『陶都物語』郷土資料館 part.4





ふらり多治見村本郷 〜西浦家の栄光〜





多治見市の中でも『旧市街』と呼ばれる土岐川東岸こそが本来的に『多治見村』となります。
その古い市街地の只中に、いまも連綿と続く西浦家の末裔の方たちの暮らしがあります。この立派な邸宅に実際に住まわれておいでです。
初めてここを訪れたとき、リアルにその表札を目にしてびびった作者がいるとかいないとか(^^;)







現在見学に解放されている西浦家の庭園。その正門となります。







一歩足を踏み入れると恐ろしく立派な石碑がオベリスクのようにそそり立っています。
明治13年(1880)、明治天皇の巡幸があったこと、ここ西浦屋敷に御泊りになられた栄誉などを誇らかに刻んでいます。
ある意味美濃焼がもっとも輝いていた時代なのかもしれません。西浦家の隆盛が極まった頃のことでもあります。







なかはこのようになっています。そこまで広くはないのですが、もともと村落の中心、市街地であったこと、豪商とはいえいち民間人であることを思えば立派なものです。200〜300坪ほどの広さでしょうか。
分かりにくいかもしれませんが本来は敷地の四半ほどを池が占めていたようです。現在はここに流れ込んでいた水源である川も造成で埋め立てられ、枯れ池となっています。
不審者(笑)の気配に気付かれたのか、近所の保存会の方がみえられたので、しばらくお話させていただきました。
この池、まだ水がある頃は近所の子供たちのプールになっていたそうです(^^)







ふと地面を見ると、いくつも陶片が落ちていました。
この庭園内に落ちているということは、ガチで西浦屋で取り扱っていた品物の名残かと思われます。左側にある陶片は、発色の強い青い下絵の具が見えたので、明治以降の輸入コバルトを使用したもののようです。
ここを訪れた人の何人がこの陶片に気付いたことか(笑)。この町はこうした破片がありふれすぎて、地元民ほどスルーしやすいという罠。







これが拡大図。濃いくっきりした青です。
どこかから子供が持ち込んだ関係ないものでないことを祈りつつ、歴史ロマンに浸ります。







これがもと西浦家の蔵の一部のようです。真ん中あたりにお店のようなしつらえの家が見られますが、こちらが伝来の品を展示公開している『石心参禅蔵(せきしんさんぜんくら)』という資料館です。
何度か訪れたことがあるのですが、不定開館のようでまだ中にはいったことのない作者(笑)







こちらは上の庭園とはまた別の、三代目円治が後年を過ごしたという別邸の庭園跡です。
第2次大戦後に切り売りされてしまった土地をまとめ、公園として復活させたと説明に書かれています。
作中にも垣間見える技術不良の美濃焼を発展させるべく燃やした三代目円治の執念は代々受け継がれ、美術品として昇華するに至る『西浦焼』完成のためにその膨大な資産は取り崩されていきます。この別邸の土地が切り売りされるに至ったのも、美濃焼の不遇に対する西浦家の強烈な想いゆえのこと。







この公園で何気に落ちていた瓦と思しき破片。
相当に古そうですが、普通に転がっていて誰にも見向きもされていなかったり。さすが陶都(^^)






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