『戦え! 少年傭兵団』





  第39章 『戦姫テレジア』












  早々に追い詰められると覚悟していた。
  焦りで嫌な汗を掻きながらも、街道を東へ、少しでもマリニの軍勢から距離をとるべくヘゴニアを北東へと進んだ。
  あれから半日。
  追っ手の姿はとうとう現れず、一行は割合に大きな集落のある村の近くまでたどり着いていた。その村は、エデル伯爵領の東辺、アンハール子爵領に程近い開拓村であっただろう。いまだ戦火に焼かれていないとはいえ、いわば最前線に近い一帯であるので、逃げ出した住民も多いのか活気のない陰気な雰囲気の村である。
  本当ならば村に入って厩でもよいから雨風のしのげる屋根の下で休息をとりたいところであったのだけれど、ゼノは少しだけ思案するように難しい顔をした後、あえて村には入らず森のなかで身を伏せることを選択した。


  「ぼうず、これでパンでも購ってきてはもらえまいか」


  倒した騎兵から奪った銀貨を渡されて、その依頼の裏にあるであろうゼノの真意を問うように見上げたアレク。


  「…もう気付いているだろうが、われわれに監視がついている」
  「やっぱり気付いてないわけないか」アレクはつぶやいて、無意識に中剣の柄を握った。
  「もうわれらは敵に捕捉されている。おそらく周辺に散った手勢を集めるのに時間がかかっているのだろう。すぐに襲ってこなかったのは、われらを確実に捕らえられるだけの準備が整うまで手を出さぬと腹に決めたのだろう」


  危険を肌に感じていたアレクは、馬に歩くことを任せて何度か後方の『遠見』を行っていた。もともと肉眼で『観て』いるわけではない彼は、おのれの立ち位置などに縛られず意識して『視点をずらす』ことができる。
  意識を『上』に向ければ鳥の視点を得られ、東西南北を意識すれば『移動』することも可能である。ただ、その動きに彼の魂まで引っ張られるらしく、裸で外に飛び出したように全身がひやりと冷たい空気にさらされた感じがする。
  マリニの戦姫……ゼノいわくテレジアと言う名の姫らしい……の放ったであろう追っ手の姿は、彼らの後方、姿が観えるか観えないかのきわどいあたりにつかず離れずな感じに見つけられる。小さな遠眼鏡でこちらの動きを観察しているらしい。


  「しかしエデル伯の領はそろそろ尽きる。小領とはいえ「同盟」に属する別のアラキス貴族の勢力下に逃げられたくはないだろう。そろそろ仕掛けられる頃合いだが、おそらくは万全を期して領境に差し掛かるあたりで手勢を伏せているだろう」


  ゼノの『読み』がおそらくは正解なのだろうと思いはするけれど、かといってほかに逃げ場所があるわけでもない。急に方向転換したとしても、監視役がすぐさま反応して、返って襲撃を誘発することにもなりかねない。
  どうすればよいのか、アレクに解答は思い浮かばない。ゼノには何がしかの手があるのかもしれないけれど。
  そのとき、傍らで子供たちの驚いたような声が上がった。


  「狼だ!」


  森の木々の切れ間に、しなやかな体を現してこちらを見た獣。
  犬のようにも見えるが、森のなかで出会うそれは十中八九危険きわまりない狼と相場が決まっている。
  こちらを警戒する一頭の後ろを、群れが静かに横切っていく。
  空腹でもなければ人を襲うことはあまりなかったが、少ない人数で出合いたくはない相手である。


  「九、…十……十匹以上、いる」アルローは指折りして、おのれの木剣を手にしている。山小屋で長く過ごしていた子供たちにとって、狼は絵空事の脅威ではなかったであろう。アニタも木剣を取り出し、それを見たレントとルチアもあわてて木剣を取り出そうとする。
  「大丈夫だ。この人数を襲ったりはすまい」


  ゼノの意見にアレクも同意する。山のなかで出くわしたことは何度もあったが、傭兵仲間が襲われたところを見たことなど一度たりとない。
  むしろよく襲われるのは、村などで飼われている家畜の類だ。


  「…家畜の姿が見えないな」


  ゼノのつぶやき。
  そしてその言葉が示す事実を、そこにいた老若すべての者たちが理解した。


  「ただでさえいくさばっかり大変なのに……あんなにうろついてるってことは相当やられてるわね」
  「いくさじゃなければ、すぐにでも領主が退治してくれるのに…」


  リリアが昔の生活を思い出すように苦い顔をしている。


  「ともかく、遣いを頼む。何か力のつくものを」
  「わかったよ」


  子供たちを馬から下ろして、アレクは馬を走らせた。






  百聞は一見にしかず。
  村は《荒廃》の気配の中でおののいていた。
  家畜の柵はかつての姿もとどめぬほどに壊れ、雑草がその勢力を伸ばしつつある。狼に壊された箇所もなかにはあったのだろうが、おそらく放棄されたのちに周囲の村人たちが薪代わりに持ち去ったのだろう。ほとんどが引っこ抜かれて、立て杭もわずかしか残っていない。
  その傍らには小さな菜園が、治安のよろしくない風潮に合わせて頑丈な檻の向こうに少ない実を付けている。
  村に入った一番最初の家の戸を叩いても、誰も出てこない。戸板の隙間から見える室内に人の気配が洩れるが、彼に対応する気はないらしい。


  「まあ期待はしてないけど」


  とげとげしい空気を掻き分けるように、アレクは村の『店』を探した。金で売り買いする商店があるならば、パンの調達など手間もないからだ。だがその望みは早々に失われた。


  「ほんと、何にもない村だなぁ」


  家の数こそ数十戸ほど、住民も百人はくだらないだろう。割合に大きな部類の村だし、日用雑貨を扱う小さな商店があってもおかしくはなさそうだったが、とりあえずこの村にはそういった便利スポットはないらしい。
  アレクはため息をついた。
  誰にも相手されませんでしたとは帰れない。
  下っ腹に気合を入れなおして、アレクは村で一番大きな建物の前に立った。
  集落で一番大きな建物は、宿屋か村長の家と相場が決まっている。馬を降りて声を上げようとして、アレクはほんの少しだけ思いとどまった。
  ただ漂白する子供ひとりがやってきたからといって、住人の代表である村長がまともに相手してくれるとは思えなかったからだ。ゼノのことを正直に言うわけにもいかない。軍隊に追われているときいたら、石を投げられ追い出されてしまうだろう。
  なにか臆病な村人たちがそれなりに協力的になる理由なら…。


  「だれかいないかぁ!」


  アレクは言葉を選んだ。
  それは無教養な傭兵言葉。気の短い乱暴者で、言葉よりも先に手が飛んでくるタイプの鬱陶しい奴を想像しながら。


  「返事しねえつもりなら、勝手に押しいるぞ!」


  何度か激しくノックするが、居留守を決め込むつもりかこそりとも音がしない。まあある程度までは予想のうち。
  今度はこぶしでドアをどやしつけ、ついには田舎の家にしては頑丈そうなつくりのドアに思い切り蹴りを入れる。


  ズドンッ!


  立った音が意外に大きくて蹴った本人がぎょっとするが、それでようやく効果が上がったらしい。人の動く気配。


  「次は本気で…!」止めとばかりに声を張り上げると、中から「おっ、お待ちくだされ!」慌てて駆け寄ってくる足音がする。


  ドアが開くと、ごま塩の髭を蓄えた中背の男が顔を出した。どんな乱暴者がやってきたのかとおっかなびっくりであったその顔が、アレクの年格好を見て変化する。


  「ゴロツキか」冷ややかさの増した村長のつぶやきに、アレクは黙って中剣に手をやった。
  「あんだと」


  ドアの向こうに逃がしたりはしない。足の先をこじ入れ、抜きはなった剣をドアの隙間から突き入れる。おのれの迫力不足を、剣に助けてもらう。


  「ひっ、ヒヒィッ」


  腰を抜かす村長を押しやって、アレクはとうとう村長宅にその身を滑りこませた。そして中剣を床につき立てて、


  「なぁ、頼みがあるんだけどさ」
  「はっ、な、なにをでしょうか…?」


  見れば部屋の奥では、太った奥方とその娘が物陰に身を寄せて様子をうかがっている。驚かせてごめんなさい。


  「『団』の食料が乏しくてさ、調達にやってきたんだけど。これで用意できるパンとワイン。それに果物をありったけ譲ってくれよ…」


  団。
  そうなのだ。彼は各地を転戦する傭兵団の買出し部隊。
  怒らせたら質の悪い盗賊にでもなりかねない荒くれモノ集団だ。
  いまにも小便チビりそうな村長に、その申し出を拒否できるわけがなかった!








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