『戦え! 少年傭兵団』





  第8章 『子供たちの見たもの』  (※戦闘シーンがややグロです。ご注意ください)












  盗賊討伐を顔色も変えずに行っていた父親たちは、そのときなにを思っていたのだろう? こうして他人の命を奪うたびに、その恐ろしさが呪いのように全身を縛る。
  対立するのなら、迷わず命を断たなくてはならない。
  大人対子供。
  この場合それは当然の選択であり、それ以外はありえない。
  わずかな躊躇が思わぬ反撃を生む。たとえここで彼が温情を発揮したからとて、この盗賊が同じことを彼らに返すはずもない。他人の幸せを破壊し、財産、命まで奪いつくすのが盗賊たちの本性である。刀の腹で打てば昏倒させることも可能であっても、だからなんだというところである。中途半端に目覚められて、憎しみ百倍に突っ込んでこられて、あの子供たちに対処する力があるというのか。
  こうして命を駆け引きする現場におのれの足で立ってはじめて、『殺さず』などという生温い考えが現実離れしたものだということが分かる。
  そんな余裕が自分たちにあるのか?
  この温情のせいで逆襲を受けたときに、自分は責任を取れるのか?
  小屋を守ろうという子供たちの方針に同意した時点で、命を賭けたやり取りは決定されていたのだ。それに気付かないのはおのれの浅はかさに他ならない。


  (オレが対応を間違えると、あいつらは皆殺しになる…)


  たった一人で敵地にもぐりこんでいる自分の愚かさに、気が遠くなる。
  こんなこと始めなければよかった。
  やっぱり迷わず逃げとくんだった。泣こうがわめこうが、あいつらを引っ張って逃げ出せばよかったのだ。
  自分の暢気さかげんにはほとほといやになってくる。甘い考えで戦場にくるやつはたいてい痛い目を見る。傭兵団の大人たちの戒めをあんなに聞いていたというのに。このままだと相当に痛い目に合ってしまいそうだ。
  小刀を引き抜いたとき、男の返り血を浴びてしまったのは、まだ彼がそれに慣れていないということである。服に吸い込んだ血はなかなか洗い落とせない。
  不意に吐き気がこみ上げた。


  うっ…。


  血の匂いはこんなにも鉄の匂いがするのか。
  それもかなり生臭い。
  こみ上げてくるものを感じながら、早く逃げ出さなければと歩きかけて、うげっとたまらず吐き出した。焦っているのに吐気が収まらない。胃の中の物をすべて吐き出してからようやく立ち上がったときには、すでに逃げるタイミングを逸していた。
  近づいてくる人の気配。
  仲間の帰りが遅いことに気付いた盗賊のひとりが、森へと近づいて来たのだ。
  彼らも決して鈍ではない。
  その手には、アレクのそれとは比べ物にはならない大振りな剣が握られている。その刃が月明かりに鈍く輝いていた。
  キョロキョロと、油断なく気配を探るその男は、こそりとも鳴らない森の静けさに、ゆっくりとだが近づいてくる。


  「おい、ゼグッ」


  おそらくアレクが倒した男の名前だろう。呼びかけながら、森へと分け入ってくる。


  「でけえのでも垂れてるのか? 返事しろ!」


  そのときには、その背後でにぎやかに飲んでいた盗賊たちも口をつぐんでいる。しんとした滝のほとりに、虫の声が静かに広がった。
  暗がりのなかにしゃがみ込み、アレクは息を詰めた。もはや気付かれないことを祈るのみだ。
  血の匂いは意外に強いものだ。
  数ユルほどはいったところで、男も異常に気付いたようだった。


  「ゼグッ!」


  しゃがんでいるアレクの攻撃範囲に、男のわき腹が無防備にさらされていた。
  少しだけアレクは待った。
  わき腹はうまくやらないと即死にはならない。
  次に男が背中を見せた。
  アレクは片足をすり出して、立ち上がる動作でそのまま小刀を男の背中に突き立てた。肋骨の隙間に滑りこむように、刃を横にして。
  ずぶりと、肉に埋まっていく感覚。さらに力をこめる。
  刃は胸側の肋骨に当たったのか突き抜けはしなかったが、心臓は確実に傷つけた。


  「かっ、ゴフッ!」


  男は叫びを発しようとして、大量の血を吐いた。
  男はおのれを刺した相手を見定めようと振り返り、小刀を抜くのに手間取ったアレクの腕を捕らえた。そのまま崩れ落ちる。
  抱きつかれそうになって、アレクは慌てた。しかし刃が抜けない。
  片足で男の体を受け止め、蹴りつけるように引き剥がす。


  (抜けた…)


  そう思ったのもつかの間。
  すでに盗賊たちは動いていた。
  そのとき身近に投げ込まれた火のついた木切れが、周囲を照らし出した。
  そして次々に同じものが投げ込まれる。盗賊たちが闇を嫌って焚き火の木を投げ込み始めてのだ。
  アレクは急いで森の暗がりへと身を潜ませたが、それは彼が初心者であるが故の判断ミスだった。すでに包囲戦を開始している敵を前に、居竦んでしまうことは死を呼び寄せるようなものだ。こういう場合は包囲が完成する前に迅速に移動するのがセオリーである。遅まきながらそのミスに気付いて走り出す。
  おのれの経験の浅さがこういうところに出る。
  ミスの対価はおのれの命ひとつ。心臓がドクンと跳ねた。
  彼の立てたわずかな草音から、盗賊たちは的確に状況を把握した。


  「相手は少ねえぞ!」
  「たぶん一匹だ! 囲んで始末しろ!」


  盗賊たちの投げ込んだ火が、森に燃え広がり始めた。山火事になりそうな雰囲気であったが、彼らはまるで頓着しない。さらに火を投げ込む。


  「いたぞ! あっちだ」


  森での戦闘に慣れた者の動きであった。
  さすがは盗賊。
  アレクの動きを的確に『読んで』、その逃げ道をふさぐように動く。
  だがアレクに幸いしたのは、彼が得ていた『心の眼』であった。まるで明るい昼間に走り回るように、通りやすい樹間を瞬時に見極めて駆け抜ける。包囲が完成する間際に、彼はそこからの脱出を果たした。
  それを追う盗賊たちは、半円に広がろうとしたためアレクの速さに引きずられて縦に伸び始める。アレクほどに闇に目がきくわけでもない。脱落するものもあった。
  ここからは追撃戦。
  間近に追ってくるのは二人。
  アレクは合図に決めてあった音を鳴らした。指笛の音が、森に響いた。


  「ちっ、仲間か!」


  盗賊の一人がぼやいたが、追う足は緩めない。これも戦の勘働きなのだろう。
  滝のほとりで休んでいた彼らの姿を敵が確認しているのならば、その戦力規模によって採る戦法が変わってくる。
  彼らの数、八人よりもずっと多ければ、こんなまどろっこしいことなどせずに、堂々と取り囲んで降伏勧告するであろう。
  彼らと同じ数の勢力ならば、先制攻撃の優位にある間に、もっと戦力を投入するはずである。アレクの果たした役をもっと複数で行うはずなのだ。
  つまりは、少数。
  盗賊たちには、見抜かれたに違いない。
  距離は少し離せたが彼の立てる草音を迷うことなく追ってくる。迫りくる殺意に鳥肌が抑えられない。
  盗賊たちに見つかる前に、子供たちを逃がさなくては。アレクは滝の脇を通る斜面をかけ上がり、両脇に伏せて居るだろう子供たちを目で探した。


  「おまえら…!」


  それ以上はなにも言えなかった。
  森での戦闘に慣れた盗賊たちに、わずかばかりの距離は時間稼ぎにもならなかったのだ。
  彼らがまさにアレクの無防備な背中に殺到しようとしたそのとき…!


  「しょッ」草むらのなかで声がした。


  盗賊たちの足が不意に足がもつれた。


  「なっ!」


  彼らの足を取ったのは、子供たちの引っ張ったツタだった。
  もんどりうって転がったふたりの盗賊たちを見て、思考が真っ白になったのは一瞬のこと。
  少ないチャンスを見逃してはならない。
  小刀を構えてアレクは躍り掛かった。盗賊たちの対応は間に合わない。
  葉っぱの仮面で顔を隠した不気味な敵の姿に、立ちあがろうともがく盗賊たちは目を見開いた。


  「なっ、てめえ…」


  顔さえ見られなければ、彼の体格ならばやや小柄な大人に見えなくもない。
  これで四人…。
  このふたりを屠れば、敵の勢力は半減である。
  まず体格のいい男を先に狙いを定める。
  寝転がった相手を殺すことなど児戯にも等しい。そのひとりを始末している間に、もう一人が立ち上がってしまった。
  貧相な男だ。
  だが動きが素早そうだ。
  贅肉のない筋張った腕が、中剣を構える。アレクもこと切れた男から引き抜いた小刀を構えた。
  悠長に牽制しあっている暇はない。盗賊の仲間たちが集まってくる前に決しなくてはならない。
  戦い方を思い出せ…。




  《ハヤブサの型》




  体勢は変えず、片足がゆっくりと地を這うように前へと動く。動転している盗賊はそれに気付かない。
  アレクの小刀の間合いは、男の中剣よりもずっと短い。すり足の一歩が完全に地を踏んだとき、アレクが訓練で積み上げた打突の力が一気に開放された!
  相手の間合いの外から、一気に小刀の間合いへ。
  アレクの切っ先が、半瞬の間に男ののどを貫いていた。


  「ひっ…!」


  息を呑む気配が、脇の草むらから上がった。
  人の死ぬ瞬間。
  まさかこの戦いで人が死ぬなど思いもよらなかったというように。
  ようやくそのときになって、子供たちも知ることとなった。自分たちの臨んだ小さないくさ場が、人の命を載せて揺れ動く峻厳な運命の篩いの上なのだということを。
  自分たちが死ぬこともある。
  他人が死ぬこともある。
  彼らは「小屋」を守るために、戦うことを選んだ。彼らのなかでの「戦い」とは、おそらくチャンバラごっこの延長程度のものだったのだろう。
  彼らには自覚がなかった。
  かつて盗賊たちが前の住人から奪ったように、彼らもまた盗賊たちからあの「小屋」を知らず奪っていたのだということを。
  人から物を奪うには、相手にそれをあきらめさせねばならない。それは、暴力であり、時には死そのものであった。
  そうして子供たちは、アレクが盗賊たちの返り血で真っ赤に染まっていることに気付く。アレクの目に、震えて小さくなる少女の姿が観えた。
  しかし時は待ってなどくれない。
  さらに盗賊たちが攻め寄せるのなら、次の罠に誘いこまねばならない。
  だがアレクのなかで、戦闘に対する《熱》のようなものが引きかけていた。
  この戦いはもう終わる。アレクの読みが渋すぎたのか、それとも相手が予想よりも弱すぎたのか、怖いほどに易々と『勝ち』を掴みかけている。
  後一押しすれば敵は退く。戦力の半減した盗賊たちに、継戦の利があまりに薄かった。


  「おまえたち、小屋に戻って松明を全部もってこい」


  アレクは指示を出したが、子供たちが反応しない。
  ここでこちらの人数があることを明らかにすれば、盗賊たちは退かざるを得ない。相手を威圧すべきタイミングであった。


  「行けッ!」


  鋭く発したアレクの声に、子供たちは逃げ出すように駆け出した。
  その後姿を見送ってから、疲れをため息に含んで吐き出すと、アレクもまたその場を離れた。
  すでに仲間の断末魔の悲鳴を聞いたであろう盗賊たちは、進退に迷いを生じさせているだろう。なかなかここまで道を上がってこない。
  もしもここまで上がってきたなら、また一戦して蹴散らしてやる。
  呼吸が収まるに従い、後からしびれるような高揚感がのぼってくる。
  アレクは小刀を一閃した。




  人殺しの刃。
  ただ人振りで、人を物言わぬ肉に変える武器。




  熱した心をもてあまして、闇雲に振り回した。
  ただ切れ散った葉が舞った。








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