『戦え! 少年傭兵団』
第48章 『森の戦いB』
ただ、時間を稼ぐ。
それだけのために、アレクは剣を振るう。
百騎のマリニ騎兵を相手にゼノが仕掛けた戦いは、このわずか二、三合の剣戟の合間を得るためのものだった。
普通ならば右往左往して瞬く間に消えてなくなる須臾の時。
ゼノの卓絶した武力があればこそなし得ること。そのわずかな時間、敵指揮官である戦姫を騎兵部隊と分かつことが出来るのならば。
ゼノは謹厳な薬種商人のようにおのれの『武量』を秤に乗せ、『事の成否』とつり合うのかを冷静に見極めたうえで、この企てを彼に伝えたのだろう。そしてその企ては、いままさに成功しようとしていた。
森から飛び出したアレクは、騎兵たちのゆく手に立ちふさがる格好となった。もとより街道が狭まる辺りを狙って伏せていたのだ。彼がいかに小背の年少者だからとて、その左右に馬がらくらく行き来出来るような隙間はない。
騎兵と徒歩の兵。
その脅威度の違いは歴然としている。もしもそこが何の隔たりもない原っぱの真ん中であれば、アレクがいかに暴れたところで早々に蹂躙されたことであろう。しかしいまは状況が違う。
マリニ騎兵たちの足はすっかり止まってしまっている。スピードに乗るには助走距離がなさ過ぎた。動きの止まった騎兵など、アレクにしたらまさに隙だらけだった。
たとえば馬自身。
戦場では重装騎兵のように馬を鎧で覆ってしまった騎兵もいるが、ここにいるのは行き足を重視する軽装の騎兵ばかり。馬の身体全体が弱点のようなものだ。
ただ馬そのものに罪などはないから、むやみに傷つけるのはかわいそうだしもったいない気もする。なので、アレクは騎兵の踏ん張っている両足を狙うことにした。
「小僧ッ!」
騎兵が吼えるが、気にも止めない。
鼻先で剣を振り回してやっただけで、馬が驚いて棹立ちになった。鞍上で振り落とされまいと手綱にしがみつくしかなくなった騎兵の足元ほど隙だらけの物はこの世にそうは多くないだろう。
(円の歩法…)
暴れる馬を円を描くような歩法でかわし、半ば浮き上がった騎兵の足に中剣を叩きつける。手になにか硬い物がぶつかる抵抗感。
「クッ!」
騎兵が馬首をあいだに割り込ませるように手綱を引き搾った。アレクは馬の頭に払いのけられるように飛ばされた。
たぶん剣先が膝の皿骨に当たったらしい。おそらく骨は砕けて片足が使い物にならなくなったに違いないが、騎兵は顔色を変えただけでずり落ちたりはしなかった。やつらも馬から落ちたら後がない事を知っている。
「ウィンス! 大丈夫か!」
僚友が駆けつけようとするが街道が狭くて混乱するばかりである。その彼らの頭上からはいまだ子供たちのへっぽこ斉射が続いていて、落ち着いての対処をより難しくしていた。
アレクは少し静かになった森の中を流し見た。さすがに少しばかり様子がおかしいと村人たちに悟られただろう。鉄鍋を叩く手が止まり、不安げな眼差しがアレクの身体に刺さってくる。
「賊風情が!」
「隊列を組め! マリニ騎士の《鉄槌》をお見舞いしてやれ!」
怪我をした騎兵を後ろにかばいつつ、横列を組んだ騎兵が押し出してくる。
アレクは右手をポケットに突っ込んで、隠し持っていた石つぶてを馬めがけて投げつけた。むろん一個ではない。馬が嫌がる程度には大きいが一握りで何個も掴める程度の大きさの石だ。目もとに投げつけられた馬が嫌がって立ち上がった。
平地では無類の強さを発揮するだろう騎兵の集団突撃も、こんな狭い街道では10分の1も威力を発揮しないだろう。
アレクはその間にまた足元の石を拾い、そして後ろを見る。
ゼノと親衛隊との戦いは始まっている。戦姫テレジアを守るべく前に出た親衛隊の騎士たちを、ゼノはたった一騎で押しまくっている。馬上での切り結びは、ゼノの大剣がいかにも有利だった。間合いが広いうえに、足元がおぼつかない不安定な馬上であっても一撃が相当な威力を発揮する。親衛隊の騎士もそれなりに手練であったのだろうけれど、防戦一方で一騎、また一騎とゼノにほふられていく。
残りあと一騎。
『勝ち』が見えたように息をついたアレクの耳に、最後の親衛隊の叫びが届いた。
「殿下ッ! 後方に合流されませぃッ!」
うわっ。
その手があったか。
ゼノを食い殺さんばかりににらみ付けていた戦姫が、おのれの想いを振り払うように馬首を返してきた。白いマントを打ち払い、剣を構える。
「すまぬ!」
戦姫を仕留める。
それがこの戦いの勝利条件だった。ゼノは焦りの顔ひとつせず、ただ感情を大剣の切っ先に乗せた。受ける剣ごと騎士を叩き伏せて、馬を走らせた。戦姫を仕留めるのはゼノの仕事である。ここでそれを取り逃がしたとあっては、作戦を台無しにしてしまう。
が、動き出すまでのタイムラグが致命的な差を広げた。
「殿下〜ッ」
「テレジア殿下!」
騎兵たちが色めき立つ。剣を持つ戦姫の様子は、とても素人には見えない。それにスピードに乗った馬体をぶつけられてはアレクも逃げるしかない。走る騎兵はやはり強いのだ。
「アレク兄ィ〜ッ」
アニタの声がする。子供たちが機転をきかせたのか何本かの矢が戦姫に向けられたが、その威力のなさ、殺意の乏しさはすでに見抜かれている。馬上で、アレクをにらみつける戦姫の眼差しが燃え上がった。
「ゼノに組みした妖術使いか!」
その迫力に一瞬すくんだのは内緒である。
すぐに気を取り直して、アレクは頭をめぐらせていた。
戦姫を騎兵たちに合流させたら自分たちの負けである。何とかその突撃を跳ね返し、ゼノに仕事を全うさせねばならない。しかし徒歩のアレクに、戦姫の馬を止めるすべはおそらくなかった。
(考えろ……考えろッ)
背後では騎兵たちが体勢を戻しつつある。この企みが潰えるとき、それはアレクの死を運んでくるであろう。いま彼は戦姫と騎兵たちに『挟撃』されているのだ。
そのとき、草むらがわずかに揺れたのをアレクは観た。
子供たちの放った矢のひとつが、狙いを大きくそれて草むらに飛び込んだのだ。その辺りで、草むらが揺れた。
(おまえには、才能があるぞ…)
子供のころ、草むらから飛び出してくる小さな生き物たちを、ひとり遊びに斬り落としていた感覚…。
そしてアレクは『観』た。
(届けッ!)
手に握った石では足りないと分かっていた。
だから、アレクは中剣を振りかぶっていた。全身全霊で投擲した中剣は、くるくると回転しながら草むらへと飛び込んでいき……そしてそこに潜むものたちを街道へと飛び出させた!
ガサガサガサッ!
群れなして街道に飛び出してきたのは、この森に巣食い村人たちを苦しめていたオオカミたちだった。彼らは狡猾にも、おのれたちを狩り出そうとする人間たちの狙いに感づいて、間近でその様子をうかがっていたのだ。
「なんだッ!」
戦姫は眼前に飛び出してきたオオカミの群れにさすがに手綱を引いた。その瞬間、とうとうこの戦いの帰趨は決したのだった。
「お覚悟を。テレジア姫」
ゼノの構えた大剣の刃が、そっと戦姫の首筋にあてがわれた。
戦姫の手から取り落とされた剣が、地面に転がった。
戦姫テレジアは、無情にも一瞥して去っていく野生の獣たちを恨めしげに見送りながら、両手を挙げた。その目が、最後に無手となったアレクに向けられた。
「動物も操るのか…」
誤解はさらに深まったようだった!
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