『インフリ!!』





  第1章












  最初の辞令は、待つほどのこともなく彼の手元に届いた。
  キャッツランド宇宙軍、第九艦隊司令部付き士官。階級は少尉。キャッツランド星中央士官学校卒業者の任官は、慣例的に准尉スタートと定められているが、彼だけは特別だった。第一八七期「二科」主席卒業者である彼は、歴代主席卒業者がそうであったように別格として少尉任官となったのだ。
  「二科」卒業生百余名は、おそらく時を同じくして同様の辞令を手にしていることであろう。つい何日か前まで仲間であった者たちが、星系の各地に散らばって行く。その多くは、士官見習い程度の扱いで、後方の軍令本部や守備艦隊、補給部隊などに配属されるのだが、彼は違う。少尉の階級ばかりではなく、上からの直接のお声掛かりで、いきなり前線へと向かう攻撃艦隊に配属されたのだ。
  第九艦隊は、宇宙軍でも最新最精鋭の艦隊である。艦隊司令官も、クンロン・シンジケート撃滅の英雄、新進気鋭のニーナ・ニオール提督である。
  おそらく彼は、その提督により専任副官に任命されるはずである。「二科」卒業の上位席次者の多くが、軍高官の副官になるのと同様に…。






  「…エディエル・ヴィンチ少尉ですね。…第九艦隊、旗艦カーリカーン勤務……ご勤務は初めてですか?」


  人出の多い観光地の迷子よろしく、総合案内に助けを求めた彼を、窓口の係官がにこやかに応対した。軍港で働いているのだから、彼女もたぶん軍人なのだろう。若い女性の微笑みは、たとえそれが型通りの営業スマイルであっても魔法のように彼の胸をしびれさせる。フェロモンの魔術だ。


  「一八七期卒業生です。訓練ベースと違って……その、とても大きいものですから……お恥ずかしいかぎりです」


  赤面する新米士官の前に、真新しい案内用リーフレットが差し出される。観光客が旅行土産に持ち帰るようなたぐいの、宙港の見取り図である。


  「最初はそういう方も多いようです。すぐに慣れますよ、何せこの錨地は宙軍の本拠地のようなものですから。…カーリカーン号にご搭乗されるのでしたら、ゲートは第一五階層の六番です」


  おずおずとぎこちないしぐさで提示したIDカードを仕舞い込むエディエルに、案内係官は敬礼して、「無事な航海を」と言った。慌てて敬礼を返そうとした彼は、あふれるような手荷物とともに持っていた分厚いハードブック(紙製の本)をぽろりと落してしまった。読み込まれてずいぶんとくたびれたその本は、弾んだ勢いでなかほどのページが千切れて飛び出しそうになる。
  片手はリーフレット、もう片方は軍から支給された書類や備品のたぐいが占領しているうえに、肘には私物を詰め込んだ大きなバッグも抱えている。愛想笑いしながらエディエルはかがんで本を拾おうとして、案の定、抱えていたいっさいがっさいをぼろぼろと落としてしまった。


  「あっ」


  赤面して拾い始めるエディエルをみて、係官がすぐに拾うのを手伝ってくれる。そしてもっとも大物のあの本に手を伸ばして、予期せず手が触れ合った。
  目が合って、エディエルは硬直した。


  「まあ、『ナウール』シリーズですわね? わたくしも一度読んだことが…」
  「は、あのッ」


  ほとんど奪い取るような勢いで本を抱え込んだエディエルは、聞かれてもいない本の感想を口述試験よろしく言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。


  「これはその……自分の宝物です」


  彼が落ち着かなくなるほどの距離まで係官の顔が近づいた。フェロモンの香りが彼の胸の鼓動を早くする。


  「あ、ありがとうございました」


  熱いお湯にでも触ったように、エディエルは飛び上がって敬礼をした。そうしてじりじりと後ろに後退する。係官は少しだけ残念そうに、敬礼を返した。
  卒業式に際して、数期前の主席卒業生(いまは主星に常駐する第一艦隊司令官の副官らしい)から、軍勤務は緊張の連続であると忠告のような講演を受けている。何度も深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、エディエルは宙港のフェロモン臭のなかを泳ぐように一路カーリカーン号を目指した。
  あの偉大なナウール少将だって、右も左も分からない副官の時代があったのだ。宝物でもあるこの自伝本には、初めての赴任先で下品で悪辣な上官につけられてしまう新任時代のナウールが描かれている。それに比べれば、自分はなんと恵まれていることか。クンロン・シンジケート撃滅の英雄、宙軍の若き英雄ニーナ・ニオール中将の専任副官といえば、二科卒業生が夢に描くような理想の職場で…。
  しおりの位置を一度だけ確かめてから、エディエルは本をバッグのなかにしまった。






  キャッツランド星の上空八○○キロに浮かぶ宇宙軍の艦隊錨地からの眺めは、魂を吸われそうなほど底無しの虚空と、慈愛に満ちた母なる青い大地が好対照をなしている。
  「人工物ではないのか」とまことしやかに語られるキャッツランド星の、猫の瞳を思わせる極冠断層の「瞳孔」部分が、施設を真正面から見つめるあんばいである。その標高差一万五千メートルの巨大断層の暗がりが宇宙に溶け込んだかと見えるタールのような闇のあわいに、接舷を待つ大小の艦艇がきらきらと輝いている。
  無辺の宇宙ではどんな構造物でも塵のように小さく見えるものだが、それでも戦列艦など三等級艦以上の巨艦が接近してくると、思わず言葉を失うほど勇壮な光景である。普通の戦列艦で全長二キロにも及び、それよりもさらに等級が上の旗艦クラスになると大きさは三キロ近くにもなる。町が一つ二つすっぽりと入る大きさだ。
  彼の乗る第九艦隊旗艦カーリカーンは、建造されたばかりの二等級艦である。若くして大きな戦功を上げたニーナ・ニオール提督が女王陛下から贈られたという、最新鋭の五十メートル級艦首追撃砲を備えた弩級艦は、錨地に擦り合わんばかりの至近距離に巨大すぎる艦体をさらしてる。艦体外殻にペイントされたじゃれあう二匹の愛玩猫が、ニオール提督のエンブレムなのだろう。


  (ニーナ・ニオール提督……どんなお方なのだろう? あんな有名な方にお側近く仕えられるなんて、ぼくは運がいい)


  辞令が来たあと、同窓生のあいだで配属先の情報があれこれと飛び交ったが、やはり一番の羨望を受けたのは彼だった。前線は危険なうえ故郷のはるかかなた、生活環境も劣悪だと噂には聞いているが、何より戦功を上げる機会に一番多く巡り合うところでもある。それに命を預ける上官が、英雄の呼び声高い人物であることも非常な幸運であるといえた。
  カーリカーンの艦内に入ったときの感動は、何よりもかえがたいものであった。彼はこの栄誉ある艦隊勤務の辞令を勝ち取るために、寸暇を惜しんで勉強し、訓練してきた。宙軍の「箱入り息子」と呼ばれるほど世間から隔離された二科の寮生活を、特有の退廃的な性習慣に染まることもなくただひたすら「主席卒業」を目指して駆け抜けてきた。その実りの収穫をいま行っているのだ。


  (栄光ある宙軍士官としての、これが第一歩だ)


  ふっと息を詰め、かれはチューブと呼ばれる乗員用接舷通路を渡った。無重力空間での行動訓練は積んできていたが、担いでいたバックを何度か壁に擦ってしまう。
  IDの登録を確認し、エアロックの第二隔壁を手動開閉する。主力艦載砲の直撃にも耐える分厚い扉だから、開けるだけでもひと苦労であったが、彼はなるべく表情を変えないように力のいる作業を続けた。『ナウール』シリーズのアッツ軍曹いわく「こいつを開けられない奴は艦に乗る資格がない」とはまことにもっともだ。戦艦というのは、ともかく武骨で頑丈で、乗り組む人間の腕力と精神力を要求する。
  じわりと浮いた汗をおろしたての制服の袖で拭って、第二隔壁をくぐる。次第に回復していく重力に合わせて体勢を整えようとした彼であったが、そのまえに本来の重量を回復した手荷物の反逆で、腰砕けによろめいた。
  来客に気づいた警備兵が、詰め所から顔を出して彼のほうを指差した。控えていたほかの警備兵たちも次々に顔を出し、そして慌てたように引っ込んだ。
  エディエルが数歩も歩かないうちに、警備兵たちが詰所から出てきて、壁際で直立不動になった。いかにも軍隊らしいその様子に、エディエルは背筋に心地よい緊張が走るのを感じた。緊張しながらも彼はつとめて第一印象を悪くしないようにと笑みを作って会釈を返した。


  「少尉殿、ようこそカーリカーンへ! 荷物を置いたらわれわれとお茶でもどうですか?」愛想笑いもけっこう効果的なようだ。若い警備兵たちはあからさまな好奇心と好意を示して、じろじろと彼を眺めまわした。むせるような監視兵のフェロモンの匂いに、彼は戸惑って息を詰めた。艦の乗組員は、キャッツランド星の人口バランスをそのまま反映して、圧倒的に女性のほうが多いはずである。たしか人口統計では三十対一ぐらいのはずであるから、乗組員が二百人いるとして男は約六人ぐらいということになる。いや、宙軍そのものがもともと女系組織であるから、へたをしたら乗り組んだのは彼だけ、ということもありうる。
  「いやあ、噂通りです」
  「噂…?」


  乗り組んだばかりとはいえ、彼はまがりなりにも将校である。本来なら下級の兵卒が気軽に声をかけられる相手ではないはずなのだが、ようは彼が「男」であるからなのか。キャッツランド星に厳然と存在する女尊男卑の風潮は、軍の階級組織にも影響を及ぼしているのかもしれないと、彼は気を落ち着けるために深呼吸した。


  「うちの提督はいくさの勘働きもたいしたもんですけど、副官選びもけっこうな目利きだと、いま少尉殿を見て分かったところなんで」


  じろじろと見つめられると生理的な嫌悪感がむくむくともたげてくる。自分は鑑賞用のホロラヴァーじゃない。階級を盾に騒ぎ立てることもできたであろうが、これから半年にも渡って同じ船に乗り組む相手と無用のいさかいは極力避けておきたかった。


  「着任の副官殿か?」


  詰め所のなかから、もうひとりの兵士がうっそりと現れた。入り口をかがむようにしてくぐってきたその兵士は、見上げるような巨躯である。
  警備兵たちの指揮官らしく、兵士は彼の前でぴしりと敬礼した。


  「ケイティ警衛軍曹であります。少尉殿をご案内せよと命令を受けております」


  警衛軍曹……艦隊の治安維持を務める警衛隊下士官である。見上げるような体躯に、ワイヤーをよじったような筋肉が隆々と盛り上がっている。キャッツランド人は概して女性のほうが身体が大きいが、それでもこの体格の違いはもはや異人種である。目測で彼より頭四つ以上大きいから、たぶん身長二メートル以上あるだろう。くせの強い黄褐色の長い髪をうしろで束ねて、腰にまで垂らしている。伸ばした髪をうしろで束ねて垂らすのが宙軍兵士の定番だと聞いていたので、その本物を目にしたことも彼の達成感をそこはかとなく刺激した。


  「軍艦は初めてですか、少尉殿」歩き始めながら、軍曹は新来の少尉の緊張をほぐそうとでもするのか、気さくに話し掛けてくる。胸で風切るように堂々としている軍曹の軍人らしいきちんとした対応に、彼はほっとして笑みをこぼした。
  「なかは意外に人が少ないのですね。もっと人がいるものと思っていました」
  「乗員は五百人以上います。艦がこれだけ大きいと、それだけの人間がいてもなかなか賑やかというわけにはいきません。食堂や娯楽室はうるさいぐらいですけれど」


  軍曹のすらりと長い引き締まった足が一歩進むたびに、エディエルは二歩進む。それでちょうど同じ速さになる。持ち込みの私物を抱えた彼はたちまちへばって、「少し休みませんか」と泣き言を言ってしまった。


  「気付きませんでした。お運びしましょう」


  合計二十キロはあるバッグを空気のように軽々と担ぎ上げた軍曹は、非力な彼を見てにやりと笑ったものだった。軍隊のなかでの階級は絶対であるから、気短な士官であったらその笑いを見ただけで「不敬だ」と騒ぎ出しているところだろう。が、あいにく彼は腕力もからきしの右も左も分からぬ新米で、笑われても仕方のない状況であったから、ここはぐっと堪えることにする。
  彼に割り当てられた居室は、おそらく士官以上の者が優先して与えられているのであろう、艦内で最も安全性の高い船体の最深部あたりにあった。かすかに、艦の動力炉の稼動する振動が伝わってくる。ということは、船首の追撃砲へとつながる転換シャフトもすぐ近くを通っているのだろう。安全とは言いつつも、追撃砲が誤動作を起こせば真っ先に蒸発する区画である。
  部屋の鍵は任官時に支給されたIDカードで、軍隊内でともすると軽んじられがちなプライバシーを護っている。なかの広さはベッドと机を置いて少し余裕のある程度のものなのだが、いちおう簡易だが専用のシャワーとトイレも付いている。地表のホテルなどとは比べるべくもないが、ルームメイト四人で共有した士官学校の寮と比べれば、天国のような広さである。


  「それじゃ、バッグはそのあたりにでも置いて…」
  「少尉殿はもう副官就任の辞令を受けられたのですか?」
  「…いえ、まだそのような命令は受けてはおりません。副官の任命は提督ご本人の口頭で行われるものと聞いています」
  「そうですか……いまが最後のチャンスというわけね」 尻すぼみのつぶやき。
  「ケイティ軍曹?」
  「いえ、こちらの話であります、少尉殿」


  視線を感じて振り返ったエディエルは、好物のネズミを見つけた愛玩猫のように舌なめずりする軍曹の姿があった。なめるような脂っこいまなざしに彼は身を硬くして、「何を見ているんです」と非難がましく言った。


  「提督も見る目が高いと…」言いかけて、きりをつけるように軍帽を直した軍曹は、
  「荷物を置かれましたら、至急執務室まで出頭せよとの命令です。少尉殿」と、受けていたらしい命令を唱した。
  「分かりました……さっそく参りましょう」


  この軍曹には気を付けておこう。心にひとり決めして、エディエルは鳥肌立った腕をなでつけた。






  提督の執務室は、艦中央の比較的中層のフロアにあった。
  艦を大王マグロに見立てれば、ちょうど胸びれがあるあたりだ。宙軍では伝統的に、最高の権威者の生活区画をこの位置にすると聞いたことがある。
  そこだけ広くなった執務室前の廊下に、当番兵が銃を構えて警護に当たっている。廊下の壁ぎわに置かれた二脚の長椅子は、面会の待ち合い用であるのだろうか。そこにはすでに先客が三人ほど座って待っていたが、ケイティ軍曹が「ヴィンチ少尉殿をお連れしました」と当番兵を介して報告すると、順番などすっとばして真っ先に面会が許された。


  「エディエル・ヴィンチ少尉、出頭いたしました!」彼は緊張と誇らしさに胸を張った。


  キャッツランド人の優秀な耳をぴんとそばだてて室内からの反応を待っていると、小さく「入りなさい」と聞こえた。
  好奇のまなざしをちらりと彼に向けて当番兵が扉を開けると、ここが戦艦の中かと驚くほど、落ち着いた調度品で整えられた室内が視野に広がった。ニフライム調の透かし彫りを施した接見用の椅子とテーブル、蛇の目紫檀の執務机、くるぶしまで埋まりそうなクオンド織りの絨毯、そして木と煉瓦の暖かみを持たせた壁、そして暖炉。正面の奥まった壁には、テラスに続く窓に見立てられたスクリーンが星の海を映し出している。
  執務室のなかに、艦隊の首脳と思われる四人の人影を見つける。しかめつらしい顔をして接見用の長椅子に並んで腰掛ける、記憶が正しければ艦隊付き参謀のネイビーブルーの制服組のふたりと、勅任艦長の『三本爪』肩章をつけるブラウンの制服を着た高級士官がひとり、そして彼を見るなり席を立ち、つかつかと歩み寄ってきた純白の制服に燃えるような赤い髪を下ろした若々しい人物の合わせて四人。純白の制服は言わずとも知れた艦隊司令のそれである。
  宙軍中将、宙軍第九艦隊司令官、クンロン・シンジケート撃滅の英雄……宙軍最高の手腕と実績を有するニーナ・ニオール提督。宙軍の新兵募集広告にもその写真が載っているから、たぶん宙軍で一番有名な人物といえるだろう。その人が、表情を輝かせて彼の腕を取った。


  「待っていたわ。ヴィンチ少尉」


  士官学校時代読みふけった戦記もの、とりわけ『ナウール』シリーズでは、艦長や提督はきまって冷静沈着、部下に対しても超然とした態度でのぞむものであったから、このもろ手をあげての歓迎ぶりには面食らってしまった。新任の士官を迎えるのに、わざわざ自分のほうから歩み寄るなどおおよそ考えられないことである。


  「このひと月のあいだ、そのことを考えるだけで仕事も手につかなかったわ……まったく自分がけなげに思えるくらい我慢強く待ったもの。軍本部がわたしの専任副官のことを忘れてしまったんじゃないかと不安だったけれど、これでようやく…」
  「…提督?」
  「ああ、そうね」


  彼のもの問いたげな視線に気付いて彼の手を解放すると、提督は目配せして椅子に座る三人の偉そうな士官たちを立ち上がらせた。立ち上がった彼女たちは、すらりとした知的な美女ばかりであった。


  「『三本爪』がなにかは分かるわね? 彼女がこのカーリカーン旗艦艦長、セリン・ドヌーブ准将。そしてこっちのふたりがわたしの艦隊司令部を支える作戦参謀、クオン・ニムルス少佐とジェダ・アーリ大尉。あなたの専任副官任命の立会人になるわ」
  「ようこそ、わが艦に。法定立会人セリン・ドヌーブだ」
  「歓迎します、少尉。わたしは主席参謀クオン・ニムルス少佐です」
  「次席参謀のジェダ・アーリ大尉です」


  上官のほうから先に名乗られて、エディエルは棒を飲んだように背筋を伸ばした。


  「エディエル・ヴィンチ少尉であります」


  彼の最敬礼を見て、四人は四様のようすを覗かせた。いくら見ても見飽きぬというように熱心に彼を見つめるにこやかなニーナ・ニオール提督。士官学校の鬼教官よろしく彼の敬礼に不備はないか観察しているふうのセリン・ドヌーブ准将。武器庫の備品を品定めするような冷ややかな目のクオン・ニムルス少佐。そして彼が何をしようとほとんど感心のなさそうなジェダ・アーリ大尉。


  「宇宙軍規定一九五二四の特記事項に基づいて、わたしことニーナ・ニオールはエディエル・ヴィンチ少尉を艦隊司令官付専任副官に任命する。法定立会人、よろしいですね?」
  「聖句を」


  提督は粛然と額に聖印を切ると、キャッツランドでもっとも信仰されているシャム教の聖句を唱えた。宙軍では、なにかにつけて神への宣誓を求めることが多い。無辺の宇宙空間に漂い出ると、ひとは誰しも謙虚な気持ちになると聞かされたことがある。


  「承認します」
  「権利の発効を認めます」


  想像以上に厳かげな任命であったので、彼は天井を見上げるようにして胸の動悸が収まることを念じた。これで自分は宙軍きっての英雄ニーナ・ニオール提督の専任副官となったのだ。たとえどんな難局でも、生きては帰れぬ危地に陥っても、この方と運命を共にすることになるのだ。


  「任命式はこれで済みました。あなたたちは退室してよろしい」


  はっとして、彼は視線を落とした。三人の士官が提督の命ずるままに退室して行く。去っていく三人の、ものいいたげな視線がこちらに投げられる。
  たいてい自動である艦内のドアで、おそらく数少ない例外である手動式の(いわゆる普通の)扉が開いて、そしてかちゃりと閉じられる。部屋に取り残された二人は、互いを見つめ合った。彼のほうははばかりつつも次の指示を待つ遠慮がちなものであったのだけれど、提督のそれはほとんど凝視に近い。


  「エディエル・ヴィンチ少尉」
  「はい」
  「…これからプライベートではエディでいいわね? わたしのことはニーと呼んでいいわ。そのほうがすぐに親しみが湧くでしょう?」
  「…いえ、そんな失礼な呼び方をするわけには」
  「これはお願いだけど、命令のほうがいいならそれでもいいわ。ともかくニーよ。公式の場ではいまの通り提督付けにしてもらわないと困るけど、プライベートではニーと呼んでちょうだい。これからのふたりの生活のこともあるから、プライベートでおかしな壁は作りたくないの。二科の主席卒業者なら、ものわかりの悪いこと言わないの。了解?」
  「はぁ……了解しました」
  「それじゃ、さっそくだけど専任副官としての最初の任務を遂行してもらおうかしら」


  宙軍に正式編入されてから、初めての任務ということになるのだろうか。何を命ぜられるのか一言一句聞き漏らすまいと、彼はニーナの口許を食い入るように見つめた。数々の危険な戦いで、部下を叱咤し作戦を遂行させた英雄の生の口唇である。
  そうしてあまり見ることにに集中しすぎて、言葉そのものを聞き逃しそうになるところだった。聞き慣れない言葉(いや単語か)を聞いた気がして、エディエルは心もとなげに瞬きした。聞き取った言葉がどうしても胸落ちしない。
  救いを求めるように見つめる彼に、ニーナは満足げな笑みを浮かべて、ぺろりと唇をなめまわした。


  「これから長くパートナーとなるのだから、まずお互いをよく知り合うことが先決だと思うの。だから、あなたを抱きます」


  期待通りにニーナは命令を繰り返してくれた。抱く……言葉の意味を彼が悟ったころには、まるで万力のように両側から締め付けるニーナの腕のなかに捕らえられていた。
  たちまち、彼は震え上がった。


  「こっ…」
  「ああ、この瞬間をどれだけ待ったのかしら……なんて細い体なの! ほっそりして柔らかくて…」
  「あの、提督…」
  「なぁに、エディ?」
  「…ぼくは……いえ、自分は、まだ一五才で」
  「一五ならもう立派に立つでしょう? 未成年だなんて不思議ないいわけは言わないでちょうだいね。宙軍士官は任官すると未成年でも法的には成人扱いなんだから」


  がたがたと震え上がる彼を軽々と抱え上げて、ニーナは執務室奥の仮眠室へと運んでいった。彼女のうなじから立ち上るフェロモン臭に、次第に彼の恐怖は性的な興奮へと塗りかえられてゆく。キャッツランド人女性の放つ性臭は、男性の抵抗力を失わせる力がある。匂いに刺激を受けて、脳内麻薬が一時的に大量に放出されるのである。
  医学的には、それを保護反射というらしい。そのあとにやってくるであろう、激烈な苦痛から本人を守るために。
  ベッドの上に投げ出されても、エディエルは脱力したまま身動きも取れなかった。






***



  キャッツランド星の総人口はおよそ一二億人、その内訳は女性が一一億五千万人あまり、残りが男性である。その性差による数の違いは、ひとえに原因を男女の平均寿命の差に求められるのだが、キャッツランド男性が遺伝的に短命であったという事実はどこにもない。彼らが身体的な寿命を全うせずに早世するのは、もっぱら外的な要因によるものであった。
  キャッツランド人女性を形容するのに、よく美形であるとか身体能力が高いなどとか言われる一方で、「非常に好色」であるとされることはあまりに有名である。だが彼女たちの名誉を守るために付け加えるなら、彼女たちはけっして常識的な頻度を超えた交渉を行っているわけではないし、必要以上に男性に対して要求が厳しいというわけでもない。(男女の数的バランスを考えると、いささか男性の交渉数は多くなりがちだが…)
  失血性ショック死……キャッツランド人男性の七割が、十代後半から二十代前半にかけての十年間で、この死因をもとに死亡する。平均寿命は三十にも届かない。
  原因はその特殊な性交渉にある。キャッツランド男性は、おのれの血にまみれながら女性に抱かれ、生と死の淵をさまようことになる。キャッツランド人男性にとって、性交渉はまさに恐るべき死の儀式であったのだ。


  (死にたくない)


  その考えが頭の中ではじけて、エディエルの理性が息を吹き返す。恐るべき拘束力を持つフェロモンの魔法と、おのれの命を守ろうとする生物としての意志力とがせめぎあい、そしてやや時間を経たのちに後者が勝利を収めた。


  「お許しください、提督!」
  「『ニー』よ、プライベートはそう呼びなさいといったばかりでしょう? いまからがイイとこなんだから、気を散らさないでちょうだい」
  「自分は……あっ」
  「ほら、だんだん硬くなってきた」
  「後生ですから! 自分にはまだ心の準備が……痛いっ」
  「卒業者名簿の中からあなたを見つけたときは、これだって思ったわ。顔も体も、このつやつやのシャムミルクの髪も、蜂蜜みたいな琥珀色のきれいな瞳も、当然学校での優秀な成績もそうだけれど……自分の副官にするならこの子だって、ひらめいたの。まったく、わたしの子供のころから想像していた理想にこんなにも近い子を見つけられるなんて思ってもみなかった」


  夢見るようにささやくニーナの声が、エディエルのうなじから胸元へと這っていく。あまりの恐ろしさに彼がのろのろと押しやろうとするのをやんわりとかわして、ニーナは心のおもむくままに彼の体を撫で回したりつまんだりした。
  期待に胸膨らませて艦に乗り込んだのはついさっきのことだったのに、どうしていま自分はこんなベッドの上で、あられもない格好になってしまっているのだろう。エディエルの思考は空転する。これではまるで安手の性人形じゃないか。だが抵抗しようにも、相手は雲の上の艦隊司令、任官したての新米にはあまりに恐れ多い宙軍中将である。指の爪を伸ばしかけたけれども、引っかいて撃退するのはためらわれた。なにより、これはあの憧れのニーナ・ニオール提督の直々の命令で…。


  「ある意味、艦隊の司令官にだけ許されるこの特権を手に入れることがわたしの夢だったといっていいわ。どんなにつらくて苦しいことがあっても、今度こそここで死ぬかもしれないと思ったときも、いつか艦隊司令に昇進して専任の副官を手に入れた自分を想像して紛らわすことができた……宙軍士官の誰もがうらやんだり憧れたりした高級将官たちの特権! わたしもとうとうその特権を振るえるところまできたのだわ。いいこと、わたしが副官の任を解くそのときまで、あなたはわたしだけのものになるの。こんなこと二科の卒業生に言い含めるまでもないことだけれど、あなたはわたしの愛人……公私に渡ってわたしを支えることが専任副官のもっとも大切なつとめだということを忘れないでちょうだい。そのためにもまず体の相性も確かめておいたほうがいいわ」


  繰り言のようにささやくニーナの声は、彼に因果を言い含めているというよりは、自分のなかの気後れするなにかをごまかそうとしているかのようだった。彼女のしていることは、キャッツランドの地表では決して許されることではなかった。男性に交尾を要求する権利を成人女性は限定的に所有していたが、それはあくまで成人男性を対象としたものであって、成人年齢に達していない彼のような子供に要求していいものではなかった。
  模範的紳士淑女であることを求められる宙軍士官および候補生に対して、政府が慣例的に公認する「成人扱い」と、高級将官にのみ与えられた特例的な権限が化合したときのみ、奇跡的に合法化する行為に他ならなかった。
  航海に出れば、それがどれだけ有利で便利な立場かあなたにも分かるはずよ。エディ、あなたは艦隊内での全行動においてわたしの全面的な庇護を受けて…」
  興奮した熱い吐息。わずかにアルコールの匂いが混じっている。
  そして強烈なフェロモン臭。どうして自分がここにいるのか、わけが分からなくなってしまうような思考の空転。
  希望と現実のあまりの乖離に、彼はあほうのように言葉を失っていた。言うべき言葉が頭のなかで形にならない。艦隊司令の特権? それを手に入れるのが夢だった? こんな右も左も分からない未熟な子供を捕まえて、惑星の地表にうようよしているいやらしい普通の大人たちみたいに体を嘗め回したりムリヤリ交尾を強要するのが提督の夢だった?
  そういえば噂で聞いたことはあった。士官学校二科を卒業した多くの先輩たちが、軍の高級士官と同棲しているという噂。そのときは長い軍務の間に上官と副官とのロマンスがあったのだろうと簡単に解釈していたのだけれど。
  長期にわたって外洋を航海する宙軍艦隊の司令官にのみ認められた特例措置……『専任副官』という言葉が何を意味するものであったのか、エディエルは完全に理解した。
  それは軍が組織的に用意し、軍務の名のもとに派遣する、高官用のセックスパートナーにほかならなかったのだ。


  「…てください」
  「なんなの? 気を入れてるところなんだから、もう少し黙って……エディ?」
  「やめてください。もう、分かりました」


  身にあふれてくる口惜しさと絶望に、エディエルは顔をくしゃくしゃにして泣き出していた。とめどなくこぼれ出す涙を乱れた制服の袖で拭って、そして現実を見ていられないとばかりに顔を手で覆った。
  自分のこれまでしてきた苦労は何だったのだろう? なんでこんな大切なことを教官は教えてくれなかったのだろう。夢の先にあるものがこんなつまらない生々しい現実であることを。何で自分は男に生まれてしまったのだろう。何のために自分はこの世に生まれてきたのだろう。
  すっかりと脱力して泣きじゃくるエディエルのようすに、ニーナは戸惑ったように馬乗りの体勢を変えて彼を解放した。自分の立場を受け入れたらしい少年に、心を落ち着かせる時間を与えたつもりであったのだろうが、それがエディエルに最後の選択のチャンスを与えることになった。
  彼は泣きべそをかきながら提督のベッドから降りると、はだけた制服を前にかき寄せながら、一度ぺこりとお辞儀をした。涙はぬぐってもぬぐってもとめどがない。彼はベッドの上であぐらを掻いているニーナを見ることもできず、しばらく無言でいたが、ニーナが言葉をはさもうとする気配を察して、慌てて口を開いた。


  「…します」


  心は定まっていたが、それを口にしようとすると声が震えた。初めて受け取った給料とも言うべき支度金はほとんど手も付けずに親元に送金してしまった。この決意を実行してしまえば、それも全額返還しなければならなくなるだろう。学校を出たての経済力もない彼には途方もない大金である。返還にいったい何年かかることだろう。想像しただけでも途方に暮れたが、だからといってこの決意を変えるつもりは毛頭なかった。


  「…エディエル・ヴィンチ少尉、退役させていただきます」
  「退役…? 何の話?」
  「失礼します!」


  身をひるがえして素早くドアノブに取りついたエディエルに、ニーナは激烈な反応を示した。キャッツランド人女性ならではの驚異的な跳躍力で一気に距離を詰めると、エディエルの乱れた制服の襟首を掴んだ。


  「エディ!」


  ニーナの一喝とドアが開け放たれるのがほとんど同時だった。転がるようにして執務室を駆け抜け、廊下へと飛び出した。ニーナは彼の襟首を掴んで引き戻そうとしたが、もともと脱がされかかっていた服はするりと脱げ落ちた。
  ぱっと駆け出したエディエルと、それを追いかけるように廊下に現れた艦隊司令の姿を他人事のように眺めていた警備兵たちは、提督の雷が落ちるやいなや慌て出した。


  「少尉を捕縛し、連行なさい! 十分以内に捕まえてこなかったら、背骨が見えるまで鞭打ちにしてやるわ!」


  宇宙艦のなかでの艦隊司令の命令は、神の言葉にも等しい力を持っている。特に航海中ともなると艦隊司令は自動的にキャッツランド王国女王の代理人になり、全乗組員の生殺与奪権を握ることになる。提督の怒りに触れることは、ときに死を意味することもありえるのだ。
  「退役する」と宣言したところで、それを提督は受理していないし、そもそも着任早々任務放棄するなど前代未聞のことであろう。これは敵前逃亡罪適用の範囲内であるかもしれない。提督の怒りが深刻でその罪を裁断されれば、軍事法廷が開かれるまでもなく銃殺刑となる。駆け出しながら、エディエルは次第に冷静さを取り戻してゆく頭のなかで論理を巡らせた。
  銃殺刑!
  任官したての新米士官がおちいりやすい、自分なら許されるという学生気分が自分のなかにあることを彼は認めていたが、楽観していい場合とそうでない場合の区別をつけられないほど彼は愚かでなかった。
  まだ艦は出港前なのだから、そこまで厳しい処置は取られないだろう。処置が取られる前に錨地の事務窓口に退役の旨を伝えてしまえばいい。多少のペナルティは科せられるだろうが、銃殺刑まではあるまい。
  キャッツランド人男性は、女性に負けず劣らず俊敏で風のように走ることができる。なかでも彼はもっとも身軽な年頃であるうえ、士官学校の運動教科でも主席卒業者相応の非常に優秀な成績をおさめている。百メートルを七秒で走り抜けることができる。
  乱れた着衣を整えるためにもたもたした最初こそ追いつかれはしたものの、すぐに彼は四脚走行に移って追手の兵士を振り切っている。宇宙空間での勤務が長い宙軍兵士は、キャッツランド人本来の運動能力を発揮できなくなるようだ。通路を駆け抜け、重力の解放された階段を滑るように移動したエディエルは、最前くぐってきたばかりのエアロックを指呼の間にとらえてさらに走る勢いをつけた。


  「…ッ!」


  瞬間、エディエルは息を詰めた。
  いきなり警告音が鳴り響いたかと思うと、彼の行く手を阻むように隔壁が下り始めたのだ。躊躇している暇さえなく、彼は身を投げるようにして残されたわずかな隙間に滑り込んだ。急停止できずに奥の壁にぶつかったが、痛みなど気にかけているゆとりはない。
  エアロックの難物である巨大で固く閉まったハンドルに取り掛かったところで、私物を部屋に残してきてしまったことを思い出す。今現在の彼の全財産だ。むろん取りに行くことなどできないから、とりあえずはあきらめるしかない。荷物は退役手続きを取ったあとで引き取りにくればいい。カーリカーンの出港までまだ二日あるはずだった。
  が、ハンドルがびくともしない。どんなに重くともさっきは動いたはずのものであったから、彼は焦って何度も持ち手を変えた。こんなにも固かった記憶はない。
  ぐずぐずしている間に、追手の警備兵たちが遮断した隔壁を苛立たしそうに叩き始めた。彼を閉じ込めるための隔壁が、今度は追手を中に入れるために開き始める。


  「早く捕まえるんだ! 鞭打ちなんざふるふるごめんだからな」
  「あと七分ある。二人がかりなら楽勝だよ」


  ハンドルはびくともしない。もしかしたらロックされている?
  そのとき足下がぐらりと揺れた。ぼこんとくぐもった、艦殻のへごるような音。まさか接舷通路が離れたなんてことは…。
  そのとき脳裏に浮かんだ不吉なイメージに、彼は総毛だった。


  (カーリカーンが抜錨した? …なんで)


  出港の予定は二日後のキャッツランド標準時間一二時のはずだったのに。どうして? なにか重大なことでも発生して出港が早まったのだろうか。
  ともかくこの出港は彼にとって最悪の状況を招いてしまった。錨地を離れて作戦行動に入った瞬間から、艦隊内のすべてに対して艦隊司令ニーナ・ニオールの絶対的な権威が発動するのだ。むろん錨地の事務窓口にも行くことはできない。


  「さあ、おとなしくするんだ」呆然とへたり込んだエディエルに、もはや反抗する気力はない。
  「少尉の身柄を確保しました。誓ってまだ十分はたっていません……はい、了解いたしました」


  何がどうなったのかわけが分からないまま両腕をとられて、彼はそのまま懲罰用の拘禁房へと連れて行かれた。
  これで銃殺刑だ。
  おのれの身に降りかかった運命が納得できなかった。ここまで来るために払ってきた涙ぐましい努力を否定され、慰み物にされたあげくにこの命そのものまで相手の意に左右されてしまう。こんな理不尽な仕打ちを受けるために勉強し訓練してきたわけではなかった。
  地表から眺めた宝石箱のような宇宙に乗り出して、未踏の深宇宙を駆け巡り、海賊相手に正義の剣となって戦うのが子供の時からの夢だった。副官から提督に這い上がったナウールのような勇敢な宇宙軍艦乗り。血湧き肉おどるような冒険の数々、跋扈する海賊を退治したり、野蛮な他星系の軍隊と雌雄を決したり、物語の文脈にしか味わうことのできなかった事々を、この身で実体験するのが願いだった。


  (銃殺刑……まさか、そんな)


  こんな人生の終わり方が、あっていいわけがない。
  自分は何にも悪いことなんてしていないのに……こんなことなら担当官の言うことなんて無視して一科を受ければよかった。そうすれば一般士官と同じに、やりたい職性をある程度選択できたのに。男女共学の一科に入れば大勢の異性とともに過ごすことになったから、身の危険があったことは否定できない。けれども、そんなのは入ってみなければけっして分かることでは…。


  (…いまからでも提督の要求に応えられれば、許してもらえるかもしれない。でもそうまでして生きている価値があるだろうか? どうせ運よく生き残ったとしても、繰り返し繰り返し死ぬような痛みを味わわなければならないとするなら…)


  彼はおのれの末路を確信して、兵士の前であることも忘れてすすり泣いた。


  「あ〜あ、泣き出しちゃったよ、少尉殿」
  「まだ学校出たてなんだってさ……初めてなのかな、やっぱり」
  「初モンだよ、だってまだ十五なんだろ。ちっくしょう、うらやましいこったね。全キャッツランド人女の夢だよ、オトコの子を自分の思い通りにして好きな色に染めあげてやるなんて。どう単純計算したって、二十人にひとりしか回らないってのに、しかもとびきりの美少年とくるなんざ、提督の特権もいいけど少し羨ましすぎるよ」
  「ちがいないや」


  将校であるはずの自分が、ずっと下位の警衛兵にまで「セックス人形」扱いだ。
  涙をぬぐいながら、エディエルはおとなしく銃殺されるのもいいのかもしれないと思った。こんな最低最悪のいまわしい運命に、自分の手でけりをつけられるのなら。









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