『戦え! 少年傭兵団』





  第49章 『アレク・ハンゼ』












  村人たちの呼び方が、『剣士さま』から『お貴族さま』に変わっていた。
  マリニの騎兵たちと剣を交わし、あまつさえその指揮官であったマリニの王女を捕らえた彼らを、村人たちは油断ならない暴力手段を持つなぞの一勢力と認識したようだ。面識のない偉そうな雰囲気の相手に使う常套句として『お貴族さま』という呼称は一般的だ。まあ、ランクアップと言うところだろう。
  自分たちが体よく利用されたことに村人たちが怒るのではないかと危惧したアレクであったが、意外なことにそれについて四の五の言う者はいなかった。
  戦いに勝利した彼らは『強者』であり、領主や郷士などの下級貴族らにいいように扱われることに慣れてしまっている村人たちは、怒るだけ無駄だとばかりにその状況をすんなりと受け入れてしまったのだろう。
  人質の王女を連れたままあつかましく村長の家で一泊し、さらにはいくばくかの硬焼きパンや干し果などの携帯食料までもせしめて、明朝彼らは東の領境目指して旅立ったのだった。
  ちなみに村人たちは総出で見送ってくれた。
  いったん相手が上だと認識したら、徹底して下手に出るその割り切り方はある意味尊敬ものである。






  「あのものらは、バカなのか」


  ひどい事を言ったのは、ルクレアの王女さまだった。
  死んだ騎兵の馬をせしめてその鞍上に縛りつけたマリニの戦姫を見、ちらりと少し離れたところをとぼとぼとついてくるマリニ騎兵らをにらみ付ける。


  「領境を越えたら解放すると言ってるのに、なんでついてくるのか分からぬ」


  ぷりぷりと怒る王女さまをなだめもせずに放っとくあたり、ゼノも同じ想いなのだろう。
  領境を越え、安全が確認できたら必ず解放すると母なる精霊にさえ誓ってみせたというのに、マリニ人たちはその言葉をまったく信じていないようだ。
  誓いの言葉を軽んじられることは侮辱に等しいのだが、それよりもなによりも、「おまえらがあんまり近くにいると解放したくてもできない」という基本的な事を彼らが理解していない様子なのが痛い。彼らが近くにいる状態がアレクたちの「安全」を脅かすのは子供でも分かる理屈だろう。


  (主筋の姫君をまんまと人質に取られて、焦るあまりに頭もテンパッちまったんだろうけど)


  このままついてこられたら、ほんとに人質解放も見合わせになってしまう。


  「王宮のヒヒジジイにも呆れ果てたけれど、マリニの男は女がらみになるとみんなバカになるのかしら! 聞こえているのでしょう? テレジアさん!」


  ルクレアの王女が水を向けると、小さく苦笑が漏れた。テレジア姫が笑ったようだけれど、しんがりにいるアレクからその顔は見えない。


  「聞き分けよ。全員、西に10ユルド進み、明朝までそこで待機するがいい」


  馬上で後ろ手にされたまま背筋を伸ばしたテレジア姫が、戦場でもよく通る強い声で命じると、騎兵たちは戸惑ったように止まりかけた。が、数瞬の後また歩きだそうとする。


  「貴公ら、わらわを殺させるつもりか」


  ぽつりと、しかし抗いがたい強さでつぶやいたテレジア姫。
  それでようやく、騎兵たちの歩みが止まった。
  馬を止めて彼らの動きを観察していたアレクは、留守番を言い付けられてぐずった子供が母親に叱られたようだと思った。顔色を青くし立ち尽くす騎兵たちの前途は恐ろしく暗い。主君の娘をかどわかされたばかりが、捕らえるべき罪人を指をくわえて見送らねばならない失態を演じたのである。失職で済めばまだ軽いほうだ。下手をすれば家名没収のうえ縄をくれられるかもしれない。
  テレジア姫はおのれの処遇に不安を抱かないのか、きっぱりと言った。


  「わらわは明日には解放される。明日の正午、街道の領境まで迎えに来るがいい」
  「殿下…」
  「栄光あるマリニ騎士がしょぼくれた顔をするな。こたびの失態の多くはわらわの指揮の未熟にある。我が名にかけて、貴公らの処遇はわらわに任せるがいい」


  現金なもので、それで騎兵たちは踏ん切りがついたように馬を止めた。


  「雄なる羊に栄光あれ!」
  「テレジア殿下!」


  マリニ人たちには相当に慕われているらしい。ようやく彼らとの距離が開き始めて、アレクは安堵のため息を漏らした。その耳に、テレジア姫のひそやかな失笑が届いた。


  「まったく、世話のかかる奴らだ」


  テレジア姫は、捕らえられてからは兜もはずし、蜂蜜色のブロンドを惜しげもなく背中に流している。怜悧な雰囲気だったその横顔に苦笑の成分が浮かぶのが珍しく、少しだけ見とれたアレクに言葉が向けられた。


  「領境までの護衛、しかと頼んだぞ《妖術師》の少年」


  くつくつと笑われて、赤面してしまった自分が恥ずかしい。
  アレクは背後に残した騎兵たちに《目》を残しながら、背筋を伸ばした。虜囚となっているあいだは、この戦姫もまた彼の警護対象に他ならない。
  領境を越えるまで、戦いは終わってはいないのだ。


  「アレク兄、赤くなってる…」


  アレクの前にまたがっているアニタが見上げてきて、なぜか頬を膨らませた。なにが気に入らないのか噛み付いてくるので、撥ねたアホ毛ひと房を掴んでぐりぐりと引っ張ってやる。いじめというよりも、まあ暇つぶしだ。






  日が中天をいくらか過ぎたあたりで、一行は領境を示す石塔のそばを通過した。ゼノは馬を止めて、約定どおりテレジア姫の戒めをほどくようアレクに言った。


  「もう少し距離を稼いでからのほうが…」


  アレクの物言いに、


  「いや、ここまででよいのだ」と、ゼノがきっぱりと言った。
  「おまえの心配も分からぬではないが、騎兵どもはさておきもうテレジア姫はわれらを追おうとはしないはずだ」
  「でもこの辺りは領主の力もずいぶんと弱いし、マリニ公国がごり押ししても抵抗すらしないんじゃ…」
  「われが当てにしているのは木っ端領主の力などではない。虜囚の身から解放された王女が、『追わぬ』という約定をたがえるほど恥知らずではないだろうということを当てにしているのだ」


  ゼノはアレクに説明しているようで、実はテレジア姫に念押ししているのだ。たしかにこのプライドの高いマリニの姫が、一度交わした約定を違えてまで彼らを追おうとするはずもないだろうとは思える。
  はっ!
  強く息を吐き出すような音がした。
  それが大きな笑い声であったのに気付くのが少し遅れた。


  「あっはっはっはっ! そうか、わらわを信じるか!」


  手縄を解かれ、自由の身になったテレジア姫に、ゼノがその持ち物であった剣を放って寄越す。マリニ公家に伝来する宝剣か何かなのか、華美な刃受けには赤い宝石が輝いている。


  「よかろう、その期待にはわらわも応えねばなるまい! だがまた別の場所で相まみえるとき、そのときはけっして容赦はせぬぞ!」


  手綱を手に取り巻き付けると、馬が首を上げた。


  「ルクレアの小さき姫を取り逃がしたと報告したら、我が親愛なるヒヒジジイも残念がるだろうが。…ゼノ・シュテルン、当てはあるのか?」
  「我が母なるルクレアの王家は古い。血のつながりは東国じゅうに広がっておるゆえ、一切の心配は無用」
  「そうか。貴殿の並ぶものなき兵法を失うのは惜しいが……これも縁がなかったということなのだろう。ルクレアの小さき姫」


  テレジア姫は、フードの奥に隠されたルクレアの姫を覗くようにして、居住まいを正した。


  「ルクレアのイリア。そなたは父祖の名誉を回復するつもりか」
  「そんなの、言わずとも知れたこと!」
  「ずいぶんと少ない家臣団だな。その小勢で、一度失われた国を取り戻すなど、並大抵の苦難では済まされぬだろう……まあせいぜいがんばるがいい」


  まあ、オレたちは《傭兵》なんだけどね。
  内心で突っ込みを入れつつ、いまそれを騒ぎ立てるほどアレクも空気が読めないわけではない。
  亡きルクレアの家臣団とは、まさしくゼノたったひとり。ゼノがどれほど知勇に優れた人物だからとて、国盗りをするには絶望的なまでに無力に近い。
  《傭兵》としてのアレクは、逃げ込み先の国での仕官までは当て込んでいるものの、もしも国盗りなんて大それたことに誘われても応じるつもりはさらさらない。傭兵的には、計算もかなわないばかげた大博打だからだ。
  ふと、何かの視線を感じてアレクはテレジアの姿からそちらへと目を向けた。
  そこには、じっと考えに沈みながら、アレクを見やるゼノの姿があった。


  (うわ、嫌な予感がする…)


  今回の戦いで、アレクはゼノに相当に使いまくられた。
  《千里眼》という能力が、戦いで非常に便利であることは分かった。おそらくゼノレベルの知恵の回る指揮官からすれば、もっと使い道があるのかもしれない。
  当てにされるのは少しうれしいけれど、それも時と場合である。
  背中を向け、ひとり去っていくテレジア姫を見送りながら、アレクはおのれの思案に沈みこんだ。








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