『戦え! 少年傭兵団』
第21章 『見出された才』
《東方の三剣》
巷間で武術好きの好事家が噂する『最強の可能性がある武人』のひとり。
人々のいう《世界》とは、共通の言語で語られる文明世界の領域を指し、それはもっぱら大陸西端の肥沃な平原、古来より文化の先進地とされる中原一帯を意味している。
《東方》という括りに『田舎者』という侮蔑がそれなりに含まれているのは間違いはなかったが、東方の田舎者たちに彼らの土地を卑下する傾向はむろん皆無である。
《東方の三剣》とは、そんな大陸東部で語られる三大武人であり、
いわく、
流しの傭兵で戦乱の地に好んで姿を現す《狂戦士ハルバート》
いわく、
ローニュ市の司教でかつては野蛮な東夷の地を身ひとつで教化して回ったという《鉄槌のバチスタ》
そして東辺の小国ルクレアで「過ぎたもの」と人々に称揚される《守護騎士ゼノ》そのひと。
吟遊詩人によって広められたその《東方の三剣》のひとりが、アレクの前に立っている。
力なき小国の悲しさ、《信義なき変節の国》と汚名を甘受しながら時々の強者にすがり付いて延命した彼の国も、とうとう隣国に侵され王統を断絶したと聞く。
ルクレアの騎士や兵士たちに敬仰され、隣国の貴族たちにも支持者が多かったという偉大な剣匠が、亡国とともに故国から姿を消した。
「…で、あれがもしかしたら」
アレクは井戸端でしゃがみ込んでカチカチのパンと格闘しているフードの人物を眺めて言葉を継ごうとしたが、「詮索はしないほうがいい」とゼノに釘を刺された。
主家の姫を連れて逃げているのではないか。ルクレアと遠縁にあるマリニ公国に向かっているのではないか。そんな他人の不幸話は人々の歓談にネタとしてよく供される。むろんアレクも一度や二度は聞いている。
(なるほど。王女さまか)
下郎呼ばわりされたのもそれならば頷けるというもの。もちろん下郎呼ばわりされたことに対して不愉快さは残るのだけれど。
王侯も没落すれば難民にかわるところがない。現に彼とともに留置所で夜を明かしたではないかとも思う。
彼がなにを考えているのかお見通しだったのだろう。ゼノがその考えを霧散させるほどの強烈な打ち込みをかけてきた。
(これが《東方の三剣》の斬撃…)
むろんそれが全力であるなどとは思わない。これは生死をかけた死合ではなく、彼を鍛錬するための組打ちであったからだ。
しかしたったその一撃で、アレクの腕はしびれた。中剣を手放さないのが精一杯で、反撃に出るゆとりさえない。が、アレクの目は《東方の三剣》を見据えたまま揺るがない。たとえ現実はどうあれ、相手から目を離すことはすぐさま死につながる。そう先達の傭兵たちに教えられてきたし、彼もそう信じている。
続けざまに二撃、三撃とやってくるゼノの剣撃は、さながら案山子相手の棒打ちのようだった。彼がすでに『痺れて』しまっていることを知っている。ゼノは無造作に、まるで立ち木にでも打ちつけるように単調な攻撃を繰り返した。
「そんなでは訓練にならんぞ」
「…ちっ!」
真正面から受けたら、そこで終わりである。
アレクは剣を合わすことなく、退きながら痺れが抜けるのを待った。
(右・左・右…)
つぶやきながら、ゼノの剣の動きを頭の中でカウントし、タイミングを図る。
ゼノがなにを意図して同じ攻撃を繰り返しているのか。
アレクにもその解答は分かっている。
受け流せ。
ゼノはそう言っているのだ。
剣をまともに打ち合わせてよいのは相手よりも膂力に勝っていたとき。もしくは拮抗していたときのみ。こうしてゼノとアレク、力の差が歴然とした打ち合いならば、対処法はふたつ。
かわすか、受け流す。
そしてかわしてばかりでは攻撃の糸口などつかめない。手錬はそう簡単に懐に入らせてなどくれはしない。上級者相手ならば剣を受けて止めるでなく受け流し、相手の体勢を崩すことで無理やりに隙を作る。
斬撃に対して剣は鈍角に合わせ、そこで相手の踏ん張りの利きにくい方向へと軽く弾いてやることで『隙』を生み出す。
アレクは騎士ではない。『傭兵』らしく、相手が隙を見せたならば、躊躇なく踏み込み、戦いを楽しむようなことはせずに一気に決めに行く。一人を倒してもすぐ次がやってくる。傭兵の戦場とはそういうものであり、騎士同士の一騎打ちみたいに悠長なことをやっていたら命がいくらあっても足りない。
ゼノの単調な攻撃をかいくぐることは容易い。むろんゼノはわざとそうしているのだが、それでは意味がない。ここは要望どおりに『受け流し』を端とした攻撃を組み立てるべきところだ。
アレクの持つ剣は刃こぼれしているが凶悪な鈍器である。しかし相手が明らかな上級者であるため、彼は全力で打ち込んだ。
一定のリズムで振り下ろされるゼノの剣を観定めて、両手で支えた中剣で薄い角度をつけて弾く。
そしは、体を入れながら鋭い胴払いを放つ。
ガチンッ!
衝撃と火花。
ゼノが手をこじることで、おのれの剣の柄を斬撃の軌道に割り込ませた。歴戦のつわものであるゼノの剣は、装飾など欠片もない、実用一辺倒の無骨な大剣である。
「まだ踏み込みがあまい」
指摘されるまでもない。
おのれの技量が《東方の三剣》の足元どころかつま先にさえ届いていないことは知っている。最初の時にそれはいやというほど味わった。
(こんなバケモノに、どうやって勝てるっていうんだ…)
ゼノの特訓は、夜半過ぎまで続いた。
「アレク。…おまえには夜の暗さもまったく関係がなさそうだ」
「それは師匠だって。オレの攻撃なんかぜんぜんかすりもしないってのに」
一日の授業料は銅貨一枚。アレクの支払うこのわずかな授業料が、ルクレアの主従を飢えから救う貴重な現金収入だった。
「わたしは気配で察するだけだ。それも長く鍛錬を積み重ねた末にようやく真似事ができるようになった程度のこと。目を閉じて対等の力量を持つ相手に立ち向かえるわけではない。…だがお前には見えているようだ。ずいぶんとはっきりとな」
投げてよこした銅貨を掴んで、懐にたくし込むゼノ。
あれだけの驍名があってその仕官の願いを無碍にする支配者がいるであろうか。おそらくは「二君に仕えず」などとお高くとまっているのだろうが、傭兵の目には有用なキャリアを捨てている愚かとしか映らない。
まあ、そのおかげでたった一枚の銅貨で指導を受けられるわけであるが。
「本来こんな明かりひとつない暗闇で組み打ちなどおよそ無理がある。おまえがなにもいわないから構わず稽古を付けたが、どうやら『夜目が利く』という程度ではないらしい」
その声には、怪しみと、好奇心がのぞいている。
アレクはゼノを正視した。
目を開けて見ているつもりであるが、実際は別の何かの力でその光景を『観て』いるに過ぎない。おそらくは目の動き、瞳の焦点の合わせ方にも違和感があるのかもしれない。
「…もしかして、めしいているのか」
ゼノは何かの結論に至ったかのように、瞠目した。
アレクには観えていた。
そのとき井戸端で顔を上げたゼノの主人が、驚いたようにこちらを振り返ったことも、女衒酒場の三階から、こちらを静かに見つめているいかつい顔つきの野次馬の姿も、彼の心の目はとらえていた。
「そうだとしたら?」
アレクは笑おうとした。
われながら表情が硬いと思う。
「めしいのオレには、傭兵家業は無理ですか」
目をそらさず、俯くこともなく。
アレクは偉大な剣匠を仰ぎ見て、そう問うた。
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