『戦え! 少年傭兵団』
第50章 『釣り技』
剣を振るう。
剣を振り切って、アレクは思う。
振るう型は、いくつもある。
アレクの身に着けた傭兵剣法は、戦場をしぶとく生き延びる彼らの先達が編み出した剣の技だ。ゆえに流麗さは乏しい。
効率よく相手を傷つける。
効率よく攻撃をかわす。
相手を殺すために美しさを求めて迂遠なことなどしない。防御があるならはたき落としてでも隙をこじ開ける。そして致命となりやすい箇所に刃を滑らせる。
戦場ではとても実践的で、有用な剣法だ。それだけでも充分に戦場をわたっていけるし、現にアレクは最初の傭兵働きをその剣でなしおおせた。
でも。
「実践的な剣術だが、…まだまだしぶとさが足りぬ」
一合。
ゼノの振るう大剣が、アレクの浅はかな誘いを鉄槌のようにぶった切った。
右に振っても左にいなしても、ゼノは軸を小揺るぎもさせない。アレクの小技の隙を瞬く間に見抜いて、一撃で粉砕してくる。
幸いにして中剣の無骨さが斬撃を耐え切り、アレクの身に刃は届きはしなかったけれども、足は地から離れ、身体ごと吹き飛ばされた。
「アレク兄〜ッ」
「アレク!」
ゼノのバケモノじみた攻撃力に子供たちは飛び上がり、リリアが悲鳴を上げた。ごろごろと背中から転がって、最後には大の字になって呼吸を喘がせた。
「おまえの剣は、素直すぎる。いささかけれんみが足りぬ」
けれんみ、という言葉の意味が分からない。
難しい意味の言葉なのかもしれない。いぶかしみつつもその言葉の意味をスルーしようとしたアレクであったが、ゼノの目はやはり誤魔化せない。
「教えを請う身でありながら、師の言葉を聞き捨てにしようとするのは感心せんな。『けれんみ』とは、ハッタリとかごまかしと言う意味だ。おまえが時折見せるその分かりやすい釣り技、相手の目を騙そうとする技のことだ」
「変な言葉を使うから分からなかっただけだよ」
少し頬が熱くなるのを感じながら、アレクは起き上がった。なるほど、ゼノを惑わそうと繰り出していた偽の攻撃のことか。戦場ではほとんど使ったことなどないけど、ゼノほどの上級者を相手にすると、防御のあまりの硬さにちょっと手をこまねいてしまって、思い付きで欺瞞攻撃を取り混ぜていたのだ。
「誰に言われることなく、釣り技を使ってくるあたりがいかにも傭兵育ちらしいが、油断ならぬ手練の傭兵ならば、そんなちゃちな釣り技など使いはせん。おまえの剣は、戦場働きの傭兵としてもまだまだヒヨっ子だということだ」
そんなことは言われなくても分かっている。
せっかく団の大人たちから技の伝授をされていたというのに、子供のころのアレクは真剣にそれに向き会わなかった。覚え損ねた技などたぶんいくらでもあるだろう。
習い覚えた技など基礎も基礎。その基礎をしっかりその身に叩き込まれたあとならば、もっと踏み込んだ手ほどきもあったかもしれない。しかしその機会はもう永遠に失われてしまった。
気持ちを取り直して、アレクは再びゼノに突きかかる。
何度やっても、ゼノと言う大きな壁を崩すことが出来ない。圧倒的な技量の差を埋めるためには、やっぱり釣り技が必要なのは間違いない。腕力でこじ開けるには、ゼノが怪力過ぎるのだ。
「まただ。分かり易すぎる」
「ッ!」
したたかに剣を打ちつけられ、思わず取り落としてしまった。
これが戦場ならば、ここで彼の命は断たれていたことであろう。
「今日はここまでにしよう。そろそろ宿に帰らぬと夕餉が残り物になりそうだ」
「…ありがとうございます」
アレクはおのれのふがいなさに歯噛みしながら、汗ひとつかいたふうのないゼノに頭を下げた。
剣の手ほどきを願い出たとき、ゼノは真剣で打ち合うことを条件に、それを了承した。『旅の合間の手慰みにもなろう』程度の雰囲気であるのに、当たったら怪我ではすまない真剣同士の乱打など本当に出来るのだろうか、と思った。
アレクは心配すらしたのだ。ゼノを怪我させたらどうしようなどと。
しかしその技量の差は圧倒的だった。
大人と子供というよりも開きがあるかも知れない。ヒトとアリほどの差かも知れない。
ともかく、アレクがひそかに持っていたおのれの剣に対する自信は、この数日で微塵に粉砕した。落とした中剣を拾い上げ、ついた砂を払う。
悔しさが身のうちを駆け回る。中剣を叩きつけるべく振り上げかけて、それがあまり格好のよくない八つ当たりだと気づく。息を整えながら剣を鞘に挿し込むあいだに、見栄えのよくない感情のカスを顔から振り落とした。
駆け寄ってくる子供たち。
気遣わしげな目を向けるリリア。
もっと強くならねばと、アレクは下腹に力を入れた。
***
エデルの市城から逃亡し、マリニ人たちから辛くも逃れきった彼らは、ゆるゆると街道を移動していた。
最初は東を目指してしていたのだけれど、そのうちに北へと進路を変える。それから少し西に行き、また北を目指した。
まあ、はっきり言おう。
彼らは迷走中であった。
失われたルクレア王家の遺児、イリア・ディ・ルクレール・スートルヴァリ王女と先王の股肱の臣たるゼノ・シュテルン主将卿……その主従の逃避行は、存外に難航したことをここに記しておかなければならない。
「ローニュの大街に、王家が御用商にしていた者が商会を開いていて…」
「面識はないが三番目の叔母の娘が嫁いださる小国が…」
「先々代に王家より分かれた大公家(没落済)の縁戚がたしかこの辺りの有力家で…」
亡きルクレアに縁のある有力者たちはたしかに多そうだけれど、よくよく聞くとたいてい首をひねりたくなるほど縁が薄かったりする。
イリア姫は自信満々にない胸を張ったものだが、アレクとしては、「それは見込み薄」なんじゃないかと冷静に突っ込みたくなる。見込みが外れるたびに旅程は長くなり、マリニ人たちから巻き上げた路銀は袋に穴が空いてたんじゃないかと思えるほど急速に減っていく。最初のうちは予備の馬などを売り飛ばして帳尻を合わせたりしていたのだけれど、下々の生活水準にあまり馴染もうとしない王女様が高級宿のスイートなんかに投宿するものだから到底おっつかない。まず先にアレクたちの乗る馬が銀貨5枚に、次にリリアさんたちの乗る馬が銀貨4枚と銅貨20枚に化けた。
いよいよ二三日後には野宿かと覚悟を決めていたアレクであったが、そのころになってようやく王女様のプライドも現実には打ち勝てなくなったようだった。王女様にだけは盲目的に従うゼノはこのさい戦力外であったが、こういうときにもっとも力を発揮するのが女性というものなのだろう。
多少の遠慮はしつつも、リリアさんが直截な言葉の剣で王女様に打ちかかり、防戦むなしく王女様は陥落した。
いわく、
「貧乏人が見栄を張るって、かっこ悪いです」だそうだ。王女様は涙目である。
かくして彼ら一行は、町の一番安い木賃宿をそのねぐらとした。
いま、彼らが目指している先は、アラキス同盟に与する北部領主、それなりに有力だという『ヘルマン辺境伯』様の領地である。
ちなみにルクレア国との縁故は、数代前のまだルクレアがそれなりに周辺国に対して力を持っていたころ、三人ほど嫁ぎ嫁がれした間柄だという。
まあ、遠縁というやつだろう。
そこで旅が終わらなくても、アレクとしてはあまり困らない。その分だけゼノに剣の手ほどきが受けられるのだから。リリアさんはぶつくさ文句を言うけれど、ルクレア王家の縁の薄さにはグッショブと讃えたい。
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