『戦え! 少年傭兵団』





  第36章 『追求』












  ゼノは、おのれたちの境遇についてなにも語らない。
  王女様などなおのことである。自らの出自も、その追い詰められた状況も、彼らはただ黙して闇の中へと隠し立て、次への行動指針を示すのみであった。


  「すぐにここを引き払う」


  ゼノの有無を言わさぬ命令に、人々はただ反射的に反応し立ち上がった。
  今夜はゆっくり休めると思っていた者たちは不満を顔に表したし、市城の近くとはいえ山の中にあるこの狩小屋がそう簡単に見つかるはずがないとたかをくくる者たちは手荷物を取り上げることをためらった。


  「早く逃げたほうがいい」


  アレクに迷いはなかった。
  彼はゼノの決断に大いに賛成であったし、また彼の報告を即座に取り入れて脱出の決断に至った偉大な剣匠の果断に応える義務があった。
  あの白鎧の戦姫は、確保した領民たちの口を早々に割らせ、おのれの追い求めるルクレアの王女の背中へとその長い手を伸ばすだろう。逃げてきたのが夜であったために苦労した道程だが、実際のところエデル市城からこの狩小屋までの距離は、おそらくほんの数ユルド、日中ならば軽いハイキング程度のものである。馬ならば半刻とかからずやってくることができる。
  ともかく、あの戦姫が王女とゼノを追っていることは納得してしまったアレクであったが、その理由についてまでは到底理解していない。
  リリアたちに荷物の準備をお願いしつつ、取り戻した剣の手入れを素早くこなしているアレクの脳裏には、いくつかのルクレア王女の逃亡珍道中シナリオがいくつか展開されていた。


  (ルクレアの王女様が、血縁を頼ってマリニ公国に身を寄せるなんて話は少し聞いていたけれど…)


  なんで逃げてんのかな?
  首を傾げざるを得ない。
  国を失ってあてどなく放浪する主従には、強力な庇護者が必要である。血縁がどうのというあたりはよく分からないけれども、マリニ公国の保護のもとに身をおくことは主従にとって悪いことではない。彼らは国を逐われてからおそらくは保護してくれるであろうマリニ公国を目指したに違いないし、現に東辺の小国ルクレアからこのヘゴニア西部地方にまで来ているのだ。こうしてマリニの戦姫が探してくれているのだからすぐにでも出頭して保護を願い出ればいい。
  だが、この主従は戦姫の追及の手を払いのけて逃げおおせようとしている。
  マリニ公国の保護を拒否しているのだ。
  路銀もなく、寝床どころか食うにもこと欠いて、エデルでは無線宿泊のかどで牢屋にさえぶち込まれていた。そこまで困窮しているというのに、保護を拒否する。
  何かきな臭い裏事情がありそうだが、むろんアレクのようなかけ出しの傭兵風情に推論の根拠のなどありはしない。ただ、ルクレアが滅んだのはもう数ヶ月前の話であるし、その間放浪し続けている王女たちがマリニにたどり着かないはずもなく、おそらくはいったん保護されてから、『後ろ足で砂をかける』ようにマリニ公国を飛び出したのであろう。
  相手が亡国の王女であるから、妾にしてやるとかの無体な要求でもあったのか。それとも望まぬ縁談でも持ち上がったか…。






  「なにひとりでぶつぶつ言ってるの」


  ぼうっとしていたらしい。
  間近にアニタの問いたげな眼差しを見つけて、わたわたとあわただしく立ち上がるアレク。
  見回すと、全員の準備が整っていた。難民たちは不服そうではあるものの、狩小屋に隠されていた食料、衣服の類をあらかた回収したためか膨れ上がった荷袋を抱えて、顔色もやや明るい。生きる糧を一時的に得たことで、前途に希望を持ったのか。
  もうそろそろ夜が明けるのか、外は薄く光を帯び始めている。狩小屋の前庭に集まった彼らは、ゼノの目配せのみで静かに移動を開始した。


  「あの……伯爵さまたちは、やっぱり置いてくんですよね…」


  リリアが小声で聞いてくる。


  「ムッ! ム〜ッ!」


  猿轡されたエデル伯爵とその騎士たちは、おのれの存在を誇示するように体をよじってうなり声を上げたが、難民たちのざわめきに振り返ったゼノは、もの言わず剣の柄に手をかけた。



  「われわれがどこに向かうか、あとで証言されても困るな。ここは口を封じて…」
  「ムッ! ムムムッ!」


  今度はこっちにこないでくれと必死のアピールに入る伯爵。その横ではおのれの主人の情けない姿に、騎士たちが目もとを曇らせている。


  「やめておけ」


  救いの主は、騎士の主人だった。
  もはやそのフードの人物が少女であることは皆の知るところであり、騎士を従えているのだから没落貴族の姫君なのだろうという簡単な想像は暗黙の了解となっている。


  「時が惜しい。それに周りをむやみにおびえさせるな」
  「おおせのままに」


  ゼノが剣を収めると、安心したのか伯爵はぐったりと動かなくなった。伯爵を一瞥して、ゼノは山道を市城とは反対方向に歩き出した。それはおそらく、この木々の緑の濃い山を抜けて、東のいずれかの街道につながると思しき道である。深い山ではない。おそらくは半日とかからず平地へと抜けられるだろう。
  その山道は馬車も入り込んでいるのだろう。それなりに幅も広く、地面も砂利がちでよく締まって歩きやすい。朝焼けとともに発生した薄い靄がすぐに狩小屋を背景の中に飲み込んでいった。
  空気が冷え込んでいる。吐く息が白い。
  アレクはゼノのすぐ後ろを歩いている。そのまた後ろを四人の子供たちが、そのさらに後ろをリリアが子供たちの保護者然と歩く。子供たちが動き回らないように見張りをしてくれているのだろうけれど、彼女の心配は取り越し苦労であったろう。普段は騒がしい子供たちであるが、ちゃんと周囲の空気を読む能力は年不相応に備えている。子供たちのしかめつらしいの顔を見ると発作的に笑いの震えがのぼってくるのだけれど、彼らはこの逃避行に対して非常に真剣だった。
  半刻ほども歩いた頃であろうか、先頭を歩くゼノが同行者たちを立ち止まらせた。何事かとたたらを踏む難民たち。アレクはわけも分からぬまま敵が近づいているのかと吊るした中剣に手をやって腰溜めに身構える。まだ狩小屋を出てそれほど時間も経っていない。まさかもう追っ手がと背中の手荷物から木剣を取り出してアレクとともに身構え出す子供たちも顔色を悪くする。


  「あー」


  ずいぶんと間延びした声で、ゼノは同行者たちの耳目を集めることに成功する。そうして、やにわに彼は語り出した。
  自分たちがさる王国の王女とその守護騎士であり、マリニ王国の兵に追われているということ。自らに同行することがいかに危険で命知らずだということを。
  いまさらな話である。
  はぁ? …とでも言いたげにアレクが顔をしかめるが、実はその明白な事実関係に驚愕していたりする難民が多いことに気付く。実際はあんまり察しのよくない人が多かったらしい。おいおい、そこでびっくりした顔してるお子様たち。空気は読めるんだから少しは察しようね。


  「次に向かう街までは護衛も兼ねて連れて行くつもりであったが、マリニ兵の追っ手がかかると分かったいま、やはりいささか無謀な試みであったと認めねばならなくなった。おまえたちに選択の余地を与えぬことは公平とはいえぬ。…この誰もが『道』と分かるこの山道を行けば、いずれ彼奴らに簡単にら捕捉されることになるだろう」


  ぶっちゃけ話である。難民たちは、とたんにそれぞれの家族や同行者たちとのあいだで論議を開始した。明白な危険が提示されているというのにすぐに結論が出ないのは、彼らがどこにも寄る辺のない孤独な『難民』であったからだろう。難民の扱いなどどの町に行ってもさして変わるものではない。
  だが追っ手であるマリニ兵の暴虐も知っている彼らは、短い議論の末別行動することを選択した。


  「われわれは道を逸れて山に分け入る。おまえたちはそのまま山道を進んで、最寄に町に身を寄せるがいい」


  ゼノは木々の陰が薄い沢の上流を指差した。水もほとんど流れてはいないが、山深くに分け入るにはそれなりのルートに見える。
  しかし山に分け入ったところで、ほかの土地に移動するのに難渋するばかりでメリットとかはあまりありそうもない。


  「行くがいい。彼奴らは程なくやってくるだろう。われわれがおらぬほうが言抜けも容易かろう」


  難民たちが歩き出す。
  そしてリリアもその後に続こうとして、立ち尽くすアレクの姿に戸惑ったように立ち止まった。


  「アレクくん…?」


  リリアの感覚的にも、この危険な主従から距離をおくほうが安全であると思えたのであろう。
  だが。
  アレクは《東方の三剣》たる剣匠の、弱者たちを簡単に見放す薄情な行動に違和感を感じていた。
  じっと、アレクはゼノを見やった。たまたま合った両者の視線が、無言の会話を成立させる。




  ワガタクラミ、ミスカシタカ…




  その声無きつぶやきをアレクは受け止めて、口の端を引き上げるように笑った。ああ、おそらく見透かしたとも。
  最初からこうするつもりだったんだろう。あの地下水路で足手まといでしかない難民たちの同行を促したときも、こういう場合のことを想定してのことであったのだろう。


  (偉い騎士さまだってのに、こすっからさは傭兵顔負けかよ)


  アレクの眼差しを振り切るように沢を歩き出したゼノたちは、数十ユルも行かぬあたりで森の木陰に身をひそめ、難民たちの動向をうかがいつつ山道と平行した森の中を進み始めた。
  なにも知らぬ難民たちを、ゼノは囮に使うつもりなのだ。
  一筋縄ではないこの主従に呆れつつも、それでもゼノの剣の庇護を受けたほうが旅は安全になるに違いないとアレクはすでに肝を据えている。
  しばらくはついて行こう。最低でもリリアや子供たちの身が安全な場所までは。
  ゼノが獰猛な虎であるのなら、アレクの剣の腕など所詮子犬程度。ならば闘うもののない羊の群れである難民たちについて行くよりも、強者に庇護を求め
  ついていったほうが何層倍も安全である。
  アレクもまた、傭兵らしい打算のもと、家族の安全を図るべく森のなかから山道を歩く難民たちを見る。知らぬが花というのはこのことであるのだろう。


  「ゼノさんを見損なったわ…」


  リリアはそうつぶやいてから、それでもゼノたちとともにあるおのれに気付いて押し黙った。








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