『戦え! 少年傭兵団』





  第37章 『裏の裏は表』












  アレクの憂慮は、一刻を待たずして現実のものとなった。
  追っ手は、百騎ほどの軽騎兵だった。
  騎馬集団特有の地鳴りに似た馬蹄の音とともに姿を現したマリニ騎兵が、徒歩でずいぶんとかかった距離を瞬く間に駆けつぶしてゆく。いちはやく事態に気付いたゼノの指示で全員が身を伏せるなか、アレクは眼下に見え隠れする白っぽい山道を通過する騎馬の集団を心の目で追った。
  その先頭には、やはり白い鎧姿。
  マリニの戦姫。


  (小勢じゃこないか……《東方の三剣》相手じゃ賢明だけれど)


  その白い姿は、本当にどこにいても目立つ。隠密行動とか考えたこともないくらい規格外の姫君なのだろう。豊かなブロンドこそ兜の中に納めているものの、男性用のそれとは構成する曲線が別物の鎧。朝焼けの光がそれを照らして、夜目の利かない常人の目にも印象的に映るに違いない。


  (どんな顔してるんだろう…)


  もっと近くで観たいとも思ったが、姿なき観察者である彼の存在を簡単に見抜く相手であるから、いらぬ危険を招き寄せぬためにも自重せねばならない。
  アレクはゼノを観る。
  剣匠は騎馬の群れが真下を通り過ぎ、囮の難民たちに食いつくまでこそりとも動かなかった。


  「わああっ!」


  難民たちのものと思われる叫び声が森に響いた。






  ゼノという騎士は、本当に油断のならない人物である。


  「われわれがおらぬほうが言抜けも容易かろう」などと言っておきながら、おのれの言葉など寸毫も信じていなかったのに違いない。割と近くに身をひそめているため時折難民たちの懇願や抗議の様子が伝わってくるのだが、その戦姫による詮議は割と過酷だった。
  「怪しいふたり組と一緒ではなかったのか?」
  「何のことですかな。私どもはただの難民……エデルの城を目指しておりましたがいくさがあったようなんでほかの町を探そうと…」


  ゼノのフリ通りにまったく無関係を装うとした難民たちであったが、代表してしゃべる男が突然騎士のひとりに膝の裏を蹴られ、這いつくばらせられたのを合図として。騎兵たちが左右に展開して難民たちを包囲する。


  「次に真実を偽ったなら、わが守護精霊の名にかけて貴様の舌を引っこ抜くぞ!」


  当たり前のように言い逃れを見抜かれて。
  剣の鞘で小突かれるうちに、代表の難民は陥落した。


  「…で、そのふたりはどちらへ向かった?」
  「ほんの一刻ほど前に沢で別れて、上流へ登っていきました」


  まあ、吐かされるのは仕方がないか。ゼノはその展開を予想した上で、難民たちに誤情報を与えているのだが。こうしてオレたちはすぐ近くに潜んでいます。とりあえずごめんなさい。
  戦姫の顔はこずえに隠れて見えない。ただわずかな身振りで、騎兵たちが動き出したのが分かった。証言した男は馬の鞍へと引き上げられ、道案内をさせられるようだった。
  十騎ほどを難民たちの監視に残して、残りがあの沢へと急行する。
  その間、わずかに四半刻ほど。戦姫の姿は、まさしく風のように視界から遠ざかっていく。


  「そろそろ頃合か」


  ゼノが物音を立てぬようにと、口に指を当てながら立ち上がる。リリアと子供たちもわきまえたように静かに立ち上がる。
  完全に音も無くなどとは無理な話だが、下にいる騎兵に聞こえない程度の静かさならば問題ない。一行はそこからしばらく歩きにくい山の斜面を移動して、騎兵たちの姿が見えなくなったあたりで、大胆にも山道まで降りてしまった。


  「しばらくは見つかるまい。なら歩きやすいほうが疲れん」


  とはゼノの弁である。
  難民たちを早々に切り離して、自分たちは『別方向に逃げた』と誤誘導させたのはこのためだったのだ。彼らは当たり前そうに足止めされる難民たちを追い抜いて、本来の山道へと復帰する。『別方向』の真偽を確かめるにはまだしばらく時間がかかるであろうし、監視の騎兵を残した山道の先はおそらく警戒の外となる。たしかに安全かも。
  まさに、裏の裏は表。
  しかも監視の騎兵が保険となって、『知らぬ間に追い抜かれる』可能性に想像が行き当たることを阻害している。あの隙のなさそうな戦姫を、やすやすと出し抜いたのだ。
  これが《小国に過ぎたるもの》といわれた偉大なる騎士の片鱗であったのだろうか。アレクの目にゼノは偉大な《剣匠》としか映っていなかったが、真実は小国ルクレアの国軍を指揮し、為政においても言に重きを置く政治家であったのかもしれない。周辺の諸侯が称揚し、帷幕に招きたがる所以といえるだろう。


  (オレも、いつか追いつけるのかな…)


  身の程も知らず、目標に定めてしまった偉人。追っ手のことなどすでに頭から掃き出してしまったように、山道を闊歩する雄偉な背中。


  (すごい人だ)


  身の裡がかっと熱くなる。
  おのれもいつか、こんなすごい剣士になりたい。心酔を深めるうちに、アレクはいつの間にかゼノの心の声を耳に拾っていた。




  ハンニチハカセイダカ…。




  それは心底ほっとしたような声。
  ゼノの背中からはうかがうことのできない硬く凍ったような緊張の氷が、言葉の震えとなって耳に届く。




  ウンガヨカッタ…。マタキョウイチニチ、デンカヲブジ……マモリトオセラレルナラチョウジョウ…。




  羊飼いの主人の背中を見上げる新米の牧羊犬のように、ひとつひとつその心の声を拾いながら、アレクは冷静さを取り戻して値踏みする。
  羊飼いは、狼の群れを見つけてもおのれの羊を守るべく毅然と背筋を伸ばし、犬たちを指図する。でも、おそらく羊飼い本人は逃げ出したいくらいの恐怖に襲われている。
  ただ顔に出さないだけ。
  態度に示さないだけ。
  実際は、ぎりぎりなのだ。
  今回のことも、地下水路を脱出した時も、ほんの少しばかり『運』がよかっただけ。この偉大な騎士は、おのれの主人を守り通すその使命を果たすことに一時成功しただけで、困難はいまだに継続中なのである。
  子供たちは興味深げにゼノの動きを目で追っている。レントとアルローはゼノの皮のマントを熱心に観察し、小突きあっている。そのうちマントが欲しいと騒ぎ出しそうだ。
  ルチアの手を引くリリアさんは、難民たちを騙すような手段を使ったゼノにあまり感心しないふうであったが、山道に降りて歩きやすくなると、現金なものでその旅の快適さを回復させた知恵には敬意を示すことにしたらしい。
  それから数刻くだりの続く山道を歩くと、やがて森を抜けた。
  平地になったとたん、荒れ果てた田畑の広がりが彼らを迎えた。
  かつて、そこそこの大きさの村があったに違いない。森を通り抜けた道は、焼け落ちた無人の村を通り抜けて、太い東街道に合流した。


  「できれば馬を調達しようと思っていたんだが…」


  村の廃墟で落胆したようにゼノが口にするのを、罪を知らない子供たちが軽々と突っ込んだ。


  「そんなお金、どうせ持ってないジャン!」


  まあ、真実ではあるけれど。
  きょとんとしたあとに、ゼノがおかしそうに笑い出した。
  なぜかツボにはまったようだった。








back//next
**********************************************************





ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります!!

ネット小説ランキング>【登録した部門】>戦え!! 少年傭兵団



inserted by FC2 system