『戦え! 少年傭兵団』





  第45章 『準備B』












  「アレク。おまえには分不相応な重荷を背負わせる。心して聞け」




  ゼノはいった。




  なにものにも代え難い高みに立ち、一万の軍勢を率いる将軍のごとく常に超然と全体に目を配れ。戦場を誰よりも高いところから見下ろすのだ。そうして地表を這いずり回る蟻の様子を観察するように、敵と味方を他人事のように傍観するがいい。疎をもって潜み、密をもって当たれば寡兵よく働くと古代の兵法家も言っている。われらは数こそ少ないが、《地の利》と《時》と、《精霊に賜いし運》に恵まれている。


  「《精霊に賜いし運》とは、…おまえのことだアレク」


  ゼノのごつい手が、アレクの頭をくしゃくしゃとかき回した。






  褒められてうれしくないはずもない。
  だけれど、過大に買いかぶられて後で失望されるなど真っ平である。安い金でほいほいと雇われて、剣士さま剣士さまとおだてられた挙句、死戦の渦中でようやく騙されたことに気付く能無し傭兵みたいにはなりたくない。
  ゼノは偉大な剣匠である前に、とんでもない人誑しなのかもしれない。そうは思っても、ゼノに《精霊に賜いし運》などと言われたらえへんと構えずにはいられない。




  (おまえには才能がある…)




  胸の奥で、わきあがる感情がある。
  父の手も、剣だこでごつごつと石のように硬かった。その手のひらで、首が前後するぐらい乱暴に頭を撫でられた。その記憶のイメージが重なるように思い返される。
  ゼノに父の姿を重ね観ようとしているなどとは思いたくなかった。実際似てなどいないし。父がゼノほど頭が回れば、あんな負け戦で命を落とす前に逃げ延びるためにうまく立ち回ったことだろう。


  (おまえには剣の才能があるぞ…)


  草むらのカエルや羽虫を斬っていただけでそんなふうに褒めてくれた父。
  ごつごつの手。
  無意識に頭を撫でられたときの感触を反芻しようとして、いやいやと首を振る。気が散ったままでいていい状況ではない。
  いまアレクは、村人たちを引き連れて森の藪に身を潜ませている。
  《オオカミ狩り》に絶賛参加中のこの村人たちを、非常に幅広い裁量権を任された(基本の指示しか貰ってないし!)彼が、最適な場所に導き配置しなくてはならない。
  森の中を抜ける街道は、もともと踏み分け道が大きくなったモノらしく、不規則に蛇行している。上空から俯瞰したアレクが、「ここ」と決めた潜伏場所は、おそらくゼノの意図する条件とおよそ合致しているはずだ。
  アレクは「しーっ」と村人たちを街道を挟む両脇の森に伏せさせてから、懐から細かく文字を書きつけた木切れを取り出した。言われた内容を忘れないように、ナイフで刻んだものだ。


  (おまえは文字を解すのか)


  失礼なことをお姫さまがのたまわったがあの時は聞こえないふりをして無視した。読み書きは貴族しかできないとでも思っているのだろう。スルーされてお姫さまは不機嫌そうな気配を放ったが、アレクは内心でベロを出していた。傭兵だって最低限、契約書の内容を確認できるくらいには文字の手習いもするのだ。あくまで『騙されないため』に。
  アレクは書付を上から確認して行く。


  (森に近づく敵を発見したら報せる……これはもうやったし、村に行って村人に『狩りの準備』をさせる……これも終わった。次は……『のろし要員』の切り離し…)


  のろしを上げる準備は整っている。
  火種を四つに分けて、四箇所の焚き火場所にひとりずつ行かせようとして、ふと思いとどまる。


  (のろしって、たしかマントとか使ってやってたよな…)


  軍勢の伝達用にのろしを上げたりしたことはある。ただ煙の出方を操るためには、大きなマントを使った覚えがある。
  ゼノからは、特に具体的な指示はない。ただ煙を上げればよいことになっている。だけれど、アレクはそこで考える。


  (ゼノの狙いが『そういうこと』なら、のろしの上げ方をちょっと変えてやればもっと効果があるかも…)


  ゼノから企みの組み立てとその内容については説明されている。その狙いに沿った形でなら、多少のアレンジは大丈夫なはずである。むしろそっちのほうが効果があるように思えるとなれば、迷うこともないだろう。


  『命令に従順な傭兵なんて気持ち悪かろうぜ』


  命令違反なんかお茶の子の父たちの悪巧みが目に浮かぶ。失敗することも多かったが、成功してたくさんの報酬に預かることも多かった。稼いでナンボの傭兵が、戦場で工夫するのは当たり前のこと。
  アレクもその例に倣うことにした。


  「だれか外套を貸せ」


  のろし要員に4人ではなく倍の8人を選抜する。『マントDEのろし』はふたりが基本だ。
  肌寒い夕のこと、防寒用の外套を持ってきていた村人が何人かいた。ぶうぶう文句を言われながらも四枚徴発できたのは、『鬼傭兵』のご利益だろう。


  「いいか。この『鉄鍋』を一回叩いたら、その音を合図に焚き火に火種を付けろ。火が大きくなったら、若木と葉っぱをくべろ。そうして煙が出始めたら、ふたりで外套の端を掴んで、煙を溜め込むようにして…」


  村人は『鬼傭兵』にどやされることを恐れて真剣に指示を聞いている。


  「煙の玉を『ふたつ』作るように、こうやって溜めた煙を解放するんだ」


  こういうとき勘のいいアルローを助手に、外套を使ったデモンストレーション。アルローは助手をそつなくこなしつつ、彼自身も『のろし』の技術に目をらんらんとさせている。たしかにこういうの好きそうだな、こいつは。
  ひととおりレクチャーしたあと、子供たちを案内に4箇所の焚き火にのろし要員が散って行く。
  これで森に伏せることになった人数が20人ほどになってしまった。片側10人。これはちょっと少ないかもしれない。
  全員が用意した松明を両手に持っても余ってしまいそうだ。ひとりでもっとたくさんの松明を掲げられる工夫がいるかもしれない。持ってきた松明は、『全部つけて見せる』ことが必要なのだから。


  理由と必要。


  ゼノがそれを彼に理解させていたからこそ、彼はおのれの判断で行くべき方向を定めることができる。
  作戦が、効率よく進む。
  アレクは二股に分かれた太い枝を集めさせて、それに松明をくくりつけるように指示してから、自分は少し離れた場所に座り込んだ。むろん、《目》を飛ばすためだ。


  (…のろしの次は、また森とそのまわりの監視……ゼノはいまどの辺に)


  意識を飛ばすことに手間はかからなくなっている。
  彼の指示で木の枝を捜して松明をくくりつけ始めている村人たち。それほど手間もなく準備が整うだろう。少しの間彼らの様子を眺めてから、アレクは冷ややかな空間に舞い上がり、遠く一帯を見はるかせた。
  無意識のその目はゼノの姿を探している。
  そう簡単に《東方の三剣》がそこいらの騎士に遅れを取るなどとは思わないけれど、万一があればその時点でこの作戦は瓦解する。ゼノが彼の《目》を必要だと言ったように、ゼノ自身の武威もまた作戦の成立には不可欠なのだ。


  (いた…!)


  街道の東……2、3ユルドの辺りに広がる野原を、ゼノは絵に描いたように『逃げ回って』いた。丘をめぐっては低木の茂みを突っ切り、小さな小川を飛び越える。彼を追い回しているのは、十数騎の騎兵。
  マリニ騎兵たちはゼノを追い詰めているというのに、なかなか補足できないことに焦っているようだ。なんで二人乗りの馬にわれらマリニ騎兵が追いつききれないのか。そんなもどかしさはおそらく《奴の馬が恐ろしいくらいの駿馬なのだ》という誤解にたどり着いているのかもしれない。
  まあゼノはマントを丸めているだけでひとり乗りなのだけれど。
  彼らが追いかけっこをしているその野原の周りには、戦姫がすでに到着しており、まわりに散っていた配下も続々と集まり始めている。


  (あっ、取り囲まれそう…)


  戦姫の差配で、騎兵の集団がいくつか分散して走り出した。逃げ道をふさぐつもりなのだろう。
  むろんゼノはそれに気付いて囲みが完成していないほうへと馬をめぐらせる。
  太陽は、ようよう山の端にかかりそうな按配に赤みがかった日差しをまとっている。そこまでくれば、太陽がじわじわと沈んでいくさまが分かりやすい。
  もうそろそろ頃合ではないのだろうか。そこから馬で駆けても、森に着くまでに日は完全に沈んでいるだろう。
  アレクはゼノに近づいていった。触れるほどに接近すれば、ゼノは察知する。


  「アレクか…」


  ゼノは彼の気配を察した。そうして太陽を探して、刻限が近いことを理解した。


  「よかろう、もうそろそろか」


  ゼノはわき目もふらずに街道へと戻り、そして彼らが潜む森へと駆け戻り始めた。その様子を見定めてから、自分もと思ったとき。
  視線を感じた。
  いたい。刺さるように痛い。
  振り返ると、やっぱり。戦姫テレジアがすごい形相でこっちに向かって駆け始めていた。何か叫んでいるが、聞こえません。オレの耳にはぜったいに届きません。そう決めました。


  「妖術師め!」


  何にも聞こえませんから。








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