり小銭を稼いで湿気た禁欲生活ともしばらくおさらばだ」


  長い銀髪を飾り紐でくくった優男、アレクの入団で従卒の任から解き放たれたユーリが足取りも軽く前をゆくボーウッドの背中をつついた。


  「勝ち戦で歩合銀貨3枚、騎士をひとり殺るごとに銀貨1枚、敵の指揮官首をとったら銀貨5枚…」


  指折り数えて、ユーリはすでに妄想の中で皮算用を始めている。おのれがこの戦で命を落とすなどみじんも考えていないのだろう。


  「樽一個からエール百杯酌めるとして、銅貨百枚……銀貨3枚か。勝っただけじゃ足がでるな……最低ノルマで騎士のひとりでもやらねえとなんねえか」


  ちなみに現在のマルクト硬貨(旧アラキス王国発行通貨)交換レートでは、金貨1枚=銀貨4枚、銀貨1枚=銅貨32枚とされている。鋳造を厳正に管理される金貨:銀貨の1:4はおおむね固定。雑貨とも呼ばれる銅貨は市場での流通量が格段に多く、発行された国や年代も入り乱れているため重さいくらの扱いとなる。
  《大アラキス同盟》の会同の地に指定されたウントの市城は、エデル伯爵領より南西へ50ユルド、ウント子爵の居城のある町であった。
  この地に《大アラキス同盟》に属する領主たちが会同し、今回ヘゴニアに侵入したとされるマリニ公国の軍勢に当たることになる。《火竜のあぎと団》は雇い主であるエデル伯爵にしたがって、会同の地へ向かっていた。
  エデル伯爵私家軍の内訳は、総勢110人。《火竜のあぎと団》100人に、伯爵の身辺を守る親衛隊10人。伯爵家の兵士はほとんどが市城に置いてこられた形である。まあ、どこの馬とも知れない傭兵を留守の市城に置いてくることなどありえないことではある。
  《火竜のあぎと団》は私家軍の隊列の前後を守り、隊番の若い順に前から第1小隊、第2小隊、…第5小隊までが前衛、第6と第7小隊が伯爵のいる中軍の脇を固め、第8、第9小隊が後衛となっている。
  アレクは第9小隊長シェーナ・ロブソンの従卒として、隊列の後方、シェーナの乗騎の手綱を引いて歩いている。馬のだく脚はひとの徒歩よりは幾分早く、徒歩組はそれなりに意識して早歩きせねばならない。


  (ウントに、どれぐらいの軍勢が集まるんだろう…)


  行軍速度は通常一日40ユルドといわれることから、到着まで一日と少しの行程。エデル伯爵領が南部寄りであるためにおそらくもっとも早く集合する領主軍のひとつといえるだろう。
  アレクは戦況を分析する。


  (マリニ公国の軍勢は七千ほど……友軍は伯爵みたいな領主が百も集まるんだから、大体全部で1万くらい…)


  1万という軍勢は、それなりにたいした大軍なのだが、いかんせん烏合の衆として定評のある《大アラキス同盟》の領主軍であるから、よほどの兵力差がない限りはなはだ不安であるといえる。
  一方、ヘゴニアに侵入を開始したというマリニ公国はそれなりに強兵であるとされ、とくに長い槍で隊伍を組むマリニ槍兵は騎兵殺しとして有名だった。さらには、その後ろ盾となる大国フランドルの存在もある。西方国境で泥沼の領土紛争さえなければ、10万のフランドル兵がヘゴニアになだれ込んでいたであろう。


  (それなりに統制がとれて、指揮官がよほどのバカでもない限り、互角以上には戦えるはずなんだけれど……少しでもたくさん多く集まればいいな)


  兵士は多ければ多いほど有利だし、言ってはなんだが万一壊走したときでも逃げる兵がたくさんいればそれだけ『肉の壁』が多いということで、傭兵にとって遁走するチャンスが拡大する。


  「いくさ場は初めてなのか?」


  馬上のシェーナから声がかかる。観ると、彼女はこちらを見てにやにやと笑っている。何かおかしいことでもあるのだろうか? アレクはおのれがいまどんな顔をしているのか想像して、自覚できないままに首をかしげる。


  「舞い上がって疲れも感じないか」


  シェーナはくつくつと笑う。移動の間、この軍勢を見て襲ってくる盗賊の類などあるわけもなく、いたって平和に、馬上にて無聊をかこっている第9小隊長は、従卒を言葉で弄ることに喜びを見出したようだった。
  どうやら軽く興奮状態にあるらしく、アレクは頬を上気させていたらしい。
  シェーナのやや後ろにいたリゼリアから頬を指差して指摘されてようやくアレクはおのれの状態に気づく。
  自分的には、ベテラン傭兵よろしく水のように平静でいたつもりなのだが。恥ずかしさでよけいに顔が熱くなる。
  アレクは背中に毛布や糧食などの詰まった団支給の旅嚢を背負い、左の腰に中剣と小刀を吊っている。割と軽装ではあるのだがそれでも子供一人担いで歩いているぐらいの重量がある。


  「…かわいい」


  リゼリアのつぶやきが、新米傭兵をいたたまれないくらい恥ずかしがらせたのはアレク的に秘密であるが、見る者すべてにバレバレであった。






  伯爵私家軍が会同の地、ウント市の郊外に到着したのは、夕刻の遅くなってからであった。
  かつては豊かな麦畑が広がっていたであろう広大な焼け野原が、軍勢の集結場所と定められ、大体畑一枚を四等分した大きさで縄張りがしてあった。その一区画が、各領主軍の駐屯割り当て地らしかった。
  到着の順番は、予想通り全体でも3番目くらい。彼らの姿を認めたウント子爵領の文官らしき男が二人の兵士を伴って伯爵のもとへと駆けて来た。


  「お待ちしておりました、伯爵閣下」


  領地が近しいためか、伯爵とその文官は旧知のようである。
  エデル伯爵とその側近数人が、文官の先導でウント市城内へと歩いてゆく。むろん領主や一軍の主将が兵士とともに野営などするはずもなく、おそらくそのまま城内に用意された宿舎にとどまることになるのだろう。


  「野営の準備を開始しろ!」


  シェーナの指示で、第9小隊は定められた場所にテントを組み立て始めた。畑四分の一のスペースとはいえ、テントが五十も建てばぎちぎちである。用地の中心に煮炊きの広場を作り、そこを基点に十字に通路が最低限確保されている。このあとやってくるであろうほかの領主軍が隣の用地にやってくれば、自然と通路が連結されてゆく。詳しく説明されるまでもなく、それが《大アラキス同盟》の会同地でのルールと大方の者が知っている。
  アレクはシェーナ用のひと回り大きなテントをユーリの手伝いで設営すると、隣のテントに荷物を詰め込み出したボーさんに「オレはどこで寝ればいいんですか?」と間抜けな質問を口にしていた。
  ボーさんはごま塩の無精ひげをしごきながら彼の顔を見返して、「認めたくないのは分かるがあきらめろ」とにやりと笑った。
  その瞬間にアレクの血圧が急降下したのはいうまでもない。


  「なにをしているんだ。ぼうやの荷物はそのへんの隅にでも突っ込んでおけ」


  テントから顔を出したシェーナが顔色の悪くなったアレクを見上げて(単にしゃがんでいるから)言った。


  「従卒が近侍せんでどうするんだ」


  獲物を目にした肉食獣が舌なめずりするように、その口元には獰猛な笑みがゆがみを作った。
  旧アラキス王国の版図は広く、領主軍が集結を完了するまで何日かかるか知れたものではない。
  アレクは雨に濡れた子犬のようにプルプルと震えた。
  いくさより怖い。








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