『戦え! 少年傭兵団』





  第42章 『村人の依頼』












  「オオカミを退治して欲しい?」




  何事かと村長の言葉に耳を傾けていると、内容はそんなところであった。
  森で見つけたオオカミの群れ。おそらくは村の食糧事情を逼迫させているだろう原因のひとつ。


  「たしかこちらに集まってこられる仲間の方々がおられるとうかがったのですが。…もしよろしければ、村の『依頼』としてオオカミ退治をお願いしたいのですが」


  アレクが村で口にしたハッタリをまるっきり信じ込んでいるのだ。アレクはぽりぽりと頭を掻きながら視線をそらした。うそだって分かんないかな〜。この女子供ばっかりの所帯を見れば、少しぐらい疑問を感じるはずなんだけれどさ。
  そらした目の先には、頭をすっぽりとフードで覆って腕組みしている王女さまと、難しい顔をしたままのゼノが村人の言葉を吟味している。
  そして合点する。
  黙っていれば王女さまは小柄だけれど寡黙なナイフ使いぐらいには見えるし、何よりゼノは堂々とした大剣を佩いてただものでない威風をまとっている。むしろ『傭兵団』が集まりつつあるというでまかせが真実味を帯びて受け入れられてしまったのではなかろうか。
  オオカミ退治?
  そんな暇があるわけもない。アレクはゼノが速攻で依頼をはねつけるものとみていたのだけれど、思案深げに物思いに沈んでいるその横顔はともすると予想外の答えを口にしそうだ。


  「こういったことは本来領主さまがやってくださるものが筋なのだとは思いますが、この戦争続きの時勢、こんな田舎の村になど兵を回すゆとりもないのでしょう。旅をお急ぎのところ申し訳ないのですが、食料をお譲りさせていただいたのも何かの縁というもの、ここは是非にわが村の依頼をお受けしていただきたくお願いに上がらせていただきました」


  常ならば、たしかにそれは領主の仕事であっただろう。
  領の税収にまで影響しそうな被害であるならばそれは領主の当然の義務である。大規模盗賊団が出没したわけでもなくただオオカミが暴れているというだけなので、領主にしたところでそれほど悩む派兵でもないだろう。
  もっとも、その『エデル伯爵』がすでに没落してしてこの地上からなくなってしまったのだけれど。この手の噂が広まるのは早いはずなのだが、まだ村人たちは知らないようだった。もしもその事態を把握していれば、村人こぞって逃げ出すか、占領軍たるマリニ公国軍に村長が出頭して恭順の意でも示しにいくべきところであったろう。
  そのあたりのことでも村人に伝えるのではないかとアレクは思っていたのだが、ゼノは一切そのようなことは口にせず、


  「委細分かった。お受けいたそう」


  などと平気な顔で依頼を受けてしまった!
  立ち上がったおのれの雄偉な身体に恐れ入る村長の肩を押しながら、近くの廃屋へといざなうゼノ。そのとき目配せで「おまえも来るのだ」と合図されてしまったアレクもまた歩き出す。
  蛇足だけれど、村人たちがなぜアレクたちの居場所を知っていたかというと、彼が村を出るときに「はずれの廃屋あたりにいる」と伝えていたからである。オオカミの被害に耐え切れず離散した一家のものなのか。割とまともな空き家がいくつか散在し、ここは一番村はずれの家である。宿なしの一行が仮の宿と定めるのは当然のことといえた。
  なにかまた企てが浮かんだのだろうか。
  まじめそうな顔をして意外と腹黒い守護騎士の大きな背中を眺めながら、アレクは小さく笑った。






  どうやってあの短時間にあれだけのたくらみごとをめぐらせたのだろう。
  ゼノの開陳した「オオカミ退治作戦」に感心したように満足げに帰っていった村人たちには非常に申し訳ないんだけれど、たぶん何かたちの悪いたくらみの一端を村人たちは知らず知らずのうちに背負わされているのだろう。
  ゼノの顔を観る。
  床に目を落としたままぶつぶつとつぶやいているそのようすを眺めるうちに、頭のなかに例の声が響きはじめる。




  モハヤ『ハカリゴト』ガ、ワガホンブントナッタカ…。




  苦笑い?
  その苦さ漂うつぶやきに嫌な予感を覚えつつも、ゼノの言葉を待つアレク。


  「おまえの働きにずいぶんと期待せねばなるまい」


  言いながら、ゼノはアレクを正視した。


  「本来おまえたちは、ここでわれらと袂を分かてば安全に逃げ隠れできよう。ここを離れて森のなかにでも息を潜ませれば、いずれわれらを捕らえたマリニ人たちもこの地を離れてゆく。それまで隠れておれば済む話なのだ」


  たしかにそのとおりである。
  アレクは少しだけ頷いてみせて、先を促した。
  たしかに目先だけの話ならば、そのとおりだろう。この亡国の主従から距離をおきさえすれば、戦姫らの危険から遠ざかることができるだろう。森の中に隠れてほとぼりを冷ましてから、東なり北なりを目指して旅を開始すればいい。それで安全に他国にたどり着けるのならばアレクは迷いなくそうしたであろう。
  だが治安の悪化した街道を、彼の剣ひとつで家族全員を守りながら渡っていける確信が持てない。『家族』を失う恐怖を知ってしまったアレクには、そのリスクを負う覚悟が足りなかった。あの燃え上がるエデル市城を観た瞬間に、 おのれのすべてが失われるような恐怖を知ってしまった。彼の家族はみな女子供で、盗賊たちにしてみれば歩く財貨に等しいのだ。
  その他国までの危険な旅を、ゼノという強大な武力の庇護下に行えばかなう限りの『安全』が得られるだろう。
  それに、これはアレクのなかの計算高い傭兵の読みも絡んでいる。


  (ゼノと王女さまは、その逃げ込んだ先の『王族』からたぶん保護される。王族同士が姻戚で結ばれる血縁外交が彼らの身を守るに違いないし、もしかしたなら《東方の三剣》、ルクレアの守護騎士ゼノがいたならば、その国での栄誉栄達すら可能性が見えてくる。同行者としてそこに居合わせられれば、王族と言うブランドと知己を得られるかもしれない)


  傭兵らしい実際的な損得勘定。
  身寄りのない子供であるアレクが他国に逃げ伸びたとしても、どれほどの稼ぎが得られるかしれたものではない。《火竜のあぎと団》の入団試験にパスしたのだって、あれは隊長のレフ・バンナと父親の知己が影響していたのかもしれないし、あの時だってあれだけの入団希望者が殺到していたのだから、簡単には傭兵団に雇い入れてはもらえないだろう。
  無職でどうやってあいつらを食わしていくんだ?
  アレクのなかには常にその自問がある。
  彼はこの家族の《大黒柱》なのだから。
  王族の計らいで、その国の国軍に職を斡旋してもらえるかもしれない。
  希望的な観測であるのはアレクにだって分かっている。だが徒手空拳のまま他国に入るより、ゼノたちとともに国境を越えたほうがずいぶんと可能性が広がることは間違いなかった。
  そしてなによりも、アレクには『欲』がある。


  (国境を越えて安全になったら、またあのときみたいにゼノに剣を教えてもらいたい…)


  《東方の三剣》に剣の手ほどきを受けられるというのは、まさに奇跡であったろう。まだルクレアがあった当時、ゼノは国軍の大将軍であったろうし一般の傭兵がおいそれと近づける存在でもなかった。いまここに共にあるのは、奇跡的な『縁』にほかならないのだ。


  「いっぱしの『傭兵』の顔だな。…もうおよそ察しはついているだろうが、この期に及んで隠し事もなかろう。われらはいまはなき東方、失われたルクレア国の王統につながるものである。我が名はゼノ・シュテルン。ルクレアの一の守護騎士にして国軍を預かる主将卿の職を拝命していた」


  とうとう来た。
  秘密の告白。
  ひた隠しにしてきた秘密をいまここで打ち明ける理由は……いわずとも知れよう……生き死にを賭けた『助力』を要求されているのだ。


  「おまえを雇いたい。…が、報酬はいまはまだ確とは約せぬ。傭兵に対して見せ金もなしで依頼するなど常識はずれもはなはだしかろうが、いまはこうして頭を下げて頼むことしかできぬ」


  一国の将軍にまで登った人間が、こんな若造に頭を下げることなどなかなかできるものではないだろう。
  傭兵に頭を下げることのできる依頼主は、その誠意を報酬以上の働きを返されることが多い。世に蔑まれることの多い傭兵たちにとって、払われる敬意はとても重く受け取られるものなのだ。それは人として当たり前のことなのだけれど、そんな簡単な機微を知らない傍若無人な依頼人がほとんどだ。


  「この先われらの望みが達されるまで無事に目的を果たし得たなら、おまえの望む《報酬》を支払おう。われはいまおまえという戦力を当てにせねばならん。危険に見合った《報酬》を支払うことを約束する」
  「わかった」


  アレクの応えに、ゼノは笑みに顔を崩した。
  わしわしとアレクの頭をかき回して、


  「まあ、成功せねば《報酬》はチャラだがな」などとおもしろそうに口にしている。


  ゼノはひとしきりおかしんだあと、立ち上がり手を差し出した。
  契約成立の、それは握手だった。


  「…あのとき、おまえの顔を見た瞬間に、われはあの水路の暗闇のなかで、守護精霊からの天啓を受けたように感じたのだ」


  恐る恐る差し出したアレクの手を握り返し、ゼノは一国の将軍の厳しい眼差しでアレクを射すくめた。それほど力をこめてはいないようなのに、鍛冶屋のようにカチカチの硬い手がアレクの指を握りつぶしそうに圧迫する。
  痛がったら負けなのかもしれない。


  「それでは、おまえにやってもらいたい仕事の説明をしよう…」


  ゼノの言葉にアレクは耳を傾けた。
  そしてその作戦の内容が明らかにされるうちに、アレクは顔色を失っていった。
  騎士に憧れを抱いた少年さえ鼻白む、それは恐るべき《姦計》にほかならなかった!








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