『戦え! 少年傭兵団』
第6章 『作戦会議』
気付いたのは、魚を採りに出たアルローだった。
彼は侵入者たちの数を確認すると、すぐさま小屋へと取って返した。
「盗賊だって…?」
洟をすすり上げながら、アルローはこくりと頷いた。
よほど急いだのだろう、息の上がった肩が大きく上下している。
「悪そうな顔した大人ばっかり。鎧も剣も寄せ集めで汚いし、たぶん盗賊」
侵入者たちの雑多な装具、雑多な武器。
いくつもの国の兵士たちが身に着けていたであろう装備をごちゃごちゃとまとい、黙々と薄汚れた体の節々を沢の水で洗っていたという。
つつましい小集落を襲い、街道をのろのろと進む難民たちを食いものにする盗賊はいたるところに出没する。
国中に名前の知れる有名どころなら数百人、一帯にいやな噂でささやかれる中規模なところで数十人、傭兵崩れや食い詰めた難民などが鞍替えした数人から十数人の小さな盗賊団など星の数ほど暗闇のなかをうごめいている。
「見たのはだいたい八人くらい……えっと、もしかしたら、森のなかにもっといるかもしれない(ズルリ)」洟をすすり上げる。
「いま、…どの辺にいるの?」
表情を硬くしたアニタの問いに、アルローが首肯する。
「いまはあの小さな滝のところにいる」
沢の滝といえばひとつしかない。小屋から二ユルドほど下ったところにある、落差三ユルほどの小さな滝である。差し渡し五ユルほどの水のよどみがあり、アルローの釣り場のひとつとなっている。
三ユルの落差。
これがある意味子どもたちの生活圏と下界とを隔てる心理的な境界線であったといえるだろう。
水量の少ない沢は食料を得るうえで魅力に乏しい。
あえて滝を這い上がり、森の奥深くに続く沢の上流を目指そうとは普通考えないだろう。
(あんまり想像はしたくないんだけれど…)
前提条件が崩れれば、彼らはむしろこちらを目指して沢をのぼってくる。
予感である。
「おまえら、この小屋に初めて来た時、どんな感じだった?」
「この小屋は、おいらが見つけた……ズルッ」小猿のアルローが得意げに洟をすする。最近気付いたが、こいつはいつも洟を垂らしている。
「沢ガニ採るのに夢中になってたら、たまたま見つけたんジォン!」
アニタが口を尖らせて言葉を挟む。赤毛の寝癖を撥ねさせて、勝気な性格そのままに身振り手ぶりも激しい少女だ。
レントとルチアは、そのときのことを思い出そうと眉間にしわを寄せている。
「…そんときはもっとボロっちくてさ」
一番年長で腕力もあるレントは、基本動くことがきらいですぐに座り込んで胡坐を掻いたりする。垢まみれの膝小僧をぽりぽりと掻きながらでんとふんぞり返る様子は、将来の親分肌を予感させる。
「戸もばた〜んて、倒れてたよね。ゲジゲジムシが柱のいっぱい張り付いてて…」
栗色の巻き毛を揺らして身もだえするルチアは、ともかく何かを抱きかかえていないと落ち着かないらしい。ぬいぐるみでもあればいいのだけれど、いまは自作の落ち葉を詰め込んだ麻袋を抱えている。
子供たちのおぼろげな記憶から、小屋がしばらく空き家だったことは間違いなさそうであったが、レントの何気ないつぶやきがアレクのなかの歓迎すべからざる予感を裏付けることとなった。
「鳥かなんかの骨が散らかってて、きったなかったなぁ。くっさいシャツも捨ててあったし…」
ああ、たぶんそれだ。
アレクは心のなかでがっくりとうなだれた。
その可能性はやっぱりあったか。
後からやってきたアレクには知りようもない情報。
この小屋の『以前の住人』たちが、長い遠出からいままさに帰宅しようとしている。つまりはそういうこと。よくよく考えれば、あぶれ者が多いこのご時勢に、山中とはいえこんな好物件が放置されているわけがない。
(これはもう逃げ出すしか手はないか…)
アレクとやんちゃな子供たち vs 八人の荒くれ盗賊団!
まあ負ける。
そもそも勝負にもならない。
命を賭けてまで守らねばならないモンでもないだろう、このボロ小屋。
損得勘定は即断即決。
命を張って戦場を駆け回る傭兵たちには必要な能力である。むろん戦場働きはまだ未経験とはいえ、従軍経験の多いアレクにもそのぐらいの感覚は備わっている。
(すぐに荷物をまとめて……あれとあれは忘れずに、…って、なに期待したように見てるんだ、おまえら!)
アレクの頭があっさりと逃げ出す算段に移っているとも知らず、子供たちはおのれのリーダーがこの困難からいかにしてこの小屋と彼らの生活を守るつもりなのか、熱っぽい眼差しで注視している。
「…あのな」
アレクが口を開くと、子供たちが身を乗り出した。
「うっ…」
生存のための最上の作戦を口にしかけたアレクは、得体の知れぬプレッシャーを感じて言葉を飲み込んだ。
なんだ、このきらきらしたソンケーの眼差しは!
アレクは顔をごしごしと手でこすってから、気を取り直すように深く息をついた。
じっとこちらを注視する子供たちに、アレクは言いにくそうにつぶやいた。
「に、…逃げないのか?」
こくこく。
頷く子供たち。
「戦って追い返すつもりなのか?」
こくこく。
強く頷く子供たち。
…単独脱出も……きっとアリだな。うん。
アレクの脳裏には、《オークウッド旅団》の作戦会議をする父親の姿が浮かんでいた。
(盗賊団なんぞ『頭』をつぶせば烏合の衆だ)
会議のなかで誰かが言った。
村を襲い、女を奪い、森へと姿をくらました盗賊団。
(『ヘビの頭つぶし』か)
(やつらと正面切って殴りあいなんざふるふるごめんだね。やつら剣法が汚ねえから、慣れてねえと大ケガするぞ)
盗賊は森を隠れ家とすることが多く、障害物の多い森のなかでの戦闘にも慣れている。剣法が汚い、と言う意味は分かりかねたが、たぶん卑怯な手をたくさん使うということだろう。
(ヘビを穴蔵からいぶり出して、いの一番に逃げ出した頭をぶったたく!)
村でかき集めた銭を対価として差し出した村長は、彼らの提案した過激な作戦に顔を青くして反対したが、村の存亡のためと言われれば口ごもるしかなかった。
そうして実行に移された盗賊掃討作戦は、《オークウッド旅団》の描いた絵図をなぞるように進んで、盗賊団を瞬く間に壊滅に追い込んだのだった…。
(盗賊の首領なんてモンは、たいてい『一番好き』って相場が決まってらぁ。分捕ったお宝には『一番』最初に手を出して、生き死にのかかった危機には『一番』先にケツをまくって逃げ出しやがる)
(なら先頭切って逃げ出してもらおうか)
森の各所で火が放たれた。
燃え盛る森のシルエットを眺めながら、団長はくつくつと笑った…。
(…で、なんでオレは『作戦』なんてモンを練ってるんだ?)
ため息をつく。
子供のお遊びではないのだ。失敗すれば、どんなひどい目に合うか分かってるのか、こいつら…。
「「「「逃げるのは、ヤダ!」」」」
どうやら剣の練習を始めた自信が悪い方向に作用したようだった。
たった数日訓練しただけだというのに。こいつらがいっぱしの剣士にでもなったつもりなのは明らかだった!
(参ったな…)
アレクはむろん、この小屋を放棄して逃げ出すことが最上等の作戦だと信じている。しかし彼が反対しようとも、自分たちだけでも猪突しそうな勢いの子供たちを放って逃げるわけにもいかない。
彼らを『子分』として保護対象にしたのはアレク自身であるからだ。
ふうー。
この憂鬱なため息から空気を読んでほしいものなんだけれど。
アレクは不承不承、子供たちに引きずられるようにささやかな作戦会議を開いたのだった。脳内では別の秘密会議も開催中である。
まず、こちらの戦力を冷静に検討する。
自らそうカウントするのはずいぶんと抵抗があるのだが、まともに戦える駒は自分しかいない。殺傷力のあるまともな武器も、彼の持つ小刀しかない。
戦力に数えていいかわからない子供が四人。彼らの武器というのもおこがましい木剣は、せいぜい殴打するだけで敵の戦闘力を削ぐほどの力はない。
(まともに正面切っては戦えない……こいつらもぶつけるわけにはいかない……ならオレが遊撃するしかない)
盗賊がひとりになったところを襲い、敵の戦力をじりじりと削る。
本来獲物を『襲う』側にいるはずの彼らは、襲われる側に立って狼狽するだろう。彼らは狼というよりも野犬に近い。おびえる羊の群れにはどこまでも強くなり、牧羊犬に吠え立てられるとすぐに慌てふためく。
基本、一人一人はたいしたことがない。
(だけど、オレだって武器持ったやつと本気でやりあったことないし…)
一対一でも、勝てる確信はない。勝てはするだろうと心では思っていても、それを実証する実績を彼は持たない。
【お子さま作戦会議】
参加/議長アレク。
レント、アルロー、アニタ、ルチア。
アレクが提唱した第一案。
『小屋にやつらを誘いこんで、閉じ込めて火を掛ける』
勝利を目的とした非常に合理性に富んだ案だったが、ルチアが大泣きして否決。小屋が残らなきゃ意味ないジャンとアニタに正論ぽく突っ込まれて、議長はめらりと苛立ったが顔には出さない。
アニタが提唱した第二案。
『正面決戦』
はい、却下。
「え〜ッ、なんでよ!」
なんでよもあるか。どこの精鋭騎士団だ、おまえら。
アルローが提案した第三案。
『すーっと水をもぐっていって、背中から襲う』
自信たっぷりに鼻をこすってるそこのキミ。どこの暗殺者ギルドに所属してるのかな〜!
で、却下。
「じゃあ、じゃあ、どうするの?」
「そうだよ! アレク兄!」
【アレク脳内会議】
参加/議長アレク。
白アレク、黒アレク。
黒アレク提唱の第一案。
『もうこいつらヤダ。ホットいて、逃げちまおうぜ。グランシルドの兵法、三十六計なんとやらだ』
いい案だ。
議決の槌を打とうとする議長を止めたのは、白アレクである。
「あの子供たちを残して逃げるんですか!」
うーん。それもまずいな。基本的にこいつらのことは気に入ってるし。
なにより、子分宣言したのはほかならぬ自分なのだし。
白アレク提案の第二案。
『彼らの溜飲が下がるまでは付き合いましょう! それから逃げます!』
結局逃げるのか…。
オレのなけなしの良心代表としてそれはどうかと思うが。
とどのつまり『勝てない』という見解では一致しているというところなのだろう。
議長アレクは黒アレクがにやりと笑って同調のふうを見せたことで、議決の槌を叩いた。
よし、その案でいこう。
「やれるだけはやってみるか」
アレクは膝を叩いて立ち上がった。
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