『戦え! 少年傭兵団』
第44章 『準備A』
ゼノの企てのおおよそを知るのは、アレクとお姫様のみである。
全員が知っているほうが支障もなかっただろうけれど、素人の、いわゆる戦働きのイロハも知らない女子供に教えてもただ混乱するばかりだろうと、ゼノが判断してそうなった。
むろんその判断は正しかったのだけれど。ゼノに命じられて一心に作業を進めているリリアであったが、いくさの血の気に当てられたのか目つきが若干怖いことになっている。いま自分がしている作業の意味も図りかねているに違いない。お姫さまがついてなければ、恐慌に落ちいって『戦力外』になりかねない。
(あいつらは大丈夫かな…)
焚き火の準備に出ている子供たちが心配になる。
マリニ人たちとの戦いになることが分かったとき、存外に平気そうであった彼らであったが、単に『分かってなかった』だけということもある。いまも半分遊んでいるつもりなのではと不安に思う。
リリアさんよりも少しは場数を踏んでいるはずなんだけれど…。
「…暗くなり始めたら、迷わず村のほうに行ってください。後はオレたちがしますから」
「…わかってる。アレク君こそ、絶対に死なないで」
目もとを赤く腫らしたリリアが顔を上げ、潤んだ眸を向けてくる。硬い表情が余裕のなさの現れである。そんな不安にさいなまれながらも彼のことを心配してくれる女性に、無反応でいられるほどアレクに経験値はない。
「何かあっても、必ずリリアさんは助けるから…」
思わず声がかすれる。
ぱっと顔面が熱くなるのを覚えて、アレクは森の中を駆け出した。後ろのほうで「はい、ごちそうさま」とお姫さまのつぶやきが聞こえたが、何のことかは分からない。
気恥ずかしさに、アレクは全速力で村のほうへと駆けて行った。
また、あの集落へとやってきた。
一度来た場所であるから、少しは勝手が分かっている。村長の家の前まで行くと、そこに準備を整えた村人たちが集合していた。
全部で三十人あまり。集落の大きさから、男手の数としては妥当な辺りだろう。
「指示してあったもののほうは、準備ができてますか?」
家のまわりに坐り込んで干し果をしがんでいた村人たちがアレクを見た。反発半分、恐れ半分という目線である。ご時勢とはいえ人殺しを生業とする傭兵が彼らの脅威であることは間違いはない。身近にいるというだけで、警戒心が刺激されるのだろう。
誰も答えない。
アレクはたむろする村人たちをよけながら、村長の家のほうへと目を向ける。
「村長!」
アレクの声に、中から村長たちが現れた。
中で今後の村の対応など打ち合わせていたのかもしれない。アレクの顔を見て、村長は家の脇の集められた物を指し示す。
「わしらはつまり、『勢子』をやればいい、ということで理解しているが…」
「そのとおり。オオカミの群れを追い出してもらえれば、あとは我が団のほうで処分する」
『我が団』などとおこがましいなと内心苦笑いしつつも、それを表には出さず。むしろ横柄なぐらい「従って当たり前」というふうにしていたほうが、彼らも安心だしこっちもボロが出にくくていい。
「オオカミは夜になると巣穴から出てくるもの。ゆえに狩り出すのはむろん夜になるが、なにぶん利口な獣のこと。少しでもこちらの気配を嗅ぎ取れば、巣穴に逃げ帰ってしまい狩りが失敗する。各々くれぐれも注意して、なるべく物音を立てずに動いてもらいたい」
ずいぶんと偉ぶったもの言いだけれど、村人には違和感なさそうだ。
用意させたのは、できるだけ多くの(観た感じ50本ぐらいか)の松明と、いくつかの金属鍋とスリコギ棒。そしてオオカミを突くための長い棒。
履く木靴にはわら束を巻き、足音を消すのにも抜かりはない。あと簡単な指揮用に、放牧に使っていた笛を持ってきてもらった。
「笛の合図は、三種類だけだ。必ず覚えるように」
受け取ってから、練習もかねて種類を覚えてもらう。
@移動(1短音【ピッ!】)
A停止(2短音【ピッ!・ピッ!】)
B追い立て開始(2短音・1長音【ピッ!・ピピーッ!】)
とても簡単なものなので、よもや覚えられない人はいないだろう。暗闇のなか、大声で指示を出していては内容を聞き漏らす可能性が高い。集団行動に慣れていない素人にはこういったやり方のほうが適している。傭兵的には当たり前の知識なのだけれど、村人たちはしきりに感心などしている。大丈夫なのだろうか?
「それではオオカミたちが動き出す前に、配置について身をひそめる。各自荷物を取れ! 出発する!」
ピッ!
さっそく『移動』指示を出して見る。
勘よく動き出す村人と、戸惑って挙動不審になる村人が半々ぐらい。
「1短音は『移動』だ!」
手近な木箱を蹴っ飛ばして怒声を放つ。
若干反発の色のあった村人たちも、それで面白いように飛び上がり、荷物をかき集めるとアレクが指し示した方角へと動き出す。
どこの鬼傭兵だなどと内心ツッコミを入れながら、アレクは村人たちを2隊に分けて誘導した。
おっと、火種を忘れてた!
「そこのオヤジ! 火種を取ってこい!」
年かさがアレクの倍はありそうな小柄なオヤジが飛び上がって、泡を食ったように駆け戻っていく。
(…ちょっと気持ちいいカモ)
微妙な感想を抱きながら村の外を走っている街道に出て行くと、前から子供たちが駆けてきた。
「アレク兄〜ッ」
元気に手を振るその姿が、心のどこかで張り詰めていたなにかを緩めた。
先頭に足の速いアルロー。それにアニタ、ルチアと続き、最後にどすどすとレントが駆けてくる。手に木剣を掴んでいるのは、よもや「助太刀」のつもりではなかろうな。
「もうあれの準備が済んだのか?」
「うん! もう終わったから、アレク兄のほうに来た」
元気よくアニタが癖ッ毛を揺らしながら木剣を振り回す。危ないからじっとしてろ。
子供たちの合流は予定通り。このあとアレクの手元扱いするつもりなのだけれど、無意味に彼らの戦意は高い。
「ああ、おまえらはその『剣』でやりあう必要ないからな」
鎮火するつもりで漏らした言葉に、子供たちがほっぺたを膨らませて抗議の声を上げた。
「「「「え〜ッ!」」」」
子供たちの頭を撫でながらなだめようとする彼の姿に、緊張していた村人たちから小さく笑い声が漏れる。
はっとする。
いかんいかん。せっかく村人には『鬼傭兵』イメージできたっていうのに。これでは指揮力に影響するかもしれない。
こほんと咳払いして、ゲンコツを落とす。主にアニタに。
「いった〜いッ!」
すまん、アニタ。あとで何かお菓子買ってやるから。正味おまえが一番殴りやすいんだ。ほんとにすまん。
「…騒ぐな。《オオカミ》が気付くぞ」
膝をついて目線を合わすと、声を押し殺してつぶやいた。
頭を押さえてうずくまったアニタも、ほかの三人も、その言葉で浮ついた空気を追い払った。ふざけててもいいときとそうでないときがある。その分別がつくぐらいに、この子供たちも場数を踏んだ、ということである。
「たぶんあとでおまえたちに渡す武器がある」
聞き分けのいい子供たちに、少しだけサプライズ。
村人たちとともに歩き出した子供たちは、その言葉に目を輝かせた。
「だからそれまでは、オレの手伝いをしてくれ。仕事はいくらでもある」
「「「「わかった!」」」」
ちゃんと分別している証に、合意の声も強いが小さい。
アレクは光の弱くなり始めた空を見上げながら、村人たちを伏せさせる具合のいい草むらを街道脇に探した。森はすでに闇を深くしつつあり、どこに潜んでも姿が見えなくなりそうである。だが夜目が利きすぎてしまうアレクには、なまなかな草むらぐらいでは安心できそうもなかった。
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