『戦え! 少年傭兵団』
第43章 『準備@』
《戦力比》
・マリニ追跡部隊
指揮官 テレジア・ド・ラトヴァーシュ・ディ・マリーニ
構成 王女親衛隊5騎
マリニ軽騎兵90余騎
・旧ルクレア国残党勢力
指揮官 ゼノ・シュテルン
構成 騎士1名
傭兵1名
その他非戦闘員6名
まあ、状況をなにも知らない第三者が見れば、お話にもならない圧差である。
たぶんこんなふうに巻き込まれていなければ、アレク自身そのように感じただろうし呆れもしただろう。
普通検討の余地もなく尻に帆をかけて逃げの一手だろうが、ルクレアの守護騎士ゼノは一計を案じた。
「いずれにせよこのままでは追跡をかわすことはかなうまい。一戦して、撃破する」
ほかの者が口にしたなら、それは絵空事以外のなにものでもなかったであろう。そのつまびらかにされた『作戦』が即興とは思えぬほどの緻密さを持っていたことにルクレアの王女は誇らしげに胸をそらし、同行の庶民たちは単純に感心した。
「いまより一刻たりとも無駄にする時間はなかろう。使える物はすべて使う。非力だからとて傍観は許さぬ」
そうしてゼノは、アレクに要求する。
「敵の動向をその《目》で物見してほしい。おまえのその稀なる力は、百の優秀な斥候にも匹敵するだろう。本来ならば、百の斥候を放ってさえ成功するかどうかも危ういところだが……地獄の釜の縁を目隠しして歩くような危険な戦いとなるだろうが、おまえのその《目》があるならば実現はけして不可能ではなかろう」
「…この森に接近する動きを逐一報告すればよいんだよね?」
「そうだ。こちらに有利な『望ましい頃合』に戦いが始まるよう、敵の動きを巧みに操ることがこの作戦の要諦となるだろう。かなうなら日没の間際までこの森には奴らを近づけたくはないな。それに準備が整うまでまだいくらも時間が必要だ。……見えたか? 森に近づく人影はないか?」
「…いまのところは、まだこっちの様子をうかがってるだけみたいだ。近づいてくる様子はないよ」
目を閉じ、うずくまったままのアレクがつぶやく。
すでにアレクの意識は《心の目》とともに身体から抜け出しかかっていたが、《視点》が身体から離れるほどに、おのれの体が支配から離れていく。
《観》ながら、《しゃべる》は、どうやら両立が難しいようで、
「何かあった時だけ、戻ってくる…」
中途半端に悩むよりはと割り切ったアレクは、言い置いて鳥の視点へと舞い上がった。何事か報告するべきことがあった時だけ身体に戻ればよいだろう。
ゼノはすぐさまそれを了解したらしく、まわりの人間にあれこれと指示を始める。
馬の尻尾の毛を無造作に切り取ると、それをリリアに押し付けて三つ編みにして強い糸を作れと言い、子供たちには大きさや形、それに木の種類などいろいろと注文を付けて木切れを採りにやらせる。そうしておのれ自身は沈黙するアレクの傍に腰を下ろし、拾った木の枝を削り始める。
弓?
それとも矢だろうか。
渡された馬の毛を見て呆気にとられていたリリアも、ともかくなすべきことをなすように三つ編みをはじめる。それはおそらく急造の弓の弦となるのだろう。ルクレアの姫さまはリリアに歩み寄ると、編み方の指示を始めた。そして同じように坐り込み、一緒に毛を編み始める。
その様子を空から見下ろしながら、アレクは《観測》を開始した。
ゼノの『作戦』は、まるで《詰み》になることが分かっているトロイの駒遊びを逆さから読んでいるような印象がある。
駒を運び、敵を追い詰める。
そして、追い詰めた王の首を取る。
ゲームの流れはそうあるべきなのだけれど、ゼノの説明はまるで順序が逆だった。
「こうやって、敵に止めを刺す」
時と場所、終局の説明。
まず終わりのイメージがあって、そしてそうあるべく状況を作り出すためには、こうやってこうするしかない。戦いのシーンを逆に追っていくような理詰めの説明が続く。
理を積み重ねて、一本筋の道を築く。
「目的」も、「手段」も、とても分かりやすかった。
一流の指揮官はみんなこんな作戦の立て方をするのだろうか? 少なくとも、《オークウッド旅団》では、こんな緻密な作戦など立てられているようには見えなかった。
アレクは太陽の位置を観た。
すでに中天を大きく過ぎた太陽は、やや傾きつつ雲に見え隠れしている。
(日暮れまで、だいたい二刻ぐらいか…)
多いようでたぶんすぐになくなる時間である。あの山の中で、盗賊団と無謀な戦いを始めようとしていたときのことを思い出す。あのときは、戦いの準備をしているうちに時間は飛ぶように過ぎ去っていったものだった。
ゼノたちが作っているのは、弓矢。
おそらく人数分の弓6張りと、各10本ぐらいの矢。
矢羽も付けないおもちゃのような矢と、子供の力でも引くことのできる軟弓である。子供たちが集めてきた木々を吟味してより分けると、ゼノは次の仕事を言い渡した。
「いまわれらのいる場所が、森のこの位置だ。そしておまえたちは、こことこことここ、あとはここの場所に焚き木をする準備をしてくれ。すぐ火がつくようによく枯れた葉と小枝を集め、それとは別に若い木に生えた緑の葉を脇に集めておくのだ……生木はよく煙が出るからな」
「「「「わかった!」」」」
大人の役に立つことがうれしいのだろう、子供たちが一散に駆けて行く。
のろしを上げる準備。
『誰』に対してののろしであるのかはよく分からない。ゼノは「この合図で、われらの頼もしい《援軍》がやってくる」と笑っていたのだけれど。
ゼノはまた、弓矢の製作に取りかかった。ナイフを使って削っていくのだけれど、意外に器用で手早い。割り切って機能だけを求めた粗造りなので、次々に完成していく。
と、そのとき。
(来た…ッ! 動いた!)
森を貫く街道の、東の端に向かって。
マリニ騎兵が三騎、馬をだく足させながら接近してくる。動きのない彼らに、痺れを切らして斥候を放ったのだろう。拠点が分かっている相手なら、本来なら物音を嫌って徒歩で接近するのがセオリーなのだけれど、騎士のプライドか何かが邪魔をするのか。発見してくださいと言わんばかりの堂々さである。
「…ゼノ、来たよ」
意識を戻してアレクが言葉を発すると、作りかけの弓矢を放り出して、あわただしく馬の鞍へと身を移した。
「リリアどのは残りの矢をできるだけ作っておいて欲しい。…それからアレク、おまえは村へと向かい、手はずどおり待機してくれ」
「分かった」
身体に戻ってきた違和感を紛らわしながら、アレクは立ちあがる。
馬上のゼノは、おのれの皮のマントを引き剥がし、くるくると巻いて抱きかかえる。厚手のマントは、それだけで人ひとりほどの量感となって、守護騎士のかいなに収まった。
あれはたぶん、『お姫さま』のダミーのつもりなのだろう。守護騎士が単騎動き回っても、主人である『お姫さま』がいなければマリニ人たちの目を完全に奪うことなどできないのだろう。
一心同体の主従。
そういう先入観があれば、きっとマリニ人たちも騙される。
ゼノは馬に蹴りを入れて走り出した。
走り出すその後姿が、すらりと抜剣した。日暮れにはまだいささか時のある日の光が、大剣をきらりと輝かせてアレクの脳裏に残滓を刻んだ。
あと一刻ほど。
予定の頃合まで、まだ一刻ほどが残っていた。
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