『戦え! 少年傭兵団』





  第24章 『初戦』












  高ぶりを押さえることができなかった。
  何度も装備の点検をした。
  高ぶったまま、周囲の傭兵たちを見回した。






  傭兵は騎士のように立派な甲冑は身に着けていなかったが、それなりに丈夫ななめし皮の防具を揃えているものだった。
  ベテラン傭兵のボーさんは、長年の稼ぎを潤沢に投資し続けている証左として、編みの細かな上等な鎖帷子と鋼製の冑、磨きこまれた円盾まで持っていたし、リゼリアも鎖帷子のほかに多少の矢など防いでしまうに違いないなめし皮を何枚も重ねた上等な外套を着けている。ユーリなどは鋼製の胸当てさえも持っていて、アレクはものほしそうにそれらを眺めるばかりであった。


  「アレっちは、うまく生き残ることだけ考えたほうがいい」
  「どうして?」
  「その無防備な格好で戦いに臨むなんざ、自覚のない自殺志願者かただのバカだからだ」


  ボーさんに言われて、アレクはおのれの貧相な装備を改めて見下ろした。
  まともなものは、ベルトに挿した小刀と中剣。そしてそれだけではあんまりだろうと、シェーナが使用許可を出した練習用の木の盾と、よれよれの膝当て。ただそれだけ。
  あとはただの旅装。身軽さの点では利もあっただろうが、防御力についてはお寒いというしかない。敵の攻撃を少し受け損なっただけで致命傷となりかねない。
  木の盾に至っては軽い練習用にしか過ぎず、かろうじて剣や槍をいなせる程度で、おそらく弩の矢などは簡単に貫通してしまうだろう。
  飛来する矢を視認するのは、よほど目のいい人間でも難しい。敵の弓兵が斉射を始めたら、木の盾など気休めにしかならない。
  危険なのは分かっている。
  それでも。
  おのれは『傭兵』なのだ。
  戦場稼ぎだ。雇い主の《剣》であることを期待されて、ここにいる。
  《火竜のあぎと団》3番隊総勢100名。
  馬上で漆黒の騎槍を構えた第9小隊長シェーナが空け染める払暁の空を見上げた。その先で、燃えるような赤い房飾りを揺らす朱槍を天へとさし上げた《火竜のあぎと団》3番隊主将レフ・バンナの人馬が馬首をめぐらせた。
  粛、と。
  100人の『傭兵』たちが、地平ににじみ出すように現れた敵の軍勢を見た。
  『傭兵』の仕事が始まろうとしていた。






  参加勢力




    《マリニ公国》7000余。


      ・ 長槍兵(パイク)2500。
      ・ 弓兵(ロングボウ)200。
      ・ 弩兵(クロスボウ)1000。
      ・ 軽騎兵1500。
      ・ 重騎兵200。
      ・ 傭兵部隊800。
      ・ 予備兵(輜重部隊等)800。




    《大アラキス同盟》11000余。


      ・ 槍兵3000。
      ・ 弓兵(ロングボウ)100。
      ・ 弩兵(クロスボウ)1300。
      ・ 軽騎兵2300。
      ・ 重騎兵300。
      ・ 傭兵部隊2500。
      ・ 予備兵(輜重部隊等)1500。






  数字の上だけなら、《大アラキス同盟》が優位に立っているが、この程度の数的優位で彼らがほとんど勝ったためしがないという恐るべき事実が、彼の同盟兵を『烏合』と呼ぶ根拠とされている。
  《マリニ公国》の長槍兵の精強さはつとに有名であるが、長槍兵は防御のための兵科であり、騎兵比率の多さが『侵攻軍』としての色を明らかにしている。
  《大アラキス同盟》は騎兵の数で大きく上回っているが、それは彼らが『領主軍』であり、貴族比率が非常に高いことに由来するに過ぎない。傭兵部隊は個々の領主が雇い主であり、ほとんど未編成状態で各領主軍に散在している。






  (これはまずいんじゃないのか…)


  初陣のアレクでさえもそう思うほどに、《大アラキス同盟》は烏合の衆であった。同じ兵科で集まりはしたものの、合同演習などまったく皆無で、個々の勇戦に期待するなどと騎士たちが抜かしている。まじで。


  「あらー。こらまずいわね」


  シェーナが嘆じた。
  眼前で、勇猛なお貴族さまたちによる《大アラキス同盟》の突撃が始まっていた。
  たしかに同盟側の騎兵は数で上回っている。これぞ貴族の誉れとばかり、従兵に家門の旗などを立てさせて、待ち構える《マリニ公国》軍に突撃してゆく。勢いばかりはたいしたもので、これで相手も騎兵で応戦してくれればずいぶんと勇壮な乱戦となったであろう。
  だが、《マリニ公国》軍は、騎兵を後方に控えさせたまま、長槍兵部隊で築いた堅牢な陣で騎兵を迎え撃ったのだ。長槍兵の槍衾と騎兵の相性は最悪である。アラキス貴族たちによる苛烈な攻撃は長槍の壁によって阻まれ、崩しきれぬままに最初の衝力を失った。
  元来捨て身になどなれない貴族たちは、槍衾に馬を右往左往させている間に、両翼の弓兵に囲まれて矢の雨を浴びせかけられた。


  「あっ、逃げた」


  リゼリアがつぶやいた。
  アラキス騎兵たちが尻をまくって逃げ出した。景気づけどころか、自分で出鼻をくじく意気消沈の展開である。
  逃げ始めたアラキス騎兵をみて、マリニ騎兵が雪崩を打って突撃を開始する。あっさりと攻守交替である。


  「弓兵、前へ!」


  友軍の後退を援護すべく、《大アラキス同盟》は寄せ集めの弓兵部隊を前進させ、追撃するマリニ騎兵に矢を浴びせようとするが…。


  「射程短いんだから、前進させるの早すぎ…」


  ユーリが苦いものでも飲んだように眉間にしわを寄せた。
  騎兵とはたいてい騎士階級以上、イコール貴族といって差し支えなく、最初の突撃で『名誉欲』を充足させた彼らは、その次におのれの『安全』を要求する。
  連射能力の高いロングボウ兵ならば多少の牽制にはなったであろうが、《大アラキス同盟》の弩兵比率は高い。弩(クロスボウ)は扱いが簡単な反面連射性能に劣り、一度発射したら板バネを引くまで次がなかなか打てない。マリニ騎兵は最初の斉射さえしのげば、あとは無双状態となった。
  前衛になってしまった弓・弩兵たちは、陣奥に逃げ込んだ味方騎兵たちに取り残されて、大混乱に陥った。


  「あっ、呼ばれた…」
  「きさまら、いくぞ!」
  「お、おう」


  《火竜のあぎと団》100名は、伯爵閣下の命により動き始めた。
  傭兵の使いどころは、すなわち乱戦!
  実際のところ、『剣』という武器が主役であった時代はとうの昔に過ぎ去っている。丸盾片手に剣士が突っ込んでいくというシチュエーションは、攻城戦のときぐらいなもので、野戦ではせいぜい乱戦時の穴埋め程度である。まあ、烏合の軍として定評のある《大アラキス同盟》では、ある意味必須の兵科であったかもしれない。
  アレクは一度中剣の柄を握ったが、思い直して得物を小刀にした。脳裏には、ゼノとの打ち合いが浮かんでいた。


  (いまは、こっちのほうが使える…)


  背筋をつたって、おののきが這いあがってくる。
  恐れよりも高揚がまさる。手足に伝わる身震いが、歩みをぎこちなくさせる。足がうまく上がってないのか、つま先がよく草にとられ、石ころを蹴飛ばした。


  「アレっち、リラックス」


  リゼリアが、彼の肩を叩いて追い抜いていった。いつのまにか、アレクは第9小隊の最後尾に遅れていた。
  空気が震えている。
  鉄と鉄とがぶつかり合う音ひとつひとつが、生死を賭けてしのぎあっている。馬蹄が地面をプディングのように揺らしている。




  殺し合い。




  顔を上げたアレクの眼前に、『傭兵』たちの仕事場が広がっていた。








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