『戦え! 少年傭兵団』





  第38章 『逃避行』












  さて、ゼノの企みにより割合に時間と距離を稼ぐことに成功した一行であったが、まあ予想通りというか、割合に早くマリニの追っ手に補足されることと相成った。
  それなりに急ぎ足の移動であっても、しょせんは徒歩と騎乗。足手まといの女子供を先に退避させると、しんがりにゼノとアレクが立った。マリニ兵たちは一帯を広く捜索しているのか小勢に分かれており、そのとき一行に接近してくる騎馬の数は、五騎ほどであった。


  「わたしだけであらかたは押さえられるだろうが、討ち漏らしたときのために後衛についてくれ」
  「分かった」


  作戦というほどのものでもない。前衛と後衛。ゼノが先頭に立ち騎兵の群れを切り伏せ、アレクがその背後に討ち漏らしに備える、というもの。
  騎兵五に対して、ふたり。普通ならばありえないくらいの劣勢ッぷりである。だがそのうちのひとりが豪剣を振るう剣の達人であることが可能にする単純明快な連携は驚くほど効果を発揮した。


  「そこの者! 待たれ!」


  呼ばわりながら接近してくる騎兵たちに対して、ゼノはすでに抜剣。殺る気満々である。無抵抗での捕縛を期待していただろう騎兵たちも、ゼノの威風堂々とした構えに次々に抜剣する。


  (八相の構え…)


  ゼノは左足を前に半身となり、膝だめに腰を落とし、剣を構えている。構えは一般に《八相の構え》と呼ばれるもの。その手にある大剣は重さ二〇パウンドはある鋼鉄の塊であるというのに、木の枝でも持つように楽々と静止している。
  突撃してくる馬体の隙間に体を滑りこませるためには、半身であったほうがいい。それはつい先日に自ら戦場で体得した手管のひとつである。正眼に構えると、突っ込んでくる馬のスピードをいなしながらの攻撃が難しい。
  馬蹄の音は近づくにつれ地響きを伴った。
  アレクは戦場の感覚を思い出して、腕に鳥肌が立つのを覚えた。


  (これは……殺し合い!)


  大質量である騎馬相手に、小刀は刃が立たない。
  中剣は手にするが、まだ構えない。騎兵と衝突するまでにいくばくかの間がある。それまで構えを保持するために体力を消耗する愚を犯さず、だらりと剣は下げたままに。
  ゼノはどうやって騎兵に対処するのだろう。自分があれだけ翻弄された騎兵相手に、どんな剣さばきを見せるのだろう。
  おのれの呼吸を、三度まで数えたところで。
  マリニ騎兵が眼前に殺到した!


  ブァァッ…!


  ゼノの大剣が空気を切り裂いた。
  街道は広いといっても、二騎が併走して走るには狭かった。よって、マリニ騎兵は縦列での突撃となった。
  叩き付けられようとしていた騎兵の剣が、一瞬前までゼノの頭のあった空間をかすめた。すぐに人馬はゼノの脇を通り過ぎたが、アレクはそれを『討ち漏らし』とは認識しなかった。
  騎手はゼノに胴を薙がれて、馬から滑り落ちていく。
  突撃してくる騎兵の持つ威圧感は、兵士を尻込みさせる。その腰砕けの対応で騎手に手傷を負わせることは難しい。騎兵がなにゆえにいとも簡単に歩兵を蹂躙できるか……それは体当たりさえもが殺生力を持つ巨大な馬体の突撃が、反則的に恐ろしいのだ。蹄にかけられただけで大怪我必至の突撃に、真っ向からぶつかるのはよほどに度胸がいる。
  ゼノはそれを、いとも簡単に成し遂げた。
  重いばかりでとりまわしの困難な大剣が、騎兵を殺傷するのにこれほど有用なのだと見せ付けられる。大人の身長ほどもあるその剣身は、馬の進路から身をかわしてさえ騎手をその間合いにとらえたのだ。
  騎兵の縦隊は先鋒の討ち死にを目の当たりにしても簡単には止まれない。明らかにゼノから逃れようと進路をそらした二番手も、逆に踏み込んだゼノによって腕を飛ばされた。


  (すごい…)


  感嘆しながらも、おのれに課された使命を忘れることなく、なくした腕を抱えて絶叫する騎兵に止めを刺す。おのれの身に降りかかった突然の不幸に気をとられているので、剣を振り上げてもこちらを見もしなかった。


  「ふしゅぅぅぅ…」


  ゼノの呼気が聞こえる。
  まるで湯気でふたを暴れさせる鍋みたいな音を立てている。
  三番手は二番手とは反対側に逃れたため、ゼノの剣は届かなかったが、焼け野原とはいえかつては麦畑であった耕地にはまり込み、騎手は馬から投げ出された。
  四番手、五番手は、手綱を必死に引くことで馬を止めることに成功した。そのまま馬首を返す。


  (あ、逃げた)


  徒歩の剣士相手に、騎兵が恐れをなして逃げ出した。
  もともと彼らに周知されていたであろうゼノの驍名も、その撤退の背中を押したであろう。続いての突撃がないことを見てとったアレクは、血に濡れた中剣を手に畑に投げ出された騎手に飛び掛った。


  「まッ、待て!」


  土まみれになりながら命乞いの声を上げる騎手の手には、すでに武器さえもない。すでに追っ手二人に逃げられ、こちらの所在は戦姫に知られることになるだろう。もはやこの哀れなマリニ人を殺す理由もなかった。
  馬乗りになって中剣を喉につきつけていたアレクを、ゼノが制止した。


  「逃げたくば逃げられよ。だが、武器と馬は置いていってもらう」


  先のふたりはアレクが止めを刺している。息絶えた仲間のむくろを一瞥して、その騎士がよろよろと逃げ出した。馬と比べて、人の足はなんと遅いことだろう。騎兵は普段颯爽としているだけに、こうなるといささか滑稽な景色だった。


  「死体はいずれやつらの仲間が弔うだろう。早々に馬を集めて、ここを離れようではないか」


  ゼノにとって、戦場の生き死になどもうあまり感傷も抱かないのだろう。念願だった馬を手にいれて、その目は早くも街道のはるか彼方を見据えている。
  主人とは違う臭いの人間に手綱を引かれて馬たちは嫌がったが、戦場で乗り手を失った馬を傭兵がほっておくはずもなく、アレクもまた嫌がる馬のいなし方を知っていた。おびえる馬をそっと撫でさすり、仲間の傭兵から教わった呪文を唱える。


  「さあいこう、おまえの仲間たちのところへ。イーラハー」


  意味は知らない。
  なにゆえ馬に効き目があるのか、たぶん彼にそれを教えた傭兵も理由を知らなかっただろう。アレクも知らないが、効き目があるのだからそれでいい。


  「《馬飼い》の呪文か…」


  ゼノが面白そうにつぶやいた。






  三頭の馬で分乗するにはいささか人数が多い。
  一頭はむろん、ゼノと王女さま。
  あとの二頭を、アレクとその家族が分け合った。
  馬を何とか乗りこなせるリリアの馬に、アルローとルチアが。アレクの馬にレント、アニタがしがみつく。まあ、普通に定員オーバーだ。
  歩くよりはたしかに旅程ははかどるが、とても騎兵の追撃をかわすほどの速さはない。
  追っ手がかかるまで、どれほどの猶予があるだろう。


  「とてもじゃないけど、これじゃ逃げられないよ」
  「いけるところまで行くしかないな」


  ゼノは淡々としたものだ。
  どんな事態に陥っても、切り抜ける自信があるのか。
  まあ、ないわけがないか。あの豪剣があるのなら、もしかしたら騎兵一〇〇騎相手でも勝ってしまうのかもしれない。
  マリニ騎兵一〇〇騎に取り囲まれ、それを大剣一本で戦い抜こうとするゼノの姿を脳裏に想像して、頭の芯に熱がのぼる。夢物語に違いないのだけれど、ある意味それは年頃の少年が思い描くまさしく英雄の戦いである。
  わずかに身震いしたアレクの背中で、レントが「おしっこ我慢してるのか?」とのたまわった。








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