『戦え! 少年傭兵団』





  第41章 『異能』












  千里眼…。




  いわく、それははるか千里のかなたまで見通す奇跡の技だという。
  いくら過酷な修練を積もうと、常人には体得することのできない神の心眼であり、古い経典でそんな技を使ったという聖人の言い伝えがあるのだという。
  もっとも、ゼノも「聞きかじったことがある程度だ」と言葉を濁していたけれど。
  聖人、などと言われても、信心の薄い傭兵の子であるアレクに、ピンと来るものはない。エリニ川の約束の地がどうの、絶望的な脱出行がどうの、ぶつぶつと言っていたゼノが、目の前の子供のあまりの感動の薄さに説明を放棄してしまった。


  「まあ、めずらしい《技》だということだ」
  「奇跡の技」が「珍しい技」に格下げされたが、もともと実感が伴わない呼称であったのでアレクに突っ込みを入れようという気持ちは起こらなかった。


  で、やや怖い雰囲気をかもし始めたゼノ。
  目の色が変わっています。


  「いま子供たちは、どこでなにをしている?」


  突然の、試験。
  きょとんとしているアレクの肩を叩いて、ゼノは繰り返す。


  「いま子供たちには、少し用事をしてもらっている。彼らがいまどこで、なにをしているのか分かるか?」


  アレクはゼノの眼差しを見返して、いまおのれが「試され」ていることに気付く。この危急のときに、時間の無駄をする人間ではない。
  何か意図するものがあるのだろう。アレクは言われるままに、『心の目』を体の外に引き出し、瞬く間におのれたちを見下ろす高みに舞い上がった。そのときゼノが何かの気配を察したように頭上を見上げてくるが、戦姫のように惑いなくこちらを捉えてくることもなく、不思議そうに見回すばかりである。
  少しだけアレクは得意な気持ちになって、ゼノの鼻先でいたずらをして遊んだが、「見えていない」ことに得心すると、早速言われるまま子供たちの居場所を探した。
  一番見つけやすい姿……大柄なレントの丸まった背中を梢の切れ目に見つけることができた。
  彼は薪を拾い集めているらしい。本人に自覚はないが、大人でも顔をしかめそうな大きな枝木を苦もなく抱えあげてしまうその大力は、なかなかに将来が楽しみになる。力に体格が追いついて来たなら、戦斧(バトルアックス)みたいな重たい武器を持たせてみたいものである。
  そのとき茂みから顔を出したのはアルローである。一緒に薪集めをしていたのだろうけれど、その手に抱えられたのはいくつかのキノコである。おそらく食べられるキノコでも発見したのだろう。子供の摘んできたキノコなど怖くて口にはできないが、生活の知恵に優れているアルローであるから、本当に食べられるものであるのかもしれない。自慢げにキノコをレントに見せびらかすアルロー。案の定、薪を投げ出して「おいらも探す」と脱線し始めるレント。
  苦笑しつつあたりを見回すと、アニタとルチアの姿も見つけられた。彼女たちは木の実を集めているらしい。冬が近い森のなかにどれほどあるのかしれないけれど、餌をついばむ鳥のように落ち葉の中に隠れたどんぐりを拾い集めているようだ。
  と、そのとき彼女らは色鮮やかな果実を発見した。一瞬の目配せのあと、ふたりは男子組に気付かれないように数少ないヘビイチゴを摘み取り、次の一瞬に口にほお張ってしまった!
  互いに顔を見合わせて、ニマニマと笑う。とても甘かったのだろう。
  こいつらには少しお話が必要だろう。どうやってしつけてやろうかと考えながら浮かび上がる。これでゼノの試験は終了である。
  ふとそのとき、人目をはばかりつつ草むらでしゃがみ込んでいるリリアの姿を見つけてしまったのは事故というものだろう。アレクは急いでおのれの体へと意識を引き戻した。


  かくん、と。


  アレクの魂が身体と重なり合った瞬間、手足の支配がおのれの手に戻った。
  冷えた感覚が遠のき、身体の芯が温もりを感じ始める。手のひらをわきわきとさせて、顔を上げる。
  そこではたと。
  意想外に、目をさらのようにしている王女さまに出合ってしまった。
  急に魂が抜けたように動かなくなった彼の姿に気を抜いたのだろう、不用意に近づいて覗き込んでいたらしい。おかげで始めてどんな顔をしているのか分かった。
  目じりに少しきつい感じがあるものの、スミレ色のきれいな眸、小造りに整った鼻梁、色づいた柔らかそうな唇。年はアレクと変わらぬぐらい。
  絶世の、というほどでもないけれど、美人には違いない。
  気付いたときには力任せに突き飛ばされて、木の幹に後頭部をしたたかぶつけてしまったけれど。オレ何か悪いことしたかな?
  そこをゼノにぎょろりとねめつけられて、あ、いま見たものは忘れます、と半ば条件反射的に誓わされるアレクであった。






  さて、ゼノと王女さまの強い目線に戸惑いつつも、問われるままに子供たちの様子をつぶさに語って聞かせるアレク。薪拾い転じてキノコ採りの様子、木の実集めの女子ふたりがヘビイチゴをつまみ食いしていた様子など。
  ヘビイチゴの段で、王女さまがピクリと反応したが、ゼノは終始無言のまま。
  そして話がひととおり終わったあと、待つほどのこともなく帰還した子供たちに、ゼノは確認作業を続ける。そうしてようように、アレクの《異能》を認める気になったようだった。
  アレクはそのままゼノに引っ張られて、小川が集めたのだろう砂がちの岸辺に移動する。ゼノは木の枝で砂に線を引き、そこから何本かに分かれた枝道を書き足した。


  「この街道はヘゴニアの南西から、東のローニュの都市群へと伸びている。もう分かっているとは思うが、ローニュ都市連合はマリニ公国と敵対関係にある。その勢力圏まで逃げ込む必要はないが、東に行けばいくほど、マリニ人たちは自由に身動きできなくなる。奴らが現在自儘に行動できる東限がこのエデル伯爵領というところだろう」


  すっと、線を引く。
  そこがゴール地点だとでも言うように。


  「これが伯爵領の領境。おまえの見たマリニ人たちがどのあたりにいたのか、ここに記してみてくれ」


  言われるままに、アレクはおのれの観たマリニ騎兵の居場所を書き加えていく。ついでに、ゼノが書き忘れていたほかの枝道も記していく。
  そうして戦姫、テレジアが潜む本陣の位置をここだと記すと、ゼノは軽くうなった。そのことでゼノの逃走経路が戦姫に読まれていたことを知る。


  「どうしてこの道なんです? ただの間道だと思うんですけど」


  ゼノはアレクを見て、そして首をすくめながら答えた。


  「その道の先には、ユーマというとても小さな村があった。半年前にすでに盗賊に略奪されて住む者とてない寂れた土地となっているらしいが、かつては村の大きさに比して非常に商人の出入りが盛んで潤っていたらしい」
  「田舎の村が、景気いい…」


  そこではたとその隠された意味に気付くと、ゼノが鼻を鳴らした。


  「その手の察しのよさは、あまり褒められたものではないがな」
  「他領との『隠れ商売』の抜け道があるんですね」


  領民に対する領主の権利が特に大きかったアラキス王国では、近隣の領との簡単な交易すら領主の許可がないとできなかったらしい。領主の『専売権』は商人たちを鬱屈とさせ、やがて彼らを密貿易にと走らせた。
  つまりは金で潤ったその小さな村は、その金の臭いに引き寄せられた盗賊たちに襲われ命運を尽きさせたというところ。同情はするが自業自得の面もある。
  その村には、他領への秘密の抜け道がある。


  「エデルで仕入れた、割と当てにしていた情報なんだがな……これは少々まずいかもしれん」


  ぼそりとゼノがつぶやいた。
  もしも戦姫の意識が街道一本にそそがれていたなら、それは大きな盲点となっていたであろう。ゼノはそんな彼らに肩透かしを食らわして逃げおおせる算段であったのだ。
  だがそれも恐るべき戦姫の洞察力によって阻まれてしまった。


  「マリニのテレジア姫は、彼の国に古くから伝わる巫女の血を濃く表していると聞いてはいたが……あまり信じたくはないがあの短時間でエデルで情報収集したとも思えん……これが神の声を聞くという巫女の力か」


  そこでゼノの口から、恐ろしく脂っこい話が飛び出してくる。
  じわっと、嫌な汗が出る。
  姿などないはずの彼の『心の目』を容易く見抜き、怖い顔をしてにらみつけてきたマリニの戦姫。『巫女』という古臭い言葉も、アレクは実体験があったためにすんなりと認められた。
  巫女の血とかって、十字教会に弾圧された古いドルイド人の巫女のことだろうか。子供が聞かされるおとぎ話に出てくるレベルの大昔に滅んだ民で、たいていは悪者の魔女として登場するのだけれど…。
  ブロンドの髪がきれいなテレジア姫の怜悧な面差しを思い浮かべ、あのなかに古代ドルイドの民の面影が残されているのだろうかと想像してしまう。なにがどうとか比較情報はまったくないのだけれど。
  ふと、さきほど身近で素顔を拝んでしまった亡きルクレアの王女さまの顔を思い出し引き比べたアレクは、やっぱり王族の姫君に美人が多いってのは正論なんだなと、変な方向へと考えが逸れる。
  王様が妃に選ぶのだ。政略結婚でもない限り、国一番の美女を囲い込むのはまさに男の性というものなのだろう。母親はきっと美人の巫女さんだったに違いない。姫が美人になるのはある意味必然ということだ。
  顎をしごきながら沈思するゼノとそれを見守るしかない知恵のない若年者ふたり。王女さまは腕組みなどしてみたりしているが、妙案が出てきそうな気配は皆無である。基本、子供の『思案顔』と同じ程度の、いわゆるポーズというやつであろう。
  アレクは顔を上げて、すこしだけ思案を試みて、すぐに投げ出した。バカの考え休むに似たりで、ゼノ以上の作戦が思い付けるとも思えない。
  子供たちが水際ではしゃいでいるのを眺めながら、ふと、何かを感じて顔を上げた。


  「誰か来る」


  アレクはわずかに腰を上げた。
  ほぼ同時に、ゼノも岩から腰を上げている。
  人の気配…。


  「…さまッ!」


  がさがさと擦れ合った草が音を立てる。
  下生えを踏み分ける音が徐々に近づいてくる。


  「剣士さま! どこにおられますか!」


  『剣士さま』は、一般人が傭兵を指して持ち上げるときの常套句。領主に雇われた兵士でもなく、騎士でもない。だがあまり上等な職業と思われていない『傭兵』という呼称を使うのがはばかられるとき、たいてい言い換えられる言葉が『剣士さま』だ。
  そして、言葉の主が現れた。
  剣の柄に手を当てながら、アレクは腰溜めに身構える。その気になれば、一瞬で相手を斬り伏せてみせる。


  「ああ、探しました! こちらにおられましたか!」


  先頭の男は、アレクの様子にぎょっとしたように立ち止まった。その背中を押すように後続の人間も姿を現した。
  現れたのはひとりではなかった。
  下生えを掻き分けながら姿を現したのは、さきほど食料を分けてもらった村の長と、その供数人の村人たちだった。








back//next
**********************************************************





ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります!!

ネット小説ランキング>【登録した部門】>戦え!! 少年傭兵団



inserted by FC2 system