『戦え! 少年傭兵団』





  第11章 『ソマ村にて』












  夜間の街道というのは、当然のことながら本当に真っ暗だった。
  同行の女子供たちにひどく不評だったのもさることながら、街道沿いのいたるところでひっそりと休息をとる難民たちにもおしなべて不評だった。


  「こんな夜道を松明もなしに歩く集団があったら、盗賊と思われても仕方ないですわ」


  難民たちがびびること半端ではなかった。
  あわてて森のなかに逃げ込む者、悲鳴を上げる者、命乞いを始める者、勝手に死に物狂いになって突っかかってくる者などなど、たしかにずいぶんと迷惑を振りまいてしまったようだった。


  「じゃあ松明のひとつでも着けるか…」
  「いえ、そういう問題ではないと思うんですけど」


  リリアが言葉を選ぶように応じる間にも、また一組難民たちが命乞いを始めた。いちいち反応しても疲れるだけなので、何事もなかったかのようにその前をスルーする。
  夜道を馬車で移動とかならば明かりが必要というのは分からないでもないが、徒歩ぐらいの速さなら星明りに慣れてさえしまえばそれほど苦もなく歩けるものである。切り開かれた街道ならばなおのこと星明りも地表まで届く。
  アレクなどは、その星明りさえも必要ではなかった。
  むしろその世界が暗がりに沈む『夜』という時間帯に、彼は親しみさえ覚え始めていた。暗闇に潜む危険に普通に気付くことができるのなら、むしろ夜のほうが安全だとさえいえると思うのだ。
  夜行性の肉食獣がなぜ夜に狩をするのか。
  それは夜の闇を見通す『目』を持つものが強者となりうる時間だからだ。


  「じゃあなにが問題で…」


  そのとき突然、街道に黒い影が躍り出た。
  会話に集中していたために草音を聞き逃していたのか、その登場は一行にとって不意打ちのようなものだった。


  「いやっ!」
  「わぁっ」


  腰を抜かす子供たちとは対照的に、すぐさま相手を見透かしてすばやく対処するアレク。
  わっとばかりに飛び掛り、手でその影の正体を捕獲する。


  「いい食料が手にはいった」


  捕まえたのは野うさぎだった。
  食糧難のこの時代、特に貴重な『肉』は憧れの食材である。アレクの手でじたばたともがくまふまふの愛らしい生き物を見て、「かわいそうだから放してあげて」と軟弱なことを言い出す子供はいなかった。リリアは表情を明るくさせ、子供たちは早くも唾がわいたかのように口元をぬぐっている。
  心なしかウサギの死に物狂い度に拍車がかかったが、むろん逃がすアレクではない。


  「朝までに村を見つけられたら、こいつを朝飯にしよう」


  もしもぐずぐずとして朝までにたどり着けなかったら、エデルの市城で叩き売って金にする。
  足手まといにはもったいない貴重な食材である。


  「休憩とかしたらこりゃ間に合わないな」


  実はリリアたちがなにを要求しようとしていたのか分かっていたアレクであった。
  その後の行程がいやにはかどったのは、その食材のせいであったかは定かではない。






  ソマ村を発見したのは、本当に日が射し染めたばかりの朝焼けの頃合だった。
  盗賊たちは暴虐の限りを尽くしたが、火だけは放たなかったようで、ただ打ち壊され荒れ果てた村跡がそこには残されていた。
  リリアが村に駆け出していく。


  「小さい村だったんだな」


  戸数は本当に数えるほど。
  村の入り口では襲われた村の確認を行っているエデル伯爵領の兵士が歩哨に立っていた。
  領民が襲われたのだから領主が調べに兵をやるのは当然とはいえたが、別段村を襲った盗賊団を退治してやろうという戦意が兵士たちに微塵も見られなかったのが、エデル伯爵領の現状を映しているかのようだった。
  朝も早くから村に近づこうとする不審な一行に目を止めた兵士ではあったが、その正体が女子供ばかりであると知るとすぐに警戒心を解いた。


  「村の生き残りか」


  税だけ搾り取って、盗賊の害から守ることもしない領主とその兵士に対する領民の受けは当然ながらよいものではない。どうせ泣き言でもいわれるのだろうと面倒を嫌って近づいてこようともしない。
  リリアが駆け込んだ家跡は、村でも一番大きなものだった。村長の娘だったのかもしれない。
  そちらのほうへとゆっくり近づいていると、リリアがすぐに家跡から飛び出してきて、その辺をうろうろとしだした。アレクが「どうしたの」と駆け寄るその背中から、


  「裏の広場のほうに行け!」と兵士の声がかかった。


  避け得ぬ事実に恐れをなしたように歩を緩めたリリアと並んだアレクは、その目の先に並べられた村人たちの亡骸を観た。
  いままさに数人の兵士たちが穴を掘っている最中で、順次葬られてゆくのだろう。それは不幸な領民を思いやっての葬礼というわけもなく、ただ疫病予防のための処置に過ぎないから、一度に何人も放り込む。
  夜通し歩いていなければ間に合わなかったかもしれない。
  リリアはそこに冷たくなった家族の亡骸を見つけて、取りすがって泣いた。もうしばらく、気の済むまで泣かないと心の整理などできはしない。
  アレクたちすべてにいえることだが、そこにいる子供たちはみなそうやって両親、家族を失ってきた。変な慰めを口にしようという気にもならない。
  広場の隅に子供たちは並んで座った。
  レントのお腹がぐうと鳴った。
  みなお腹がすいていたが、朝ご飯にしようと言い出すものはいなかった。


  「はい」


  アニタとルチアが荷物のなかから魚の干物を取り出して、全員に配った。
  アニタに差し出された干物を手にして、アレクは「ありがと」と言った。
  もくもくと口にして、味気ないそれを機械作業のように嚥下する。
  しとめたウサギをさばいて焼こうなどとはもう誰も想像してはいない。人の死を前にしてそれは不謹慎だとかそういうレベルではなく、『肉を食べる』という行為に食欲が喚起されなかったのだ。
  それからしばらく、リリアの啜り泣きが続いた。






  「自分たちで土葬するか」


  そう聞かれて、リリアは首を振った。


  「みんなと一緒のほうがさびしくないだろうから…」


  兵士と一緒に土を運んで、村人たちを埋葬した。二十数人の人生が、土に埋められてこの世から消えてゆく。
  作業を終えた兵士たちは、撤収準備を開始した。


  「この村の生き残りなら、これを持って市城に行くがいい」


  兵士が木切れをリリアに押し付けて、それを合図にしたように全員が馬にまたがった。


  「官札だ。それを見せれば衛士も便宜を図るだろう」
  「あ、りがとうございます…」


  彼らにできる最大限の気遣いであったのかもしれない。
  兵士たちの姿が馬蹄とともに遠ざかると、アレクはリリアを観て、


  「ここに残る?」


  と問うた。
  リリアは首を振った。


  「生き残りはわたしたちだけみたい……ひとりだけで暮らしていけるはずがないわ」


  守り手のない家に娘がひとりいても、それは自ら「襲ってください」と災いを招き寄せるだけである。
  改めて彼女は、エデル市城までの同行を願った。






  ソマ村からエデル市城まで歩いて一日。
  日が中天にさしかかり、そろそろお昼時と言う頃。
  リリアは、自分だけが朝ご飯を食べていないことに気付いて騒ぎ出した。


  「あのウサギ、食べましょ!」


  街道脇に荷物を降ろして、さっそくとばかりに薪を集め出すリリア。必要以上にせっせと動く彼女の姿に、子供たちは「悲しみを紛らわせているのだろう」と同情を寄せたが、ウサギの丸焼きがじゅうじゅうと香ばしい匂いを漂わせ始めると、もはやだれもソマ村のことを思い煩ってはいなかった。
  恐るべし、食欲の魔法。
  通りかかる難民たちが血走った目で彼らの手のなかにある肉を凝視していたが、それすらも彼らの味覚中枢を刺激するうまみスパイスにしかならなかった!






  一行は、その日の夕刻を待たずして、エデル市城へとたどり着いた。








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