『戦え! 少年傭兵団』





  第47章 『森の戦いA』












  アレクは急いでおのれの体へと舞い戻った。
  意識と身体の動きがぶれて、一瞬呼吸が詰まったことに慌てつつも、街道の反対側に伏せているもう半分の村人たちにも聞こえるように、声を張り上げる。


  「《団》の本隊が来た! 手はずどおり《オオカミ》を追い立ててくるだろうから、オレがこいつを叩いたらあんたらも盛大に鳴らしてくれ!」


  大声だがいまなら奴らには聞こえないだろう。軍勢の馬蹄の音に飲み込まれると、周りの音などほとんど聞こえなくなる。
  村人たちが息を呑む気配がする。緊張しきっている彼らには、誤解の起こりようのないはっきりした指示が必要だ。


  「そこの前歯のないおっさんと白い髭のじっちゃん、火種の火を松明のひとつに移して準備! オレらが鍋を叩き始めたら、すぐに地面に刺して立てておいたほかの松明に火を移してまわれ!」


  指示したふたりが腰の火種を取り出すと、わずかに藪の中が明るくなる。


  「最初の松明は、《オオカミ》に見えないように隠して着けてくれ」


  脂を染み込ませた松明はすぐに燃え上がったが、手早く外套に隠されて見えなくなる。


  「アルロー!」


  アレクは彼のまわりにしゃがんでいた子供たちに声をかける。
  彼らの手には、すでにゼノとお姫さまたちが用意した急造の弓矢が配られている。一見しただけで弦も弱く使い物にもならなそうな雑作りの弓矢だけれど、まあ使い手がこんな子供たちならあるいはふさわしいものなのかもしれない。
  アルローの名が先に出たのは、一番冷静で機転が聞くからである。


  「みなが鉄鍋を叩き始めたら、おまえらは矢を射掛けるんだ。狙うのは先頭の『白い鎧の騎士』の足元辺りにいる、追われてるはずの《オオカミ》だ」


  アルローが洟を腕でこすりながらこくりと頷いて、皆を配置に誘った。一番年上のレントや聞かん気のアニタはアルローの指揮に不服そうな顔をしたが、「おまえらは副隊長だ」と言ってやるととたんに機嫌を直した。隊長、副隊長で3人だと、部下はルチアひとりということになるが、そのあたりには気が回らないらしい。まあがんばれ。
  子供たちは枝ぶりの良い大きな木にするすると登って、さっそく矢をつがえた。子供の手でも引き絞れる弓というのはいわゆる玩具といって差し支えない程度のものなのだが、それは彼らには秘密だ。目に当たる奇跡でも起こらない限り、殺傷能力は皆無だ。
  だがそれで充分なのだ。
  この戦いはほとんどが脅し《ブラフ》で流れを作られる。ようはそれを行うタイミングなのだ。
  森に飛び込んできた馬群は、街道の踏みしめられた土を蹴立ててこちらへと疾走してくる。何馬身か離して集団を誘導するのはゼノである。街道のわずかなカーブを最短距離でやり過ごしてこちらへと近づいてくる。
  その後ろに喰らい付かんとするのは戦姫テレジアその人の駆る白馬である。果断なマリニの王女は、森に入ることを躊躇した配下を叱咤するように自ら鋭鋒の先となって疾駆する。
  ほかのマリニ騎兵らは慌てたことだろう。おのれたちの守るべき主筋の王女がもっとも危険な先頭に立っているのである。もしもそのためにテレジアが傷のひとつも付けられる事態になったら、いい笑い物である。


  「もはや逃げ場はないぞ! ゼノ・シュテルン!」


  馬蹄の地鳴りの中でもすっきりと耳に届く声音。
  女性としたらそれは少し低めの声かもしれない。戦場で声を張り上げすぎてそうなったのならば、《戦姫》の称号もけっして揶揄を含むものではないだろう。きっと群衆の前で口上を述べてもよく届くだろう。


  「陛下のおっしゃられた件についてはわたしがなんとかしよう! このテレジア・ド・ラトヴァーシュ・ディ・マリーニがその身の安全と安寧を約束しよう! ゆえに無駄なあがきはやめていますぐに下るがいい!」


  そのもの言いから、ルクレアの主従が一時マリニ公家の庇護下にあったのは紛れもないらしい。やはりゼノたちはマリニの王宮から逃げ出したのだ。


  「応えよ! ゼノ・シュテルン!」


  そのとき、ゼノの人馬がアレクたちの前を駆け抜けた。


  (ゼノが笑ってた…)


  馬上の守護騎士が歯を見せていたように思ったのもつかの間、考えに沈む暇もなかった。ゼノが引き離していたとはいえ数馬身程度の差でしかない。目の前の街道に、テレジア以下マリニ騎兵たちがすぐさま殺到してくる。


  (ゼノはこの状況も読み切ってた)


  アレクは半瞬の後、手に掲げた鉄鍋を力一杯に叩いた。




  グワァ〜〜ンッ!




  持つ手がしびれるぐらいに鉄鍋が振動した。
  アレクの挙動を見守っていた村人たちが次々に鉄鍋を叩き、たちまち静かだった森の中が騒音の巷となった。




  グワァ〜ンッ! グワァ〜ンッ!
  ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!
  ゴワァ〜ンッ! ゴワァ〜ンッ!




  まさにそこは、数本の大きな木が枝葉を広げ、街道が傾斜しつつくびれて細くなったあたり。基本一本道の森の街道がそこで少し見通しが悪くなる。
  アレクが見定めた待ち伏せポイント。
  マリニ人たちの目から、先行するゼノの後姿が一瞬見えなくなったに違いない。その一瞬の虚を突いて、側面から起こったなぞの騒音。
  マリニ騎兵たちは、その多くが鞍上でびっくりして手綱を引いていた。止まろうとする前の馬を押しのけるように後続が入り乱れる。
  混乱に陥りそうになっていたマリニ騎兵たちに、更なる追い討ちがかかる。


  「いまだ!」


  アレクの叫びで、数瞬の硬直から目覚めた子供弓隊が、へっぽこな斉射を開始する。先頭のテレジア姫の足元を狙えといっておいたのに、矢が降り注いだのは騎兵たちの中段辺り。
  本来なら目も当てられない失敗だが、しょせん弓矢の訓練もしたことのない子供のすることである。タイミングははずしたものの、マリニ人たちが馬列を乱れさせたことでそれなりに有効な心理攻撃となったかもしれない。


  「伏兵だ!」
  「隊列を乱すな! 殿下をお守りするのだ!」




  グワァ〜ンッ! グワァ〜ンッ!
  ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!
  ゴワァ〜ンッ! ゴワァ〜ンッ!




  「やっぱりやつらに増援があったのか! そら見たことか! あの煙はやっぱり傭兵どもの合図だったんだ!」


  あ、傭兵ののろしを見たことあるのが混ざってるな。
  マリニ騎兵らは混乱から立ち直ろうとしているものの、側面の暗闇のなかから鳴り続く騒音におびえてなかなか統制が回復しない。そのうちに松明係のおっちゃんらが火をつけ始めたのか、森の中がにわかに明るさを増していく。
  一本の木の枝に4本5本とくくりつけた松明の火が、森の中を騒々しく揺らめかせる。ことここに至って少しばかり様子がおかしいと村人たちも気付いたことであろう。しかし《オオカミ狩り》の最中と信じ込んでいる彼らには、それが血で血を洗うかもしれない騒乱が眼前で起こっているとはにわかに信じられない。


  「松明を掲げろ!」


  アレクの指示が途切れない限りその意に従うしかない。いぶかしみながらも、数人の村人が松明のついた枝を掲げた。
  森の中はもうほとんど暗闇と変わらない。何人の人間がその中にうごめいているのか、マリニ騎兵たちには想像もできないだろう。その判断に迷うような混乱の中で、50本からの松明が浮かび上がったのだ。騎兵らに目に見えて動揺が広がった。


  「殿下をお守りしろ!」
  「急げ!」


  アレクは後続とちぎれて先行するテレジア姫の姿を追い、そこで馬首を返したゼノが再び抜剣するのを観た。森の暗闇のなかで、わずかな空の残光を頼りにそこでも戦いが始まろうとしてた。
  《東方の三剣》ゼノ・シュテルンに対するは、マリニの戦姫テレジアとその親衛隊らしき三騎の騎兵。馬上で背後を振り返ったテレジアが、顔をゆがめた。
  ゼノの狙いを悟ったのだろう。
  その作戦にまんまと乗せられたおのれの愚かさに歯噛みするように。テレジアもまた抜剣した。
  4対1。
  それは数の上ではけっして劣勢でなどなかったけれど、相手が悪かった。ゼノは確実に親衛隊をほふり、目的を達成するだろう。
  その勝利が確定されるまでの時間を作るのがアレクに課せられた使命だった。
  鉄鍋を放り捨てた。
  そして中剣を抜いたアレクは、駆け始めようとしていた手近な馬に薙ぐように振るった。馬が激痛に後ろ足立ちになって騎兵を放り出した。森の中から現れた若い傭兵を見て、マリニ人たちはおのれの闘うべき相手をはじめて見つけたように色めき立った。




  (ゼノが制圧に必要な時間…)




  アレクは熱した頭の片隅で、戦場の流れを冷静に読み取ろうとしていた。
  ゼノが必要としている時間。
  その長さを判断するのも自分。
  稼ぎ出すのも、自分。


  (…先頭の三騎。こいつらをオレが倒すまでに、きっとゼノも片をつけてしまうだろう)


  ならばと、アレクは息を詰める。
  剣を握る手のひらに、汗が気持ち悪かった。








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